新宿巡査Ⅰ
伊藤 薫
[1]
午前2時すぎ、真壁仁は新宿副都心の高層ビルの一角に位置する新宿西警察署に駆け込んだ。欠伸を噛み殺している守衛にさっと手帳を示し、3日間の休暇でぼやけた頭と体をリセットするために、6階まで階段を駆け上がった。
6階の地域課に入る。薄暗いオフィスの奥にある応接セットで、地域課長代理の上岡英昭がソファで毛布に包まっていびきをかいていた。
真壁はソファにさっと近づき、上岡の肩を小突いた。
「ん・・・ああ、やっと来たか・・・」
上岡が眼を瞬きながら、体を持ち上げた。
「いきなり呼び出しておいて、やっと来たかはないでしょう」
「はやく準備して来い」
そう言いながら、上岡は大きな欠伸を一発かました。真壁は鋭い視線で上司の顔をにらみつけ、地域課のオフィスに隣接する更衣室に入り、手早く服を脱ぎ捨てた。
自分のロッカーから制服一式を取り出す。白ワイシャツに袖を通し、濃紺のネクタイを締める。拳銃ホルダー、手錠入れ、警棒吊りが装着された帯革を腰に巻きつけ、冬服の上着をはおる。
最近、再び短く刈った頭を撫でて、制帽をやや深めに被る。大学で山岳部に入っていた頃は髪を長く伸ばしていたが、友人から「鳥の巣」と揶揄され、帽子の脇から髪がはみ出すのをみっともなく思い、警察学校を卒業と同時に高校球児だった頃と同じ髪型に戻した。
官給品の黒靴を履き、ズックをロッカーの下に押し込んだ。立ち上がると、扉の裏に貼り付けた鏡が一瞬、真壁の顔をとらえた。
似ている。
独身寮の本棚に飾られたモノクロの写真には、制服に身を包んだ若い男がうつっていた。デザインがだいぶ異なるが、腰の脇に垂れ下がる木製の警棒と制帽の旭日章が警官であることを伝えていた。
真壁宗治。
戦後まもなく警官になった祖父の制帽の奥に潜む眼に浮かぶ暗い色が、自分と似ていることに驚いていた。
そして、装備品をひと通り自分で確認すると、ふと思い出したように、真壁はハンガーに掛けたジャケットからある物を取り出した。
銀色の鎖がかけられた聖ミカエルの小さなメダル。警察学校に入るときに「光明院」の西村神父から贈られた物だった。
「聖ミカエルが誰だかは知っておるな。警官の守護聖人だ。これから先、何があっても聖ミカエルがお前を見守ってくれる」
小さな声で祈りを唱え、メダルをズボンのポケットにおさめ、更衣室を出た。
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