第24話 ルシュウ再会する1
その別邸の中では、ガルムが何やら外が騒がしのに気づいた。彼は弟子のルトをグーロンの部屋にやった。他の部下は酔い潰れて使いものにならない。領主チムガに迎え入れられて以来、敷地の端の目立たないこの館にに閉じこめられたままである。
ガルム自身、酔ってはいるが、それは、半ば妬け酒に近い。ガルムがこの館に入った後、多数の兵士が隊列を組んで館の外に出て行くのをなすことなく眺めた。
「儂らも加えよ」
ガルムはチムガの執事グーロンに談判した。しかし、あっさりかわされた。兵士達は囚人の処刑のために行くのであって、わざわざガルム殿のお手を煩わす事はないと言うのである。そして、チムガはもちろん、グーロンも顔を見せず、ルトに同じような返事を持ち帰らせた。
「私が行って調べて参りましょう。ここでお待ち下さい」
それが執務菅グーロンの返事である。ガルムは返ってきたルトの前で、足を踏み鳴らし、ろれつの回らない舌で不満をぶちまけた。
「何故に、儂を使わぬ。何故に、儂らに助力を求めぬ」
半ば軟禁されるかのような被害意識までが湧いてくる。ガルムはいくつかの部屋を回って外を覗き見た。どの部屋からみても、何やら兵士達が慌ただしく走り回っているのが分かる。このまま窓から飛び出して行きたいくらいだとガルムは思う。それを思いとどまっているのは万が一、チムガとの関係悪化を恐れての事である。
ルトがガルムを探して呼びに来た。この館の入り口に兵士たちが来たという。本来ならグーロンが相手にしたに違いないが、この時に、この別邸の中に責任者といえる者はガルムだけだったのである。
「見よ。やはり儂が出向かねば、片付くまい」
ガルムは自慢気にルトに語ったが、そういう陳情の類の兵士ではなかった。十数人の兵士が口々に、囚人がここへ逃げて来なかったかとガルムを問いただした。
「辺境者。お前は囚人を隠したりしていないだろうな」
その言葉で、ガルムとルトはこの騒ぎの理由を察した。しかしその兵士達の態度がひどく横柄でガルムの勘にさわった。彼は腕を組んで怒鳴った。
「誰もおらぬわ」
兵士達はなおも館には入ろうとしたため、ガルムは酔いも手伝って兵士の前に立ちふさがった。
「儂が信じられぬか?」
そして、腕を広げて立ちふさがり、腰の剣を叩いて言いった。
「ここを通りたければ、この剣にかけて来い。儂の武を疑う者は居るかっ!」
兵士達は互いの顔を見合わせ、渋々ながら引き上げた。ガルムは勝利者のように勝ち誇って、引き上げて行く兵士の背に言葉を浴びせた。
「チムガ様に伝えよ。何故に、儂らを用いぬ」
口惜しそうに繰り返した。自分の手柄が、兵士達に混じって、焦りを誘うのである。
「儂に任せてみよ」
ガルムはルトに説く。ルトはまじめくさって親方の言葉を拝聴した。こういう場合は素直に耳を傾ける振りをするのが一番良いことを知っているのである。
「先ずは兵士を三人づつの組みに分ける。そして、その組が袋の口を絞って行くように追い込んでいくのだ。そして、その袋の口の部分で儂が待ち受けて、脱走した囚人を斬る」
ガルムは剣を抜く身ぶりをした。ルトは戦術論は良く分からないが、ガルムの話は非常に虫の良い話のようにも見える。敵がこちらの思いとおりに動くとは限らないと考えるのである。
「親方。俺達はもう酔ってる。俺も親方もこのところ酒を飲み続けだ。もう休もうぜ」
「いや、今しばらく。チムガ殿からお呼びがかかるかもしれぬ」
「それなら、余計に酒気を抜いておかにゃあならん」
ルトはそう言い、ガルムの肩を抱いてなだめるように言葉を続けた。
「親方。もう部屋に引き上げましょう」
