木曜日
Dは約束通りに学校へと来た。
しかし、その大きな目は瞼が重くなって垂れ下がったかのように細くなり、その下には隈ができている。明らかに体調がおかしい様子だった。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけだ……って言えたらいいが」
話しながら、周りに目を走らせる。挙動不審な感じだ。
「昨日の話ってのは、それに繋がるか?」
「ああ、でもここでは話せないな」
周りを見ると、今までの日常でずっと見てきた昼休みの喧騒がある。昨日のテレビの話をしている人。これからの予定を話す人。授業の合間を様々な言葉が飛び交い、俺たちの潜めた話をドーム状に包んでいる。
「じゃあ放課後な」
そう言うとDは前を向いた。話し終えてからも、やたらと周りを気にしていた。そしてそれ以降、途中で言葉を交わすことはなかった。
放課後になると、俺はDに連れられて校舎の裏に行く。
校舎の裏は小高い裏山に面した場所だ。外の運動部もおらず、ここに面した廊下もほとんど生徒の往来はない。故に告白場所には持ってこいだ。
しかし、今から俺が受けるのは、本当の意味での告白だ。甘いものなど微塵も感じさせない空気が、この辺りを包む。
「話っていうのは、あの都市伝説のことだ」
Dは周りを気にしながらそう切り出す。俺はごくりとつばを飲み、
「まさか本当に呪いがあったなんて言わないよな?」
そう言ってからかうように笑った。不安を取り払うように。
Dは一瞬真面目な顔をしたが、すぐに笑い返し「そんなわけないだろ」と言った。
「じゃあ昨日言っていたやつらってのは何だ?」
「ああ、あれか。あれは気にするな。ただ驚かそうと思っただけだ」
あんな表情をされたら、その言葉を真に受けることはできない。何かがあったことは確かだ。
ただ、俺は何も見ていない。だから彼の言うことを否定することはできず、話を聞くしかなかった。
「話したいことは、あの噂の出処についてなんだ。あれを初めてこの学校に流したのは、俺かもしれない」
「そうなのか?」
「N高校にいる中学時代の先輩が、俺にそのことを一ヶ月くらい前に話してきたんだ。これは話のネタができたぞと、古賀を始めいろんな奴に話した。だけど二週間前に、その先輩が死んでしまった」
「もしかして、あの自殺したっていう?」
Dはゆっくりと頷く。そうか。昨日古賀が話した自殺をした人は、Dの先輩だったのだ。
「野球部の先輩でさ。特に仲が良かった先輩だ。右肘の怪我のことも心配してくれたし、気を使うでもなく話せるいい人だったんだ」
そこで、二週間前にDが法事で休んだことを思い出す。あれは、その人の葬式だったのか。それから元気のなかったDの様子が、眼前に映るようにフラッシュバックする。
「そうだったのか」
遺体の口に大量の血があったことを聞こうとしたが、酷だと思い聞けなかった。
「もしかしてその先輩も、あの石に触ったとか?」
「まあそういうことだ。もちろん自殺とは関係ないとは思うけど、俺が言いたいことは、その、なんだ。やっぱり変なことはするべきじゃないってことだ」
落胆、という文字が浮かびそうな顔だった。眉をひそめ、地面をじっと見つめていた。その様子から、心底後悔しているように見えた。
もし後悔があるとすれば、それは今現在、何かしらの不幸が襲っているということではないのか?
