第11話 領主チムガ

 やや話が戻る。ギグの店に向かうガルムとルトは、突然に誰かの手で背後から乱暴に肩を捕まれて呼び止められた。振り返ると兵士が四人おり、露骨にうさんくさそうに二人を眺めているのである。兵士達はガルムとルトを頭のてっぺんから爪先まで撫で回すように見回し、馬鹿にするように言った。

「怪しい。辺境者の臭いが漂うておるな」

 何か面白くないことでもあったに違いない。正規の取り調べではない、露骨な嫌がらせだった。ガルムが身だしなみを整えたつもりでも、本土の者ではないことがわかるのだろう。

「辺境者。身分証を持っておろう。見せよ」

 ガルムとルトは黙って兵士の指示に従って懐の身分証を差し出した。

「へっ。剣士だとよ」

 身分証を受け取った兵士が、そんな言葉で嘲った。

「剣士さん、剣はどうした。売っぱらっちまったか?」

「それが、盗まれちまって」

 ルトの正直な弁明が、兵士達の嘲笑に拍車をかけた。

「いいか、俺達が探しているのは、チムガ様のお屋敷に忍び込んだ、ずる賢い泥棒だ。お前らのような間抜けじゃねえ。目障りだ失せな」

 おそらく、その探索がうまく行ってないのだろう、ガルムとルトに難癖をつけ憂さ晴らしをしているのである。

(役人共のすることよ)

 ルトはどんな地域でも役人の性格は変わらないものかと考えた。彼の生まれた地域ではこういう類の因縁をつけるのは役人だった。ここでは領主の兵であるらしい。ルトは彼らのような人物の相手は慣れていた。腹立たしくとも黙って聞き流していればよい。兵士は唾でも吐くように言った。

「失せろ」

 兵士の言葉に ガルムが感情を押し殺した声で言った。。

「身分証明を返してはもらえぬか?」

 通行人が彼らを囲んで、面白そうに見物しており、狭い路地を塞いでいる。兵士がさらにガルムをなぶる様に身分証明の樹皮をちらつかせた。

「それを返してはもらえぬか」

 ガルム繰り返した。一枚の樹皮にかかれた内容が彼らの身分を保証し、ただの乞食や浮浪者と区分するのである。

「紛らわしい。失せろ」

 役人は言い、ガルムが求める物を地面に投げ捨てた。ガルムは黙って地面を眺めていた。やがて、兵士が去り、樹皮を拾うガルムの背が怒りに震えていた。腰に手をやっているのは、無意識に剣を探っているのだろう。ルトは親方の心理をそう読んだ。

 ルト自身は農家の三男坊であり、元来のんびりしたところがあり、役人や兵士の扱いにも慣れている。ムカっ腹は立ったものの一過性のものであって尾を引かない。今の出来事など一晩たてば忘れているのかもしれない。ルトは人混みを掛け分け、親方の腕を引くようにしてその場を去った。

「儂はガヤン・ガルムである」

 ガルムは呟くように繰り返している。ガルムは彼のプライドを酷く傷つけられたらしい。

「しかし、」

 ルトはそう呟くのだ。

「盗られちまったものはしょうがねえや。盗られた物を探すのが先だろ」

 しかし、ルトは言葉には出さなかった。まだ親方は口惜しそうに自分の名を呟いているのである。彼の親方はひどく冷静な計算をするくせに、プライドを傷つけられることにひどく弱い。ルトは親方の気分転換に前方を指さして言った。

