第25話 男性の色気、女性の色気



 色気は考えるものではなく感じるものなのだが、ここでは敢えて色気について考えてみたい。

 色気と言えば、一般的に女性の色気について語られることが多い。

 男性の色気についても語られるのだが、女性の場合と比べるとおそらく限定されると思う。


 まず、色気とは何を示している言葉なのだろうか。

 英語で言えばsexyとなるが、直接的には性的な魅力のことを示す。

 言葉通りでいけば男女ともに同等ではあるが、女性に用いられるのが多いのは女性の方が性的な魅力をよく用いていることにあるのではないかと思う。


 ただ、性的魅力=直接的なセックスアピールとは限らない。

 肌を露出すればするほど色気が増すかというと、それを肯定的に捉える人は少ないと思う。

 間接的な魅力に引き寄せられることも多い。

 おそらく、そこには想像力が大きく関係している。

 悪い言い方をすれば妄想でもある。

 想像力をかき立てられる存在が、色気があると言えるのであろう。

 もちろん、その際の想像力は性的な方面であることは言うまでもない。


 だから、美しい立ち振る舞いにも色気を感じることが出来るし、男らしい肉体美に色気を感じる人もいる。

 仮に、想像力によって色気が認知されるとすれば、本当は個人個人色気を感じる対象は異なる。

 よって、色気があると言われる人はより多くの想像力をかき立てる存在なのだ。

 もちろん、想像する内容は人によって千差万別であろう。


 また、色気を感じるポイントは知識や知性によっても異なる。

 優雅な振る舞いは、特定の知識を有した者に対しては大きな色気となって感じられるが、別の社会通念に生きる人にとっては何の効果も及ぼさない。

 だとすれば、男性と女性の間にある社会通念の違いが、色気の男女差に影響を与えているのではないだろうか。


 男性は外で働き稼ぎを得る。女性は家庭を守り子供を育てる。

 ステレオタイプではあるがこのような構図を考えてみる。

 男性が働く姿に色気があるとすれば、普段家にいる女性はそれを見る時が非常に限定される。

 一方、働いた男性が家に帰り女性に会えば、そこには生活の中の色気を感じさせる女性が存在する。


 今の時代では、働く女性も多く上記のようなパターンが趨勢を占めているわけではない。

 それ故、男性の色気と女性の色気は双方とも現れる。

 いや、逆に女性が男性の色気を感じる機会が非常に増えているのかもしれない(同時に幻滅もあろう)。

 あとは、それを表だって明らかにすることが少ないだけなのかもしれない。


 ひょっとすれば、昔から女性側から見た男性の色気を表現する機会が少なかっただけかもしれないが、このあたりは自信がない。


 ただ、色気はそれを受け取る側の想像力をかき立てることによって発生する。

 自分自身がどれだけ努力しても、見てくる相手がいなければ色気は発生することが出来ないのだ。


「人を惹きつけたい。それは人類の逃れがたい願望であるがため、人には色気が備わっている。」

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