第9話 脱出作戦 (オペレーション・レッドカメリア)

「Wi-Fiの方はどうですか?みなさん」

 この世界の見掛け倒しぶりに安堵したのもつかの間、俺達は重大な事実に気がついていた。頼みの綱のWi-Fi電波強度は、壁伝いに一周する間、少しも変わらなかったのだ。辺りに良く目を配りつつ歩いていたが、この世界の隙間のようなものは全く見当たらなかった。これはつまり、電波はおそらく上空から来ているという事、もしそうであれば、ここから抜け出すための出入口も上空だという事だ。それでは出入口には辿り着けない。

 希望が断ち切られた俺達は、言葉もなく黙って首を振りグレイに答えると、うなだれて座り込んでいた。


「こうなったらしかたないですね……。さいごの手段です」

 俺達の沈黙は、グレイの、なんだか決意に満ちたような力強い声で破られた。

「出口をさがして脱出するのがだめなら、こちらから攻撃をしかけるしかありません」

「攻撃?」

「ええ。もしこの世界が宇宙人小説家の心の世界なら……。戦って彼にダメージをあたえれば、脱出できるだけの亀裂くらい、できるかもしれません」

「なるほど。でもそんな事できるのか?」

「ええと……。できなくはないとおもいます」

 グレイは、何だか妙に歯切れが悪い。だが、

「それなら、やるしかないな」

 俺達三人は、互いに顔を見合わせて頷きあった。


「それで、戦うって、どうやって?」

 かっこよく決意はしたものの、結局グレイを頼るしかない俺達だった。

「映画とかでよくあるみたいに……なんか魔法みたいの使うのかよ?」

「ちょっと、松野さん。私達にそんなことできないですよ」

「いやそこはさ、やっぱこういう世界に来たからには、なんかそういう技も使えるようになってるとか……じゃないのか?」

「いやもっと現実的に、なんかすごいロボットとかで戦うんじゃないのか?だってこれSFだし。魔法とかよりそっちのほうがハマる気がするな」

「ロボットですか!なんかちょっとカッコイイですねえ。いやあ、でもどうせなら私は、銃とか何かすごい武器で戦いたいですねえ」

 心なしか平野の顔が輝いた。頭の中にあるのはもちろん、昨夜まで読んでいたハードボイルド小説だ。

「いやーいいですねえ!でも僕はやっぱり、剣で戦うやつが一番ですねえ。僕、サムライ映画大すきなんです!!そもそも僕が日本カルチャーにはまるきっかけになったのがクロ……」

「グレイ!!」

 松野がビシッと遮った。

「せっかくだけど、今は君のオタク談義を聞いてる時じゃないんだ」

「あ、すいません……」

 グレイはシュンとしょげかえってしまった。平野がすかさず、場の雰囲気を和ませる。

「サムライ映画もいいですよねえ。私も好きですよ……。まあでもとりあえず今は、どうやって宇宙人小説家と戦うのか教えてくれませんか。それで無事に帰れたら、いくらでも映画が見られるわけですし」

 平野の言葉にグレイはたちまち瞳をキラキラさせると、

「いやーほんといいですよねえ。肉体同士を剣とかで物理的に傷つけあってたたかうなんて、ロマンですよねえー。太古の人類の原始的なロマンですね。ええと、でもとりあえずいまは、ちがう戦いかたをしないといけません。ざんねんながら」

 と、まだ映画について語りたそうではあったが、説明を続けた。

「ええと、ああいう物理的な戦い、おたがいに武器を用いて戦うなどどいうのは、はるかむかし、宇宙の原始時代のはなしで、現在ではそれよりはるかに高度な方法が用いられています。かんたんに言うと、精神同士で直接戦うんです」

「精神同士で戦う?」

「そうです。高等生物を司っているのは結局のところ、精神です。ええと、心というか魂というのか、すみません、どうもぴったりした言葉が浮かばないんですけど、つまりそういったもの、物理的ではないものです。たとえば古代の映画のように、おたがいの体を傷つけて戦っても、いまでは医療科学や再生技術が発達しているので、あまりいみがありません」

「なるほど」

 確かに、宇宙の医療技術はすごそうだ。すぐに傷を直したり再生したり出来るのなら、肉体を傷つけてもあまり意味はないだろう。

「そもそも肉体というのはたんなる入れものであり、高等生物は自由にのりかえることができます。僕の惑星では、生まれてすぐ改良ボディにのりかえるのが一般的です。みなさんのような天然ものボディの方が、むしろ珍しいくらいですよ!」

 無邪気なグレイに悪気は無い。

「ですが、精神はちがいます。今日の発展した科学技術でも、肉体の再生をするようにかんたんにはいきません。それは、もっと高等な器官だからです。そして、その精神が結局はその高等生物の存在の中心ですから、ようはそこに直接攻撃をしかけるんです」

