第12話 中の人
「グレイ……何か変じゃないか?」
俺はふと手を止めて辺りを見回しつつ、グレイに問いかけた。
「え?なにがですか?」
「何か、周りの様子が……さっきまでと違うような気がするんだが……」
グレイはキョロキョロと辺りを見まわした。
「……そうですか?特に何も変わりないように見えますが」
「うん、俺にもどこが違うか分からないんだが、何となく違和感が……」
そう言った途端、俺はあることに気づいた。
岩だ。あちこちにそびえ立っていた、あの岩。妙な形をした、細長く背の高い大きな岩。それが、何だか数が減っている気がする。最初にこの世界に来た時、辺り一面岩だらけという印象だった。それなのに今は、あちこちにぽつん、ぽつんと点在しているだけのように見える……?
突如、突風が俺達を襲った。口に砂が入る。俺はペッペッと砂を吐きつつ片手で目を覆い、俯いて突風をやり過ごした。
「桜田さん、あれ!!」
突風が通り過ぎたと思うと同時に、グレイが叫んだ。
俺は顔を上げると、グレイが指差している方を見た。
……消えていく。世界が。
強い風がつむじ風となり、砂を巻き上げている。その傍にあった木が、岩が、風に煽られた途端みるみる崩れて砂になり、巻き上げられてゆく。
「桜田さん、あっちに!」
風下に向かってグレイが走りだした。そっち側はまだ無事のようだ。
俺も走りだした。
走りながら振り返ると、あちらこちらでつむじ風や突風が巻き起こっていて、それに触れたこの世界のものは次々と砂に変わっていった。
俺達の走る頭上を、ギャアギャアとけたたましい鳴き声を上げ、あの黒い怪物も同じ方向に向かって飛んでゆく。
……何が起こっているんだ。崩壊するのか、この「ループの中心」が?
そうしたら、俺とグレイはどうなるんだ?俺はまだ平野と松野を終わりまで書いていない。二人もこのままになってしまう。
突然風向きが変わり、信じられない程強い向かい風が俺達を襲った。俺は煽られて、仰向けにひっくり返ってしまった。あの怪物も風に煽られ、しばらく抵抗するように翼を羽ばたかせていたが、その翼の先から見る間に砂に変わっていき、風に吹かれて跡形もなくなった。俺は恐怖に身がすくんだ。俺達も、砂になるのか!?
「桜田さーん!」
俺は地面に寝そべったまま、グレイの姿を探した。砂が渦巻いて、ほんの数メートル先がよく見えない。
だがグレイはそこにいた。小柄で軽いグレイの身体は突風に負け、今にも吹き飛ばされそうになっている。グレイは必死で、地面にまだ残っている草を掴み、吹き飛ばされまいとして抵抗している。
俺は必死に手を伸ばした。だが、下手に動くと俺も一緒に吹き飛ばされてしまいそうだ。
「グレイ、もっとこっちへ!」
叫ぶ。グレイが、力いっぱい手をのばす。強い風が、俺達を今にも吹き飛ばさんばかりだ。手が、あと少し。あと少しなのに、グレイに届かない……。
その時、風の勢いが少し弱まった。俺はその機を逃さず、じりじりとグレイの方にいざっていくと、なんとかその腕を掴んだ。
すぐ傍にかなり大きな岩がまだ残っていて、その下の地面が少し窪んでいる。俺はそこにグレイと自分の身体を引きずり込んだ。ここなら、少しくらい風を凌げるかもしれない。しかし……。
突風は一時止んだが、すぐにまた襲ってくるだろう。時間の問題だ。
もうだめだ。絶体絶命だ。ああ、小説なら、こんな時信じられないような奇跡が起こって、主人公は危機一髪助かるものなのに。現実はそう甘くない。小説のようには……。
唸りを上げ、風が襲い掛かる。俺とグレイの頭上で、岩が砕け散った。細かい砂の粒になり、俺達の上に降ってきた。この世界の鈍い光を僅かに反射し、キラキラと光る。そして風に吹かれ散っていった。まるで最後の叫びのように……。
俺は静かに目を閉じた。
〈宇宙人小説家の陰謀〉完
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「……!?ちょ、ちょっと待て!何だこれ!?」
最後のページを捲った俺は、思わず大声で叫んだ。
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「こんな!こんなのって……」
平野は本を握りしめて立ち尽くした。あまりに突然で予想外の結末に、しばらくの間呆然としていた。
しかし、我に返ると、机の上にあるペンを取り上げた。
急がなければ!本の最後に、余白のスペースがいくらかある。
よし、ここに……
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「ちょっと待て平野さん!あんた、書くつもりか?」
俺は本を通して平野に語りかけた。
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「もちろんです。このままになんて、できませんよ!」
平野は声を荒げた。
「松野さんが止めても私は書きます!またループになったとしても、この結末よりは……」
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「いや。ちょっと待ってくれ、平野さん」
俺はしばらく無言で考えを巡らせた。
……小説。
…………?