「親方。ジジイの言った広場だぜ。きっと」

 実際、商店の並びが途切れて見えるのは、前方に広場があるに違いない。

「えっと。広場に出て右だっけ」

 記憶が定かでないルトに、ガルムは腹立たしさを吐き捨てるように言った。

「広場に出て右、ムーヴグの店の通りを西に進むのだ」

 ガルムを我に帰らせたのは血の臭気であった。血の臭いで冷静さを取り戻すというのはこの男らしい。ルトは丸い目を見開いて、驚きとも恐怖とも区別の付かない叫びを上げた。

「ひでぇなあー」

 ルトは顔をくしゃくしゃにしかめた。頭と体をばらばらに四つづつ、広場の中央に見つけ、指を折って数えたのである。汗ばむほどの気温の中だが、まだ腐敗しきっておらず、腐敗臭より血の臭いが漂うのである。蝿のたかり具合など、まだ新鮮な死体らしい。死体は投げ捨てられるように放置されており、死体の側には何かの高札があって、死体がまだ生きていた頃に犯した罪状が書かれているに違いなかったが、ルトには字というものが読めない。ガルムがうろ覚えの知識で解読したところでは

『職を持たずに世を騒がした』とある。

 要するに酒場のジジイが言った、街に流れ込んでくる流民を、見せしめのために殺したに違いない。広場はおそらくこの街の中心に位置するのだろうが、その道はこの死体を中心に街の四方に延びている。そんな人通りの密な広場で人々が何事もなかったかのように陽気に振る舞っているのは、この種の処刑が日常茶飯事であって特に珍しいものではないに違いない。地面は繰り返しを血吸っている気配があってドス黒い。

「あれだ。あれ」

 ルトは大声で叫んだ。

「声が大きい」

 ガルムは低い声でルトを叱りつけた。人混みの中で軽々しく騒ぐというのは、ガルムの沽券に関わるし、第一、剣を持っていない引け目がある。

 ルトが見つけた武具の店は酒場のジジイの言うように、見ればわかる表通りにあり、 文字が読めるガルムがみるところ「ギグの店」と店主の名を表記した看板を掲げていた。


 手甲、皮製の胸当て、投げナイフ等が種類大きさ豊富に並べられてあり、ちらりと見たところ、剣や盾が店の奥まった位置にあるらしい。二人が店に入ると、確かに店の奥に数十振りの剣を見つける事が出来た。ただ、その中央に昨夜ガルムとルトが盗まれたばかりの剣が堂々と並べてあるのはどういう了見なのだろう。

「ご亭主」

 ガルムが店の奥の男に声をかけて店に乗り込んだ。

(まずいな)

 ルトはそう考えた。ガルムは盗まれた剣をみて、兵士を相手にした時の怒りや興奮を思い出したらしい。店の主人に呼びかける声にも、すぐに爆発しそうなほどの怒りが隠っていたのである。たぶん、計算高い男は、怒りに任せて乗り込んだものの、どうしようと言う目算はなかったらしい。普段は知恵の回る親方だが、先ほどの兵士はその知恵を忘れさせるほどプライドを傷付けられていたのである。

「あんたら、土地の人じゃないね」

 ルトの読み通り、ガルムはこの種の場数を踏んでいるらしい店主に、そんな言葉で話をそらされて次の言葉に困っている。店主はガルムの心の隙につけ込んで次の言葉を吐いた。

「剣かね。盾かね。良い物が揃ってるよ。でもね。うちのは兵隊さん御用達の高級品ばかりでね。半端な値じゃないよ。お前さん達に買えるようなものがあるかねぇ」

 店主は二人の侵入者を値踏みするように眺めた。

「金ならば、ある」

 ガルムがそう言った瞬間に、すでに店主の口車に乗せられている。盗品だから返せと言うのではなく、金を出して買うと言ったようなものだった。

「そこの剣なんかどうだね。あんたらにゃ、ぴったりだと思うがね」

 店主が指さしたのは紛れもなくガルムとルトの剣である。店に入るや否やガルムとルトの視線はその二振りの剣にくぎ付けだった。老獪な店主には、彼らのような田舎者の考えなど心を読むように明らかなのである。

「その剣だが、わしらのものだ。返してはもらえまいか?」

「昨夜、盗まれたんだよ」

 ガルムやルトの言葉に店主はそっぽを向いた。

「お客さん、言いがかりならやめてもらいてぇな。ここは三代、正直者で通ったギグの店だぜ」

「しかし……」

「お前ら、辺境モンの来るとこじゃねぇや。帰んな」

 ガルムも口べたな方ではないが、店主の老獪さの前には言葉がない。半ば店主の言い分の方が筋が通っている様にも思えてしまうのである。しかし、ルトは単純だった。むずかしい理由は良くわからないが、自分の剣を棚から取り上げた。

