第50話 恋愛ノウハウの空疎化



 以前より、「○○のための9つのパターン」といったような恋愛関係の記事が大流行である。こうした記事を読むとなるほどごく一般的なことが書かれており、逆に言えば恋愛の当事者ではない人が見た恋愛指南的な内容であることがよくわかる。もっとも、こんなことを書いている私がまさにそれに当てはまるので、同じ狢であるのはご愛敬。要するに、恋愛のマニュアル化が蔓延しているというわけだ。


 確かに、昔から恋愛マニュアルなるものは存在していた。かつてはこうした情報の大部分が活字を中心にした媒体からしか発信されなかったため、雑誌や書籍が同じようなパターンでそれを繰り返し取り扱っていたものである。今のネット上の記事と異なるのかと聞かれれば、実のところ書いてあることにそれほど違いがあるわけではあるまい。もちろん時代の違いに応じて細部に変化はあるだろうが、あくまで社会体制や人間そのものが大きく変化でもしない限りにおいて恋愛模様が劇的に変わることはない。

 ただ、あくまで個人的な感想ではあるが書籍時代のそれの方がまだ大きな神通力を持っていたようには感じている。パターン化された指南書に過ぎないので、正直言えば今も昔も大して役に立つものではない。二人の関係も社会も状況も千差万別であり、そこから絶対成功するエキスなど抽出できるはずもないし、加えて言うならば断片的な何かを獲得しても連続的な場面でどれだけ活用できるかは別物であろう。


 結局のところ、恋愛という状況に応じての判断が常に必要なシチュエーションに際して、それを断片的に切り取った情報などほんのごく一部をパッチワークするに過ぎない。よって、ある程度の恋愛スキルを有している人にとって、自らのほころびを発見する上では多少の利用価値があるかも知れないが、スキルを開発上達させるには不十分としか言えない。

 現在のネット上にあふれる恋愛情報の断片は、確かに雑誌書籍の時代よりは多くのバリエーションと細部に手の届くような稀少性を有するかも知れないが、希少性故に話題としての面白さはあっても実戦で役立つ可能性は益々低くなる。どちらかと言えば、会話上のネタとして利用できるといった方がよいかもしれない。ネタとして使えれば男女間において利用できる要素とも言えるが、それを利用できる人にはそもそも必要性は高くない。

 それでも、こうした情報に一縷の望みをかける人はいるだろうし、その気持ちを笑い飛ばすことなどできはしないが、内容が多彩になればなるほど説得力が弱くなる。 元々、恋愛の指南書などは信じることが全てと言ってよい内容のものが多く、頑張ろうという勇気を(あるいは逃げ道を)与える程度の役割を果たすのがせいぜいだった。ところが、会話上のネタとしてしか用いられないというレベルにまで格下げされてしまえば、もはや神通力も掻き消されてしまう。


 恋愛とは人と人の感情のぶつかり合いなので、そこに決まった方程式は存在しない。パッチワークのような部分的な対処法はあるものの、あくまでそれはつなぎのもの。それでも一通り筋の通った恋愛指南があれば、それは中身ではなく心を後押しする意味で役にも立ったであろう。

 ところが、情報化により痒いところまで行き届く細かな情報が届けられるようになり、結果的には恋愛体系というか俯瞰的なものが弱まってしまった。そもそも個別の情報など大して役立つものなどではないのだから。

 これも時代の流れと言えばそれまでかも知れないが、この時代恋愛指南が恋愛ネタの提供程度しかないとすれば、少々寂しい感じもする。


「もっともそれが婚姻の減少の引き金などではあり得ない。」

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