第21話 処刑

 ガルムらの一隊が広場を通った時、その片隅で息を潜めていたバンカも、なすことなく囚人車を眺めていた。柱に繋がれたネアの衣服の一部が裂け、血が滲んでいた。彼ら最下層の人々は何回も経験して知っていた。あれは兵士たちが使う鞭の痕だった。ネアは膝が震えていて、まっすぐ立っていられぬほどに弱っているらしい。足下がふらつき、その都度、首に掛かった縄で締め付けられて咳き込むという具合だった。

 囚人車の横で処刑用の柱が組まれているが、一組だけ。二人の囚人、ネアかニングのどちらかが、今日の夕刻に処刑されるのである。その夜の闇の中で、罪人の最後を照らすために、広場のあちこちにかがり火の準備がされており、処刑を見るための見通しのよい場所を確保するために、気の早い野次馬が集まりつつある。彼らは囚人を指さして、処刑される囚人に付いて、またその処刑の方法に付いてあれこれ想像たくましく噂話をし、時には冗談さえ言い合って笑っていた。

 どうやら、流民の虐殺は、この街の人々の残忍な娯楽になっているらしい。

(この見物客にまぎれて)

 バンカは考えていたのだが、周囲を見回すと逃げ場がなかった。広場から四方に伸びるどの通路にも、武装した兵士や市民を偽装した兵士が目を光らせていて、広場中央のネアを囚人車から救い出しても逃げる場所がない。この処刑がネアやニングを餌にして、その仲間をおびき寄せて一網打尽に捕らえる算段だと読めた。

 バンカは焦ったが、時間だけが過ぎて行く。やがて、陽が落ち、かがり火が灯された。その火に誘われるように、観客の中に異様な期待を込めた興奮が広がりつつあった。今回の処刑が、仲間の盗賊をおびき寄せるために実施される事に、観客も薄々感づいている。こういう場合、処刑される囚人は非常に残酷な方法で殺されるのが通例だった。

 群衆は残酷にも、そのやり方に興味を覚えているのである。手足を一本づつ引きちぎるのだという者があり、生皮を剥ぐのだと噂する者もいる。街の人々の想像は残酷でたくましかった。

「た・だ・い・まぁー。チムガ・さま・がぁ、お着きに・なったぁー」

 数人のンガビスが広場の民衆の輪をぐるりと回って、領主の到着と処刑の開始を告げて歩いた。広場に集まった人々の期待が高まった。

チムガが姿を現し正面の台上にしつらえた席に着いた。形式通り、処刑の手続きが始まった。審判官が囚人車の前に立ち、台上のチムガに囚人の罪状を述べ、その処罰が適切なものであると宣言した。チムガは鷹揚な態度で審判官にうなづき同意し、供の小者に囚人車の上の若い男を指さして何かをささやいた。やがて、兵士が二人、囚人車上、若い男の首に掛かったロープを解き、囚人車から引きずり下ろした。

「ニング」

 バンカは群衆の中で仲間の名を呟いた。その仲間の名と同時に、今日、殺されるのがネアではなかったという安堵感と、そう感じた自分への罪悪感に彼は頭を抱えた。

 ニングは囚人車上で惚けた様に放心状態にあったが、台上から引きずり下ろされて、自分の運命を悟ったように天を仰いで叫んだ。

「いやだぁー」

 その悲鳴が広場に響きわたって、バンカの耳を刺した。彼は耳を押さえたが、群衆はこれから始まる見せ物に期待するかのように、陽気にはしゃいで広場の中央を眺めていた。

「俺は何もしちゃいねぇ。命だけは助けてくれっ」

 兵士は泣きわめくニングを、処刑柱まで引きずって行き、両足に縄をかけ逆さに吊り上げた。恐怖に悲鳴を上げるニングの体が、チムガの目の前で激しく踊るように動めいていた。

 兵士がニングの体を掴み固定すると、紫の外科医の服を付けた男が進みで、内臓には傷を付けないよう、慎重に、ニングの腹を、臍からわき腹に駆けて鋭い刃物で切り裂いた。

 ニングの絶叫が広場に響きわたり、広場の端にいる人々は、何が囚人にあのような断末魔の絶叫させているのか、興味深く伸びをしたり飛び上がって視界を確保して眺めようとした。

 激痛にニングの体が飛び跳ねるように揺れ、腹から溢れ出した内蔵がニングの頭の当たりまで垂れている。バンカは遠目にその光景を見、うずくまって吐いた。吐く物が無くなって黄色い胃液になるまで吐いた。

 ニングは腹を裂かれたまま晒されて、しばらくは生きていた。やがて、広場から長い絶叫と哀願の声が失われ、兵士が松明の炎でニングの体を焼いた。ニングの体は一瞬、ビクリと震えたのみで、肉の焦げる臭いにも反応しなくなった。兵士はそうやって型どおり、ニングの死を確認し、処刑が終わった。

 チムガを乗せた輿が館へ戻り、囚人車もネアを乗せたまま館へ引かれて行った。群衆は恐い物見たさに死体に群がり、その無惨な死体を残酷にも好奇心を込めて棒でつついたりした。兵士はそれを追い払うのに忙しかった。

 この夜は、広場を照らすかがり火の炎が消え、月の光だけになっても、広場に人々の興奮は収まらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る