第49話 嫉妬



 嫉妬ほど理性が似合わない行動もないであろう。怒りも感情的ではあるものの、それさえ理性で操作するイメージは湧く。ところが、嫉妬については完全に理性の適用範囲外に私には思える。更に言うならば、怒りは自分にメリットとなることも少なくないが、嫉妬は自分に対しても周囲に対してもメリットを与えることがほとんどない。それ故に最も厄介で抑えたい感情の一つである。


 その発覚を抑えたいと誰もが考えるけれども、あるいは最大限それが露呈しないようにと考えるものの、それでも御しがたきものが嫉妬の心理である。それは静かにわからぬように生まれ、様々なストレスなどと相まみえて触手を伸ばし心の中に確固たる足場を築く。一度固定化してしまったそれは痰のように絡みつき、消そうといくら努力しても水の中で燃える炎のように消えることはない。何かのきっかけで燃え代になりそうな事由が近づけば容易に火が付いてしまう存在。

 もちろん火を消そうとやっきになり、あるいは燃え広がるものを遠ざけようと努力する。しかし、その日の源泉が自分の心にある限り完全に消し去ることはほとんどできそうにない。


 そもそも嫉妬とは他者を妬み羨む心であり、すなわち自分が得たくても容易に得られないモノを他者が得ている状態を看過できない事である。あるいは、相手の方が優れているという状況を見せつけられていることが我慢ならない状況を受けてのものだとも言える。その差異が気にならないのなら嫉妬心など湧き起こらないし、絶望的なほどの諦めを感じていても今度は虚しさが先立って馬鹿らしくなってしまう。

 つまり、何とか出来そうだが出来ないぎりぎりのところ付近、意識としては手が届きそうだが現実には届かないもどかしさがこの嫉妬心を引き起こしている。

 意識の上では届くと感じているが、なぜか現実にはそれが上手くいかない。このギャップは人により幅の違いがあり、どちらかと言えば自意識が高い人ほどギャップを感じやすい。それは、自己のあるべき姿あるいは到達したい目標が強く心の中にあるほどに強烈に心を支配する。目標を強く意識する事自体は本来決して悪い事ではない。ただ、目標に至るという過程を理性的あるいは論理的に理解しているのか、それとも感情的に捉えているのかによって結果はかなり異なる。


 嫉妬を感情的と分類しては見るものの、本人がそれを感情として意識しているかどうかはまた別である。実は本人としてはそれを感情が前面に出たものと言うよりは、不安感だと認識していることが多い。不安とは普通に考えれば感情の振れ幅なのでそのものであるのだが、不安感に苛まれる状況下の心理ではそこまで冷静にものを考えることが困難になってしまう。

 不安感というものは、頭が良く回転する方が感じやすい。別に頭がよいことが悪いのではないのだが、頭がよいとは往々にして微妙な状況の変化を細かに感じ取れる能力と繋がっている。不安感が強くなりやすいわけではないが、不安感を抱く可能性が高いのだ。

 そもそも感情はままならないモノではあるが、それに囚われてしまえば本来メリットであるべき頭の良さは逆にデメリットに成り下がる。嫉妬と不安感は異なる感情ではあるが、根源はあまり変わらない。「将来において」自らに降りかかる厄災を想像することから始まっているのである。

 しかも、自らは理知的であると信じたまま感情に振り回されるため、余計に冷静な判断ができなくなってしまっている。


 不安感が特定の個人に向かえばそれは嫉妬という形を取り、社会に向かえばヒステリックな社会運動に変わる。それは社会あるいは自分のまわりの状況の変化を素早く感じ取る能力が強いほどに陥りやすい。嫉妬はエゴの奔出であるが、それでもポジティブなものであれば自己研鑽に役立つ。嫉妬がネガティブに捉えられるのは、自己が満たせない事実の原因を他者に転嫁していることにある。

 すなわち、嫉妬は自己を見つめることからの逃避の末に生まれる。もちろん全てが自己の責任ではなく、むしろ大半は外的要因かも知れない。ただ、他者の行動を容易に支配することができず、その上で社会は他者の自律的行動の連環により構成されるとすれば、結局自分ができることなど自分のことでしかない。運良く自分の行動が人に影響を及ぼせばよいが、それでもその選択権は自分の手の中にはないのである。

 嫉妬は自分を自分で御せなくなった結果生まれる。その言葉自体は当たり前の内容であるが、実のところ御せないのは自分の感情ではなく自分のことは自分でするしかないという覚悟の問題なのだろう。


「嫉妬からの行動は、覚悟あるように見えて覚悟無き姿を示す。」

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