「儂が酔っておるとでも言いおるか」
ルトは、酔ったガルムの背を押したり、腕を引いたりしながら寝室としてあてがわれた部屋に導いた。ただ、ルト自身も、酔いが回っているようで足取りが定かではない。しかし、その部屋の光景に、二人の酔いは覚めた。
部屋の中にルシュウの姿がある。大きく開け放たれた窓から心地よい風が吹き込んでいた。ルシュウはこの窓から風と共に入ってきたようだった。ガルムとルトの顔を見たルシュウは意外な顔もしていない。先ほど飼料小屋で漏れ聞こえる声の中に、たしかにガルムとルトの声を聞き取っていたのである。今朝、分かれたばかりだと言うのに、ルシュウは懐かしそうに微笑んだ。
「ルトォ、ガルム、また会える。オレ、大変嬉しい」
この少年は再会を心から喜んでいるのである。ガルムは酒の酔いは醒めたが、ちっとも嬉しくなかった。ルシュウの傍らにみすぼらしい身なりの青年が一人、血塗れで立っている。そして寝台の上には少女が一人、気を失ったように横たわっていた。
ガルムとルトはその少女には見覚えがあった。港に降り立った日に金袋をスリ取った少女であり、昼間、広場で囚人車上で晒されていた少女でもある。そして、先ほどの兵士達が探し回っていた囚人の一人に違いない。
「ここは誰もおらぬわ」
「入りたければ、剣にかけて来い」
ガルムは先ほどの兵士達に浴びせた嘲笑の言葉の一つ一つを、その場面とともに想いだした。ガルムは彼自身が意図せぬままこの囚人をかくまった共犯になったと言うことである。
(とにかく、こやつらを誰かに見られるのはやばい)
ガルムの頭が妙に冴えて、そんな判断を下した。ルトがルシュウに声をかけた。ルトにも事の重要性くらいは分かる。
「ルシュウ。どうしてここにいる?」
「スクル、泣く。バンカ、ネア助ける。ここにルト、ガルムいる。オレ、ここ来た」
ルシュウはそう答えた。簡潔すぎてルシュウの言葉を類推で補う必要がある。この少女はネアと言うらしい。そして、その少女の肉親か誰かが、少女を心配して泣くので、その恋人か何かの青年が少女を救いに来たのだろう。ルトはそう考えた。事実、ルシュウは飼料小屋に居た時に壁越しに聞こえた声で、ガルムとルトの存在に気づいていたのである。
「お前たち。隠れろ」
ガルムは声を潜めて言った。
たった今にでも、先ほど剣で脅して帰した兵士達が増援を引き連れて館に踏み込んで来そうな気がしたのである。
「来ちまったもんは、しょうがねぇや」
ルトは諦めた。抑圧され続けた辺境の人々のもつしぶとさである。しかし、ルシュウらをここから逃がす算段をせねばならないのは変わり無い。大きく開いた窓から外を覗き見ると、敷地内のあちこちで兵士達の松明の明かりが揺れて見え、人が斬られるような悲鳴が聞こえたりしていて、騒ぎが治まる気配がない。ガルムは慌てて板張りの窓を閉めて部屋の中の光景が外に漏れないようにした。
「あんたたちは何者だ?」
様子を窺っていたバンカがルトに尋ねた。
「今朝まで、そこのルシュウの旅の案内役だった」
「ルト。我々はチムガ様の剣士である。盗賊共となれなれしく話をするものではないわ」
ガルムは自らの剣士という立場を強調し、バンカに侮蔑的な視線と言葉をぶつけた。バンカもまた侮蔑で応じた。
「なるほど、チムガに飼われる子分ってことか」
「まあ、そんなものかな」
そんなルトの鷹揚な言葉で、バンカはこの二人が必ずしも敵ではない事を悟って黙りこくった。ルシュウはそんな人々のやりとりをただ機嫌良くにこにこ微笑んで眺めていた。
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