閉鎖されているはずのループの世界に、隙間があったのは……?
もしかして……!?
――そうか!
「おい!!」
俺は勢い良く天を仰ぎ、そして、叫んだ。
「いるんだろう!お前だよ!お前!この状況、お前の責任においてキッチリ回収しろよ!」
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「……え!?松野さん!?」
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えっ。……ぼく?
……嫌だよ。
ぼくは食べかけのチョコチップクッキーをもう一つ口に放り込んだ。
お前の責任なんて、そんなこと言われたって困るよ。そういう事は、ぼくに電波を送ってくる宇宙人に言ってくれないと。ぼく、桜井あんじはただ操られて書いてただけなんだから。
それに……。ぼくもうやめることにしたんだ。だからみんなには悪いけど、この小説はこれでオシマイ。
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「何でだよ!?」
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だってさあ、良く考えてみたらさ、一人で部屋にこもってこんな下らない小説書いてるとか、すごく変なやつじゃん。オタクっぽくてやじゃん。まあオタクなんだけど。それに書いたとこで誰かが読んでくれるわけでもなし。馬鹿馬鹿しいよ。だいたいどうしてぼくが電波なんて受信しなきゃいけないんだよ。
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「……あなた中の人っていうか、上の人?ですね!?お願いです!そんな事言わないで、桜田さんとグレイさんを助けて下さい!」
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だーめ。ぼくもうやめたの!ぼくは桜田と違うんだから。人にどう思われるか気になるし、普通に社会人やってかないといけないんだから。
ぼくは普通でいたいの。もう電波なんか受信しないの。とにかくぼくはもう、幻想の世界で遊んでないで、現実世界に帰るよ!手遅れにならないうちに。宇宙人小説家の陰謀に、これ以上巻き込まれる前に。
みんなゴメン。バイバイ!
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「待て!桜井あんじ!」
俺は叫んだ。
「お前の言ってる『現実』って、どれのことだ!?」
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……え?何言ってるの。「現実」は「現実」だよ。決まってるじゃないか。
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「……その『現実』も、誰かの創造したものじゃないのか?」
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……えっ。
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「お前がしがみついてる『現実』はそんなに確かなものか?それが、誰かの創造した幻想じゃないと、どうして言える?そもそもお前はなぜ、『現実』は大切で、幻想には意味が無いなんて思う?幻想こそ、創造の源なんじゃないか?」
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ぼくはだんだん混乱してきた。なんだかさっきからもう、現実と幻想の境目がだんだん曖昧になってきてる気がする……。これも宇宙人の電波のせいなんだろうか?
ぼくは「現実」世界の住人で作者だと思ってたんだけど、本当は、この「宇宙人小説家の陰謀」の登場人物なのかな?だとしたら、今これを書いてるのは一体誰なんだろう。
何しろ宇宙人のやる事だしなあ。ぼくにも良く分かんないよ。それとも、その宇宙人の電波っていうの自体が妄想で、本当はそんなもの無いのかな?実はぼくってなんか心病んでるとかで、妄想で電波がどうのとか言ってる人だったりするのかな?嫌だなあそんなの。
でもやっぱり……。全部、本当は夢なんじゃないかな?
ぜえんぶ、ゆめなんじゃないかな。ほんとは。ほんとは……
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「おい、しっかりしろよ!」
俺は声の限り叫んだ。まったく!桜田といい、こいつといい、物書きって奴は!!世話のやける!
