第40話 恥じらい



 乙女の恥じらいは、男性陣の妄想をかき立てる出来事ではあるが、恥じらいは単純に恥を感じることは少し異なる。

 恥じらいは確かに恥ずかしがることではあるが、大いに恥を感じることではない。男性のそれは単なる自意識過剰に近いが、若い女性のそれは社会的に容認されやすい。恥じらいを失った女性は「おばさん」化すると言われるが、それは恥じらいが「色気」として感じ取られていることによるのであろう。恥じらいは自らの趣向や欲望を隠そうとするからこそ生まれる存在である。


 さて、恥じらいとは意図的に行われるものなのであろうかと問われれば、わざとらしいそれは多くの場合には見透かされる。フリをしたとしても普段の行動の至る所に真実性が現れるものである。逆に言えば、それを隠し通せるほどまでに昇華すれば、一種生活の一部となり得る。だが、多くの男性は若い女性の恥じらいを「色気」と感じているため、ぎこちないそれであっても好意的に捉えて許容しがちである。

 恥じらいは突発的な行動ではあるが偶発的ではない。行動自体は一種パターン化されており、場合によればその行動が相手に与える心理的影響が考慮されている。


 そもそも恥じらいとは秘密(例えば、自らの欲望や感情)が予想外に露呈したときに、それを取り繕うため意識的あるいは無意識に取られる行為である。意識して行っているとすれば実質的に甘えに近い。単なるミスなどによる失敗を恥じる感情表現ではなく、慣れれば恥とも思わない内容に対してであっても恥じる姿勢を見せる物である。だから、意図的に為される行動であるとすれば媚びや駆け引きとも近い。

 多くの場合、秘密であることを行った結果として表れたものではなく、秘密から想像されることをもって表現される。

 恥じらいは自らの秘密の露呈を取り繕うことにより、相手に弱みを見せる行為である。その表現を受けた側は、弱みのある存在を庇護する側に立つかどうかの決断を迫られる。恥じらいは庇護される存在であるというメッセージなのだ。


 多くの場合に若い女性の恥じらいがクローズアップされるのは、こうした関係が大きく作用するためであろう。特殊な事例とすれば、強い女性が弱い男性を庇護することもある。この時に男性側が恥じらいを見せるケースもあるだろうが、うそぶいて強がるケースなども考えられる。これは恥じらいとは別の感情表現ではあるが、実のところ結構近い。なぜならば強がると言うことは自らの弱点がそれであると宣言しているにも近いからである。媚びるという行為を抜けば恥じらいと似ていると言えなくもない。

 一種、双方が明言しない暗黙の従属関係と言ってもよい。庇護する側と庇護される側が、それをお互いに意識していながら明確にはしない。庇護する側は庇護するポジションに満足を覚え、庇護される側も同様である。それは駆け引きとして存在する場合もあるし、愛情として存在する場合もある。


 一方で、恥じらいを見せないとは自らが考える弱みを他人に晒すのを拒絶する状況でもある。それは社会における感情的な相依存関係を拒絶するという行為とも言える。庇護する側に回りたいという単なる強がりの場合もあれば、特定の相手に庇護されることが我慢ならないと言うこともある。

 また、恥じらいは多くの場合見せる相手を選ぶ。それこそが、恥じらいが意図的だという証拠にもなるであろう。

 恥じらいに近い状況は、男女関係だけでなく仕事関係においても形を変えて存在する。弱点を露骨でない形で相手に見せることで一定の助力を得るケースである。従属・依存関係を意図的かつ部分的に構成しようという方策になる。相手側には感情的満足感を、自分には実質的なメリットを、ということであろう。

これが男女観や家族観で双方とも感情的な満足が強く出るとすればそれは愛情であるとも言える。


 恥じらいがないとは、恥じらいを見せないのではなく、そもそも秘密(欲望など)を隠さないあるいは見つかっても意に介さないことである。恥じらいは自らの欲望や行為を隠そうとすることで弱点と宣言する行為に近い。だから、それを意に介さなければ何ら問題となることではないのだ。

 ただ、社会においてそれは必ずしも喜んで受け入れられるとは限らない。社会は、人々がお互いの弱みを相互補完することで成立している。その補完関係は一種慣習としてパターン化されがちである。


「恥を知らない社会は容認できないが、恥じらいを知らない社会は我慢できなくはない。ただ、つまらないかもしれない。」

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