「これは、俺が昨日盗まれた剣だ」

 刀身を半ば鞘から出して見せ、刃こぼれを指さして言った。

「ここに俺が村で付けた傷がある」

 店主の老獪さも、ルトが指摘した単純な事実に負けた。ガルムも商品の中から自分の剣をとり腰に付けたのである。

「や、野郎」

 店主は口ごもったが、すぐに人を呼ぶ大声に変えた。

「盗人だぁ」

 大声に驚いたルトが店主に飛びかかり、口を抑えたが、道路の端々まで充分に響きわたったらしい。その時にルトには店主の顔に、もっと正確に言えば、禿上がった頭の形を思い出した。昨日、酒場の奥に居た男に違いない。やはり盗みに荷担していたのだろう。

「ルト。出るぞ」

 こんな状況では、盗人にされてしまうに違いないと、ガルムは考えたらしい。そこへやって来たのが、先ほどの兵士達だった事が、事態を大きくした。

「なんだぁ?」

 そんな馬鹿にした声と

「さっきの間抜けな剣士さんかよ」

 そういう評価が響いて、ガルムの勘にさわった。

「儂は、ガヤン・ガルムである」

 ガルムは自分の名を誇示して名を呼ばわった。しかし、それが兵士達の嘲笑を更に高くし、ガルムは怒りに任せてナイフが並んだ机をひっくり返した。兵士達は揃って剣を抜いた。その白刃を見、ガルムの目の色が変わった。野望に満ちた若い頃、胸がはち切れそうにワクワクしたあの感じである。ガルムが叫んだ。

「ルト、抜くな」

 今にも弾み出しそうな期待感に加えて、生き延びるための冷静さが妙に入り交じっている。ガルムらが剣を抜けば、この兵士たちを殺してしまうだろう。兵士達を殺せば、あとあとやっかいな事になるに違いない。

「抜かずとも良い」

 ガルムにはそういう自信がある。若い頃に、剣を抜く度に命をかけて相手の強さを値踏みした。そういう実績がある。しかし、四人の兵士と店主が片づいた頃に、新手が現れたのはガルムの計算違いだった。

ガルムは、ちっと舌打ちをした。せっかくムウ本土に舞い戻ったのに、またお尋ね者に逆戻りかと考えたのである。ガルムとルトは、新たに現れた四人の兵士の相手をした。ルトが振り回す棍棒で店が破壊され、鎖骨やあばらを折られた兵士がガルムに店の外へ蹴り出された。すでに乱闘は店の中から外へ、店の軒先から広場の中央へと舞台を移しつつある。

「これは」

 ガルムが舌打ちをした。目の前の敵を倒しても、迷路から湧いて出てくるような新手の兵士に押し流されて、カルムとルトは広場の中央に出てしまっているのである。ガルムは周囲を見渡して、大勢を相手に囲まれる広場は不利だと考え、そして、肩を激しく上下させてゼイゼイ喘ぐ息の合間に、儂ももう若くはないのかも知れぬと思いつつある。しかし、生き伸びる執念は捨てては居ない。

「何事かっ」

 広場に響きわたる声を発した者がある。低音だが良く響きわたり、周囲を威圧する感がある。

「チムガ様」

 そういう名が恐れとともに、兵士や市民の間に広がってゆき、ガルムとルトはその声の主が、この地を支配する領主のチムガだという事を知った。そして、声の主の進む所に道が出来るかのように、ガルムらと兵士たちの戦いを眺める民衆の一角が開き、ガルムを包囲していた兵士たちの輪も解け、男が姿を現した。身長が大男のルトにも匹敵する。肩の肉が盛り上がって首筋を覆い、胸は衣服を突き破りそうにたくましく、股の肉は幾重かに筋肉の筋を描いて頑丈そうである。顔はやや小さく、皮肉な笑みを浮かべた薄い唇の上にごてごてした鼻と、ぎょろりとした人を見据える大きな目が乗っている。