「いいか、これは夢とは違う。お前自身の想像、いや創造したものだ。だが、自分で作り上げた世界に捕らえられるな。お前はそれを支配する側なんだ。いわば創造主なんだ」
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……ちがうよ、ぼくはそんなんじゃないよ。宇宙人が電波を送ってきて、ぼくはその通りに書いてるだけなんだ。宇宙人はただ、ぼくを利用してるんだ。彼の陰謀に。
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「それは違う。確かに宇宙人は、電波を送ってきたかもしれない。でも実際にここまで書いてきたのはお前だ!たぶん、電波はキッカケにすぎないんだ。だからこそ、グレイが俺達に送った小説の電波も、グレイの意図してない展開になったじゃないか。それは、実際に書いたのが俺達だからだ。俺達が、自分の持つ幻想の世界を小説に託したからだ」
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「私も、松野さんの言う通りだと思います。私にはうまく言えませんが……。たぶん、私達は皆、いわば自分の幻想世界の創造主なんじゃないでしょうか」
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「平野さん、うまいこと言うじゃないか!」
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「いやいや、そんな……」
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…………。
ぼくはパソコンの画面を見つめた。
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もうだめだ。絶体絶命だ。ああ、小説なら、こんな時信じられないような奇跡が起こって、主人公は危機一髪助かるものなのに。現実はそう甘くない。小説のようには……。
唸りを上げ、風が襲い掛かる。俺とグレイの頭上で、岩が砕け散った。細かい砂の粒になり、俺達の上に降ってきた。この世界の鈍い光を僅かながらに反射し、キラキラと光る。そして風に吹かれ散っていった。まるで最後の叫びのように……。
俺は静かに目を閉じた。
〈宇宙人小説家の陰謀〉完
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……幻想世界の、創造主。
カーソルを動かし、「完」の文字を消してみた。
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唸りを上げ、風が襲い掛かる。俺とグレイの頭上で、 岩が砕け散った。細かい砂の粒になり、俺達の上に降ってきた。この世界の鈍い光を僅かながらに反射し、キラキラと光る。そして風に吹かれ散っていった。まるで最後の叫びのように……。
俺は静かに目を閉じた。
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もうちょっとだけ、書いてみようかな。やっぱこの終わり方じゃ、つまんないし。
だけど、電波はもうさっきから、きていない。
松野はああ言うけど、電波がこなけりゃ、ぼくには何も書けないんじゃないだろうか。
今もほら、何を書いたらいいか分からない。手が動かない。
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俺は静かに目を開いた。そして、この未熟で不安定な作者に、ゆっくりと語りかけた。
「桜井あんじ。創造することは、まず、自分の中にある全てのものを認めることだ。良いものも悪いものも、別け隔てなく。幻想の存在を認めてやることだ。お前がお前の幻想を認めれば、それはそこに存在する。そしてその中にお前も存在する。
お前が今書けないのは、それができてないからだ。電波が来ないからじゃない。
……そんなに考えこむなよ。腹痛くなるだろ?いいか、「現実」ですら、所詮誰かが創造したものなんだ。だから「現実」も、いつかは幻想と同じように消える。シェイクスピアも言ってるじゃないか。言うなれば、全ては幻想なんだから、気楽にやれよ」
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うん。ぼくなんだかお腹痛くなってきたよ。だけど……。
ぼくは、これが、ぼくの幻想、ひいては嘘、虚構の世界であると知っている。ちゃんと分かっている。そして、自分の心の奥底と、「現実」世界のルールを天秤にかけてその重さを探りながら、幻想の世界にそろりそろりと片足づつ踏み出してゆく……。
ぼくは、ふと手を止めた。
……本当にいいの?ぼく、書いても?
それは……正しいことなの?
それに、平野も松野も、「違う自分」になりたかったんでしょ。元の自分に戻っても、いいの?
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「いいんですよ。私は、『違う自分』は、本の中で堪能します。私は『この自分』で結構ですので、『松野真司』を、松野真司さんにお返ししたいんです。私は私の、現実という名の幻想世界を生きたいと思うんです」
そう言い、平野は穏やかに微笑んだ。
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「……俺も。桜田洋一をやるのは、桜田洋一に任せたい。俺は俺で、やることがあるからな。お前も……、お前にできることをやればいいと思う」
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「正しいかどうか、俺には答えられない。きっとその答えは……、この小説の続きの中にある」
俺はニヤリと笑った。
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…………。
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「ちょっ、ちょっと、あれ!!あれ見てください!!」
グレイが俺の服の裾を引いて叫んだ。天を仰ぎ、指差している。
俺も空を見上げた。そこにはあの緑の月と赤の月あった。それが……ゆっくりと、互いの方向に動いている!
