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真壁は卒業配置で、八王子もしくは多摩地区を管轄する第九方面に希望を出していた。卒業試験の成績があまり良かったとは思えず、山に囲まれたところで仕事が出来るならという考えもあった。
だが、警察学校の担当教官から「ふざけるな」と一喝され、真壁は新宿西警察署の地域課に配属された。
新宿西署は日本一の歓楽街である歌舞伎町を管内に抱え、ある意味、都内で最も「にぎやかな」署と言える。1日の処理件数は優に百を超え、交番に座っているだけで仕事が舞い込んでくる。
真壁は暗澹たる思いで新宿西署の勤務初日を迎えたが、最初に配属されたのは歌舞伎町交番ではなく、北新宿1丁目交番だった。よく「北一交番」と略されるその交番の後に、真壁が入っていた警視庁の独身寮が建っていた。
北新宿は新宿西署の管内でも比較的「落ち着いた」地域で、交番の業務はだいぶ楽な感じだった。しかし、何事も無い日を3日ほど過ごしていると、真壁は自然と体がうずくのを覚えた。
拍子抜けした思いがあったのかもしれない。真壁は積極的に街を巡回することにした。どこかに自分の根は真面目だったのかという自嘲を感じた。総武線が近くを通っているためか、小さい商店街があった。何回か巡回していく内に、店主たちから万引きの訴えが多く寄せられた。
真壁が北新宿の交番に詰めてから1週間ほど経ったある日、あるアクセサリー店から電話が入った。万引きを捕まえたという。真壁が店の奥にある事務所に入ると、ドアの傍に店長がうんざりした顔で立っていた。巡回ですでに顔は合わせていた。
「どうしたんですか?」
店長は状況を説明した。
「いやぁね、私が防犯カメラのモニターを見てたら、この子が柱の影でこそこそ何かしているんですよ」
店長が顎を向けた先には、女子高校生らしい少女が俯いてパイプイスに座っていた。
「肩に大きなカバンを掛けているから怪しいなぁと思っていると、案の定ですよ、カバンに何かを入れたんですよ。それから他の場所に行っては戻ってきてまた何かを入れるんですよ。柱の影ならバレないと思ったんでしょうかねぇ」
テーブルには、万引きした商品が置かれていた。値札のついた指輪やキーホルダーなど全部で6品目。常習犯だと確信した真壁は、いきなり怒鳴りつけた。
「持っているものを全部出せ!」
カバンからは財布、携帯電話、アクセサリー、ハンカチ、手帳などが出てきた。真壁はアクセサリーを少女の顔に突きつけた。
「これも盗んだんじゃないだろうな!盗んだ店の名前を言え!」
「それは盗んだんじゃありません!盗んだのはこれだけです!」
少女はテーブルに置かれた六品を指した。
「泥棒の言うことが信用できるか!」
「だって、本当ですってば」
少女は泣き出しそうになり、どうやら観念した様子で真壁の質問に素直に応じるようになった。所持していた学生証を見ると、少女は都内の進学校に通う2年生。聞けば家は裕福なようで、小遣いに不自由していないことは財布の中身を検分しただけで分かった。
真壁は店の電話で、少女の母親に連絡した。少女の家は近所らしく、ものの五分もしない内に母親が慌てた様子で店の事務所に入って来た。
母親は部屋に入るなり、娘を叱りつけた。
「ちゃんとお小遣い、あげているでしょ!」
そして、店長に向き直って発した言葉に、真壁は驚いた。
「おいくらですか?」
「代金を払えば済むという問題ではないでしょう」
店長が呆れ顔で答えた。
「うちの子を犯罪者にするつもりですか!」
傍にいる真壁を見ようとしない。警察沙汰にされたことが気に入らないようだ。
「お母さん、万引きは窃盗です。立派な犯罪ですよ」
真壁が口を開くと、母親は急に床に手を付けた。
「すみません、本当はいい子なんです。魔が差したんでしょうか。なんとか今回だけは見逃していただけませんか。あとでご挨拶に伺います。どうかお願いします」
母親は床に額をぶつけるくらいに、頭を下げた。
「まぁ、お母さん。落ち着いて。顔を上げてください」
真壁がとりなしてその場はどうにか落ち着いた。結局、少女はパトカーで新宿西署まで同行し、真壁は署の5階にある生活安全課で少年係に引き渡した。真壁は店での一部始終を話すと、少年係はうんざりした様子で言った。
「最近、そういう手合いが多いんだよね。そういう親で育った子どもだから、将来が心配になるよな」
真壁が礼を言って部屋を出ると、中年の男とぶつかりそうになった。背は小さいが、柔道で鍛えた筋肉が詰まったような体格をしていた。
「万引きを引っ張ってきたそうだな」
「はい」
「君、どこの交番に詰めているの?」
「北一交番です」
「へぇ、あの北一でねぇ!最近あそこの交番の評判は良くないって聞いていたけど」
真壁は苦笑を浮かべた。
「ええ・・・」
「ついに北一も目覚めたってことか。まぁ、これからも頑張ってくれ」
その男は豪快な笑いを飛ばして、真壁の背を力強く叩くと、その場を離れていった。
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