「それで、具体的には……」

「はい。ええと、その、ああ、すみません。ぴったりの単語があるんですけど、どわすれしちゃいました。ちょっとおまちください」

 グレイはそう言うと、愛用の端末をポケットから取り出した。端末の上に手をかざして何か軽くつぶやきながら辞書を引いている様は、まるで呪文を唱えているかのようだ。

「ああ、ありました。ええと、にほんごで言うと……。『クチゲンカ』です!!」

「……え?」

「……は?」

「口げんか……って」

「はい!さっきやってましたよね。あれです!」

「……あれで戦えんの?」

「はい!」

 自信たっぷりに答えるグレイ。

 まあ確かに口げんかというのは、相手の心にダメージを与える行為……だけれども……。


「じゃあさっそく始めましょう。といっても、宇宙人小説家と直接ここで会うわけにはいきませんから……。桜田さん、タブレットをかしてください」

 俺はグレイにタブレットを渡した。グレイは何か操作をすると、

「はいっ!じゅんびできました!」

 と、三人共によく見えるよう、画面を俺達の目の前に掲げた。

――そこには、誰もが知っている某巨大掲示板が表示されていた。

「……ここでやんの?」

「そうです!ここがいちばん、手っ取り早いですからね!」

 と、得意顔のグレイ。

 いやまあ、そうかもしれないけどさ。何か緊迫感に欠けるというか。特に、一番ガッカリした顔をしているのは平野だった。


「それじゃあ、全員で手分けしましょう。いざ攻撃を開始したとき、どこにスキマができるかわかりませんからね。Lineで連絡をとりあうようにしましょう。みなさんは携帯で、僕はこの端末を使います」

 グレイは右手に持った愛用の端末を軽く振ってみせた。

「それすごいね。地球の携帯としても使えるんだ?」

 辞書から何から、何でも入っているらしい。

 松野が、テキパキと指示を出す。

「よし、じゃあ、グレイと平野は今いるこの場所から、壁伝いにそれぞれ時計回り、反時計回りで30分くらい歩いた所で待機。俺はこの壁から垂直に歩いて行ってちょうど反対側の壁のところに行く。桜田、あんたはここで」

「全員がポジションに着いたら、一斉に攻撃開始。もしどこかに隙間が出来たり、何か異常があった時にはすぐに他の三人に知らせる。いいな?」

 俺達は全員、力強く頷いて行動開始した。

 そして約30分後、俺達の間でメッセージが飛び交った。

「こちら平野!指定位置にて待機。オールクリア!」

「こちら桜田、了解。ポイントゼロにて全員配置完了を待つ」

「……松野、目的地点に到達、待機」

「桜田了解。引き続き、グレイから連絡を待つ」

 ……しかし、グレイからの連絡は中々来ない。30分はとっくに過ぎている。何かあったのか?少し心配になる頃、ようやくグレイからのメッセージが入った。

「こちらグレイ。レッドカメリア。繰り返す。レッドカメリア」

「……何だよレッドカメリアって」

「松野さん、暗号ですよ」

「決めてねえだろ、そんなもん!」

「まあいいから。たぶん行動開始って意味だよ」

 よし。オペレーション開始。まずは本人を食いつかせねばなるまい。しかしそれはそう難しくないだろう。小説家に限らず、世の中に作品を発表する人間は必ずと言って良いほど、この某巨大掲示板の自分のスレッドはチェックしているものだ。かくいう俺もだ。

 俺達は、某巨大掲示板のグレイが立てたスレッドに一斉に書き込みを始めた。


^^^^^^^^^^^^宇宙人小説家を叩くスレ Part.1^^^^^^^^^^^^

ていうかまず、「宇宙人小説家の陰謀」ってタイトルがもう致命的にセンス無い。てか古っ

昭和臭漂ってますよねwwwいかにも作者おっさんって感じwwww

だよなー。俺でももうちょっとマシなタイトル付けるよwww

そうかなー。一周まわって、ざんしんなんじゃない?

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 来た!!早速食いついてきたぞ!!

 

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擁護派ww

自演乙

じゃあおまえらもっといいタイトルつけてみろよ!

うーん、そうだなー。あっ、でもさ、中身もセンス無いからこのタイトルでちょうどいいのかww

ですねーwタイトルだけ良くても、浮いちゃいますねwww

そういう意味で名タイトルだな!!うん!中身表してるwww

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 よし、敵を捕らえたぞ。ここで一気に波状攻撃だ。


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特に前半がつまんねーんだよなこの小説。冗長。これじゃ今の読者はついてこれねーよ。そういうとこも感覚が古い

プロの意見キタ━(゜∀゜)━!

