第20話 ガルム兵を養う2
「二列縦隊をとり、ルト、お前が指揮を取れ」
ガルムは元気良く命じたが、具体的にどうすれば良いのか誰も分からない。ガルムは多少声のトーンを落として言い替えた。
「二人づつ並んで儂について来い。ルト、お前が先頭だ」
(なるほど。最初からそう言えば分かるじゃねえか)
ルトは思ったが、反論はしなかった。
彼らは幾つもの細い街路を通り、本通りに出た。途中、酒場の主人が予測した通り、チムガの兵士ともすれ違ったが、その都度、先頭を歩くガルムが重々しくもったいぶった調子でうなづいて見せる。そうやってみると、ガルムという男も、それなりの威圧感があり、チムガの兵士たちも、挙動不審者ではないかと感じつつも手出ししなかった。
やがて、彼ら一行は広場にさしかかった。その時に、広場の北側、領主の館の方から粗末だががっしりした車が、奴隷達によって引き立てられて来た。それは処刑する罪人を運搬する荷車で、荷台の中央には太い柱が船のマストのように立っている。その柱のてっぺんからは輪の付いたロープが下がっていて、今はその輪の二つに、後ろ手に手首を縛られた囚人が二人、首をくくられるように繋がれている。首が締まるために座る事が出来ない。そうやって、処刑までの間、囚人を広場の中央に立たせて晒しておくのが決まりだった。
「へっ、何人殺すつもりだい」
「なんでぃ。未だガキじゃねぇか」
ルトが密かに岩砕きと蟹呼ぶ男たちがそんな会話をした。
「だまれ。精強な兵士というものは、無駄口を叩かぬものだ」
ガルムは体面を気にして言う。しかし、一番弟子のルトが声を上げた。
「あ、あれは?」
囚人の一方は背が高く痩せ型でルトの記憶にない、しかし、もう一方、時折よろめいて咳込んでいる少女には見覚えがある。ガルムの懐から金袋をスリ取った少女である。
「親方、あれ」
「師匠と呼べ。うむ、不憫ではある。しかし、止むを得ぬ」
ガルムも気付いてはいたらしい。しかし、彼らは何事もなかったように、広場の中央から東に進路を取った。広場の北にはチムガの屋敷があり、その東に神殿がある。ガルムらは先ず神殿の区画に出、ぐるりと迂回してチムガの館の裏門から訪問しようとしているのである。
「貴殿と儂の仲ではないか、堅苦しい挨拶は要らぬ、何時でも気軽に裏門から来よ」
チムガはそう言ったのだ。
(それは違うのではないか?)
ルトは疑問に感じるのだ。敬愛すべき相手であるからこそ正門から堂々と迎えるべきではないか。しかし、ガルムは未だ、チムガに手を握られ、『貴殿のご助力を』と言われた興奮が醒めてはおらず、チムガの言葉に疑念を抱いては居ない。
ガルムがチムガの館をぐるりと囲む塀の裏門に到着し、取り次ぎの小姓にチムガとの面会を求めた。
「チムガ様より承っております。しかし、ただ今はチムガ様、ご不在につき」
小姓はそんな言い訳をし、先頭を歩いてガルム等を宿舎に案内した。そこはチムガの邸宅の別邸ともいうべき建物で、本宅から切り放されたように離れており、敷地の端、練兵場の傍らにある。兵たちの訓練の声が響く練兵場にガルムは感動して言った。
「おお、チムガ殿には、ここまで配慮いただいているのか」
そして、ガルムは宣言した。
「明日からでも、この兵どもの練兵をさせていただこう」
出迎えに手抜かりというものがなかった。別邸に入るや否や、部屋には酒と酒の肴が運ばれた。身なりの良い男が一人迎えに出て、グーロンと名乗り、領主チムガの執務官として仕える者だと言った。
「主人が帰るのは、明日夕刻になるかと存じます。お客人にはそれまでの間、ここでおくつろぎ頂くようにとの領主のご意志です。私はこの別邸の端の執務室に控えておりますので、ご用があれば何なりとお申し付けください」
ガルムはそんなグーロンの言葉に感動した。執務官というのは領主の片腕とも呼べる肩書きで、領主の代理人として様々な実務をこなす。そんな高位の者が下級役人を介しもせず、直接にガルムの対応をするというのである。
ルトはやや白けた。ガルムの感激とは別に、グーロンの言い分は、自分たちをこの館に閉じこめて、外に出ないよう直接に監視するという風にも聞こえるのである。ただし、それを示す証拠はない。感激と感謝を隠さない親方に従うしかないのである。
ガルムの感激とルトの疑念は、兵士が挙げる歓声にかき消された。グーロンの命じた酒と食事が運ばれてきたのである。
「ご用の折りは、何時でも何なりとお申しつけ下さい。すぐさまご希望は主人チムガに申し伝えます」
グーロンはそう言い残してドアを閉めて出て言った。丁寧ではあったが、その態度には、終始、温かみが無かった。あの真面目そうな男は、この館の出入り口にある部屋に籠もって、ガルムたちに目を光らせるのだろう。
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