「月蝕……?」
俺は呟いた。
さっきまで全然動かなかった月が、どうして……。
「……そうか!!」
俺はこの世界に来た時、グレイが言った事を思い出した。
俺達の精神の波長というか心というか、とにかくそういうやつが、今再びシンクロしたのだ。「気が合っちゃった」のだ。
あれが、この世界とループの外側を繋いでいるに違いない!
俺は叫んだ。
「ここから先は、お前に任せる!これで最後だ。書き尽くせ!お前の幻想を!」
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聞こえる。
動作不安定なぼくの内蔵アンテナが、電波を拾う。
ピイィィィィーーー……ン…………
低く微かに、どこからか響く電子音……。
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空に浮かぶ二つの月は、今ゆっくりと、互いに近づいてゆく。やがて二つの輪郭が触れ合い、重なり合い、その部分は黒い影となった。それは正に、天に開いた、どこか違う世界への入り口だ。
半月状の黒い影が少しづつ、少しづつ、円形に近づいてゆく。それに従って、桜田とグレイのいる地上の荒野は薄暗さを増していった。
桜田もグレイも確信していた。あの黒い影に飛び込めば、ここ、「ループの中心」から脱出できるに違いない。
……しかし、どうやって?翼でも無い限り、到底あそこへたどり着く事など出来はしない。
二人はただただ虚しく、手の届くはずもないその高みを見上げていた。
びゅう、という風の唸りはだんだん近づいてくる。
「無理なのか……?やっぱり」
桜田は寂しく呟いた。
……やはりもう、ここから出ることは出来ないのだろうか。そしてじきに俺も、砂に変わって消えてゆくのだろうか。
桜田の胸に今初めて、悲しみと絶望が染みてきた。
「俺達に翼が生えてりゃよかったのにな」
呟く桜田の背を、旋風が巻き起こした小さな砂嵐が打つ。風は次第に強く、範囲を広げて吹き始めた。
「……もう終わりかな」
桜田はグレイの方を振り返った。その黒目がちの瞳と彼の視線が合う。桜田は、グレイの表情が不思議なほどに穏やかなのに気付いた。
「……確か、昔の詩人の言葉だったと思うんですけど」
グレイがぽそりと呟いた。
「『どんな翼も、想像力の翼より高く飛ぶことはできない』って……」
「想像力の……翼……」
……クサイ。普段ならそう思うかもしれない。だが今はそんなフレーズも、胸に染みた。
……メモ、とっておこう。一応、な。
桜田はゆっくりとタブレットにその言葉を入力した。
手を動かし文字を綴る時いつも桜田は、自分の内に、何か、力のようなものが湧き上がるのを感じる。想像力。創造力……。
その瞬間だった。桜田洋一の中に住む、想像力の小鳥が羽ばたきを始めた。心にこの鳥を飼う者は誰でも、その羽音を聞く時、全身の細胞が泡のようにプツプツと沸き立ち喜びに震えるのを感じるのだ。
桜田には羽音が聞こえた気がした。巨大な鳥の翼が、空を切りさく音が。
桜田は空を見上げた。その目に映ったのは、大きな光る鳥が二人の前に舞い降りてくる姿だった。鮮やかな虹色の翼。長く優美な金色に輝く尾羽根……。
「…………!」
あまりの事に、二人は言葉を発する事すらできなかった。
鳥は二人の眼前にふわりと舞い降りた。そして背を向けると、小首をかしげて振り返るような仕草で二人を見た。鳥の瞳は、華やかな色彩のその翼とは対照的な、悲しみと憂いを湛えた漆黒の瞳であった。
もの言わぬ鳥の、雄弁な瞳。
桜田はグレイを促し、ゆっくりと、静かにその背に乗った。
二人が乗り込みしっかりと鳥の身体を掴むと、鳥は伸び上がり、大きく、大きく、その美しい翼を広げた。
そして鳥は二人を乗せ飛び立った。力強い羽ばたきが砂嵐を打ち払い、はるか上空の一点を目指し、飛んでゆく。鳥がはばたくたびに、金色の光の粒がきらきらと辺りに舞い、周囲を照らした。
桜田はさっきまで自分のいた場所を見下ろした。
眼下では風が渦巻き、全ては崩れかけ、世界は混沌と化している。まるでこの世界に存在するもの全ての輪郭が溶け、互いに混じりあい、一つのものになっていくように。
この美しい鳥は、ここを住みかとするものなのだろうか。ふと桜田は考えた。
混沌と、曖昧さと、歪みの中に。
鳥は、その虹色に輝く自由な翼で、どこまでも高く飛んでいった。
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