細部の作りこみが甘い。あと全体的に読みにくいんだよな。あんま文章上手いとは言えねーな

低レベルだから、りかいできないだけだろ!!

開き直りキタ━(゜∀゜)━!

駄作は駄作だよな

あと、ヒロインがいねーよ

そーだww登場人物ほぼオッサンだけとかwww地味www

これはまず売れねーよなー

そういう、商業主義にのった作品とはちがう!!!

( ゜д゜)

とか言う割には、異世界とか売れそうな設定無理やり出してるしwww必死www

ブレブレwww

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 効いてる効いてる。宇宙人小説家が歯噛みしているのが見えるようだ。俺はほくそ笑んだ。そしてここで、平野が強力な兵器を発動させた。


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っていうかこの話そもそもパクリじゃないですか?

パクリ疑惑キタ━(゜∀゜)━!!!!!

そうそうwww俺もそう思ってたんだwwあちこちからちょっとづつパクったものの集大成っていうwww

しょぼww( ´,_ゝ`)

これは炎上必至!!!!(0゜・∀・) + ワクテカ +

パクリとはちがう!!オマージュっていうんだ!!

パクリの定番言い訳キタ━(゜∀゜)━!

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 戦いは白熱していった。それにしても平野の攻撃っぷりが凄まじい。ああいう温厚な奴こそ、いったん敵に回すと怖いのかもしれない……。


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なんつーか全体的に、自己満足的作品だよな。読者にきちんと伝わらないって言うか分かりにくいって言うか

ぶっちゃけ素人臭い

なのにマニア向けwwwm9(^Д^)

やっぱ小説ってのはさあ、きちんと何が言いたいのか伝わって、読者の共感を得ないとダメなわけだよ

プロ、カコ(・∀・)イイ!!

えらそうなこと言って、じぶんの娘とすらまともに会話できてないくせに!!

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 うっ。痛いところを付かれて俺は絶句した。さすが宇宙人。想定していた以上に手強い。でもここで怯んではだめだ。何とか論破しなければ。


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俺は作家だ。作家にとって言葉とは、書いたり読んだりするためのものだ。会話は関係ない!!

(´゜д゜`)エー

それはちょっと(;・∀・)

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 思わず突っ込みをいれる他のメンバーは無視して俺は言いきった。

 ふふふ。俺を誰だと思ってる。言葉は俺の武器だぞ。それでメシ食ってるんだ。こういうのなら、誰にも負けない……。

 その時だった。俺はふと、何か違和感を感じた。この世界から脱出する隙間を作るという当初の目的も忘れ、どこか楽しんでいる自分がいる事に。

 ……ちょっと待て。違う。これは何か違うぞ。

 スレッドはどんどん進んでいく。単純に相手を傷つける事だけを目的に、直接関係ないことまでが次々と槍玉に挙がっていく……。

「俺は、作家だ」

 俺はさっき自分で書き込んだ言葉を思い出した。

 作家は、人を楽しませる言葉を紡ぐのが仕事のはずだ。

 俺が何より大切に思っている「言葉」の力を、こんな風に他人を攻撃する事に使っていいのか?

 俺はグレイに読ませてもらった、宇宙人小説家の作品を思い出した。

 あんな美しい文章を書く、才能ある作家に……?

「なあ、おい、ちょっと」

 俺は平野と松野にLineでメッセージを送った。

「もうやめようぜ」

「え?どうしてですか?桜田さん、頑張りましょう!!」

「これくらいじゃまだ脱出できないぞ!よし、もっと攻撃しろ、平野!!」

「了解!!」

 二人はますます勢いづいた。


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なんつーかこういう、ネタバレ的な内容っていうの?どうなのよ

姑息('A`)

かといってすごく斬新かって言えばそうでもないし

結局、実力無いからこういう奇をてらったもの書こうとするんだよな

そうそうww一発芸ですぐ消えるお笑い芸人みたいですねwww

ヒドスwww

宇宙人小説家かわいそす(´Д⊂ヽ

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 その時だった。

 空に稲光が走ると同時に、雷鳴が轟いた。

 ビシッ!!

 爆音と共に、空から壁までを一気に切り裂くように、大きな亀裂が入った……。とうとう、宇宙人小説家の心が折れたのだ。亀裂は俺の直ぐ側の壁にまで達している。

「やったぞ!」

「やりましたね!!これで脱出できそうですね!」

 松野と平野のメッセージが飛び交った。

「よし、じゃあ元の場所に全員集合!!」

「了解!」

 二人は嬉々としている。やっと脱出できるのだ。まあ当然だろう。

 俺はしばらく黙って考えていた。そして、壁に手を付くと、時計回りに壁を辿って一人足早に歩き始めた。

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