第32話 形と記憶



 恋愛初期には、記念を重要視するのはどちらかと言えば女性の方だろうか。

 その記念は明確な日時と共に記憶されなければならない。できれば記念の何かがあった方が良い。

 この場合の記念とは、その出来事を固定化することに意味がある。

 固定化することにより、薄れる可能性のある記憶を閉じ込めようという努力と言っても良いだろう。

 形こそは得ないものの、記憶の固形化と考えられる。


 同じように、相手の気を惹くために贈り物をする。

 男性が送る場合もあれば、女性がする場合もある。

 これも、上記の記憶の固定化と似ている。モノに国を定着させようとしているのだ。

 これは人間の記憶方法とある程度一致している。


 人は、音(特に音楽)、香り、モノなどを通じて記憶を定着させる。

だ から、デートにムーディーな場所が用いられるのは、これら要素を少しでも多く刺激して相手に自分を記憶させるのである。もちろん自分もその力を借りて強く記憶する。

 こう考えると、相手の心に残るデートというものの傾向はある程度掴めるようにも思える。

 恋愛初期から中期には、このように相手の心や記憶に自分の存在を如何に強く印象づけるかが問題となりやすい。

 もちろん、一方的に惚れられている側からすればその必要は最初から無いのは言うまでもない。


 しかし、記念を繰り返すと今度は逆に記念の重みが生活を圧迫し始める。

 少しのそれは我慢できても、多くは我慢しきれない。どこかに臨界点がある。

 故に、多くの記念はいつまでも続けることはできない。

 多くのモノを送り続けられても飽きてしまうし、正直引き出物が押し入れの肥やしとなるように貯まっていくのみである。それを楽しめる期間には制限がある。


 そして、二人の仲が一定の年月を経れば今度はあまり形には拘らなくなってくる。

 どちらかと言えば形に残すことより記憶の積み重ねが求められる。この場合の記憶には、明確な日時やモノとの連携はそれほど重要ではない。それよりは、その記憶があると言うことが重要なのだ。

 形に残すというのは、結局のところ思い出そのものではなく、思い出を形に込めるすなわち断片的な思い出を重ねるイメージに近い。

 しかし、長い年月を経れば一緒に過ごした時間は断片的ではなく連続的である。

 すなわち、その連続した流れの中で何を一緒にしたかという記憶の方がずっと価値を持つのだろう。

 ものによるサポートもはあって良い。しかし、点をつないでもあまり意味がないのであろう。


 初期には、会うこと自体がイベントであり、その点を如何に大きなものにするかがウエイトを持つ。

 しかしつきあいが長くなれば、点の積み重ねは必要なくなる。

 いや、刺激としての点のイベントに意味がない訳じゃない。

 それでお、その点は二人の連続する線の上に存在するものなのだ。

 それだけ、結びつきが強いのだと考えても良い。


 若いカップルではその境地には容易に至らないであろうが、最後に重要なのはものではなく記憶なのだろう。


「思い出はプライスレス。」

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