(あまり、敵には回したくない男だ)

 ルトはそう考えた。しかし、ガルムには閃く考えがある。ガルムはチムガの元に駆け寄り、片膝をついて領主の名を叫んだ。

「チムガ殿」

 敢えて領主のチムガを「様」ではなく同格の「殿」と呼んだのだった。ガルムは続けた。

「我ら二名、辺境のビウスに生を受くる者。しかし、ザイスク帝への忠誠、隠すところを知らず、サクサ・マルカにおいて武術大会の開催を聞き及び、我らが忠誠を知らしめんと、馳せ参じるところでござる。しかるに昨夜来、我らが旅路を阻むがごとく盗難に合い、くわうるに我らが忠誠を疑うがごとく、木っ端兵士共の侮辱の数々」

 ガルムはここで言葉を途切れさせて、倒れている兵士を眺め回して言った。

「かくなる仕儀に相成ったものでござる」

 更に、ガルムはチムガが話そうとするのを片手で制して続けた。

「チムガ殿。帝国の隅々に響きわたる御名にすがってお頼みする。我らが忠誠にご助力願えまいか」

 ふっと、チムガは薄い唇を歪めて笑った。チムガの周りでは十数名の兵士達が負傷しており、ガルムらの能力に感心してもいるのである。

「もうよい」

 チムガは兵士達を威圧するように見回し、手を振って新たな兵士たちを制した。

「たしかに、貴殿の剣の腕を拝見するに、貴殿の王に対する忠誠、疑うべくもない。ワシの部下にも行き過ぎた点があったようだ。許せ」

「サクサ・マルカへの出立の件、ご助力願えましょうや」

 ガルムは、彼らの旅費、あわよくば、鎧など武具の調達費用まで、チムガから手にいれようともくろんでいるのである。

「ご助力とは、失礼ながら、金銭の事であろうか。先ほど盗難に合われたとか申されていたが、」

 領主の言葉に、兵士の指揮官が進み出て言った。

「いいえ、チムガ様。あの男達は剣を盗まれたのでございます。恥ずべきやからでございます」

「引っ込んでおれ」

 チムガは隊長格の兵士を殴り倒した。兵士は血の泡を吹いて地を転がり、気を失っている様子はないが、チムガに威圧されるように、這いつくばって顔を上げない。

「失礼した」

 チムガはガルムに向き直って謝罪し言葉を続けた。

「しかし、剣を盗まれるとは、難渋しておられるのではないか?」

「いや、剣はこの通り取り戻しました故」

 ガルムはやや言い訳じみた語感でチムガの視線を避けるように言った。

「はんっ」

 チムガは笑い、ガルムの勘にさわったらしいのを見て続けた。

「はっ。剣とはな。しかし、ワシなぞは館に盗賊の進入を許し、家宝にも比すべき品物を奪われて難渋して居るところ」

 チムガは自らの失策を語り、ガルムの失策を笑い飛ばした。その笑い声がチムガの度量の大きさを感じさせ、ガルムを感嘆させた。チムガは太い腕をガルムの肩に回した。

「なにしろ、本土とはいえ、片田舎の街故、貴殿ほどの達人に会えようとはおもわなんだ、我が館で一献酌み交わしたいと思うが、どうか?」

「うむ」

 ガルムはうなづいたが、その表情の中に感激が隠せない。ルトはあっけにとられて親方と領主のやりとりを見ており、少し首を傾げたが、考えるのは止めにした。何がおかしいのかと聞かれても、良くわからないのである。何か正体の分からない者同士が、どろどろ絡み合っているのだが、互いに気づかない素振りをしている、そんな感じだった。

「オレァ、信じねぇ。偉い奴ぁ、信じねぇ」

 ルトは小さく呟いた。

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