「お前、本当に何もないのか」
「ああ、ない。ないよ」
嘘つけ。何もないのだとしたら、その狼狽した表情は何だ。
「ただ……なんていうか」
問い詰めようとしたが、Dはさらに言葉を重ねる。
「自分が自分でなくなるような……そんな感じがするんだ」
そこで声をあげようとしていた心が一気に転換した。身体は止まり、ただDの顔を見ていた。
「ああ、いや、気がするだけだ」
「最近のお前は、何かが変だ。もちろん呪いのせいだとは言わないが、とりあえずは落ち着こう。両親にも話はしたか?」
「こんなこと話せるわけがない」
明らかに動揺している。
「両親は旅行だろ? 大丈夫か」
「当たり前だ。わざわざ旅行をキャンセルしてもらう必要はない。それに両親は俺が早く産まれたもんだから、旅行らしいことを今までしてこなかったらしい。だからこんなことで潰しちゃあ悪いよ」
俺はなんとも言えなかった。病気なら何とでも言えるが、あまりにも不確定要素の大きいものだ。それで両親に、息子のために残れだなんて言えない。
「じゃあな。俺はもうそろそろ行くよ」
「何かあったら連絡してこいよ」
Dは去り際に手を振った。
もしかしたら呪いはあるのではないか。実感はしていないが、自分の心は、そちらの方に傾いているのかもしれない。あんなに信じていなかったのに、今となってはDの様子や言動から、得体の知れない何かが浮き彫りになっている気がする。
正体がわからないというのは、実にもどかしい。
そういえば、今の話を聞いて気づいたことがある。Dは近しい人が亡くなった。そしてそれには、あの噂話の石に触ったことで起こったことかもしれないのだ。彼は口では否定していたが、わざわざ話すということは、多少なりとも可能性を感じているのだろう。
それなのに、その先輩が死んだ原因と考えられる噂話を俺にしてきた。ギラギラとした目で、楽しそうに笑みを携えながら。
(自分が自分でなくなるような……そんな感じがするんだ)
右肘の件も相まって、その言葉が一番耳に残っていた。脳内の中で、何度も反芻するように響いていた。
◇
この町の図書館は二つあるが、近いのは町の隅にある小さいものだ。そこへは学校の坂を下り、最初の十字路を左に曲がれば着く。閉館時間は七時。それまでは居座ってやろうと、途中コンビニに寄っておにぎりを一つ買い頬張った。
図書館は町の隅にあるため、民家や街灯もこの辺りで途切れており、このまま道を行けば町外れに行く。そんな賑わいのない場所だが、学生の自転車で駐輪場はいっぱいだ。
中に入ると右手にカウンターがあり、その向こう側にパソコンがあった。
さて、どうしようか。
調べたいことはこの町の歴史、そしてDの先輩の事件のことだ。まずは歴史を調べてみる。本棚の側面についたジャンルを見て、郷土資料の欄を見つける。
該当するものは三冊ほどだ。江戸時代に廃藩置県があった頃にこの町が誕生したらしく、そこから大正時代まで記したものが続いている。
しかし、肝心の昭和初期頃のものがない。よく見ると、隣の本との間に隙間があった。どうやら四冊目は貸し出し中のようだ。
歴史の方は仕方なく断念して、今度は自殺について調べてみる。
カウンターに行き、二週間ほど前の新聞を持ってきてもらってそれを見た。日付はある程度絞れているが、地元紙や全国紙が混ざっているため探すのは苦労した。
そしてある記事を見つける。この町で起きた事件のことだ。
町内に住む少年十八歳が自殺をしたという件だ。さすがに口に血があるなどの記述はないが、この記事で間違いないだろう。
しかし内容については、小さくしか扱っていない。情報は、古賀のもの以上に得るものはなかった。
ただ記事の最後に、気になる記述があった。
「前に起こった二つの自殺と現場は酷似しており、警察では引き続き調査を進める方針を採る」
二つの自殺の現場と酷似? おそらく自殺した場所である風呂場やリストカットのことを言っているわけではないだろう。それだったらわざわざこんなことは書かず、事件だけを似ていると言えばいい。そうなると、こう考えることができる。
遺体の状態が、同じだということ。傷がある手首の血が舐められ、口の中にそれがあるという。
その答えに確信はないが、この前の事件というものが気になる。もしこんな不可思議な現象があるのなら、ネットで話題になっているだろうか。
携帯よりはパソコンの方が調べやすい。家には親のパソコンしかないため、ここで調べた方が楽だろう。必要ならコピーもできる。
さっそくカウンター横のパソコンへ向かい、それを立ち上げた。あまり慣れているとも言えない手つきでネットを検索する。
「〇〇市 自殺」
すると、ある記事が一番上に出てきた。「〇〇市界隈で発生している不審死」という記事だ。個人が書いたブログの記事らしい。
いくつかのカテゴリーがあり、その中で例の都市伝説の件を調べてみる。そして記事にたどり着く。
記事の始めには概要があった。その中で三人の被害者が出てくる。名前は伏せられており、事件が起きた日が早い順にそれぞれA、B、Cとアルファベットが割り振られている。
まずはこの町にある建設会社の従業員A。次はここから町外れを行ってすぐにある、隣町の高校の生徒B。そして、この町の高校の生徒C。
調べていくうちに、この三人には繋がりがあったことがわかる。まずBは、Aの知人の息子だったようだ。そしてCは、Bと友人だった。CはB、BはAと、直前の被害者と顔を見知った仲だったようだ。
この時点で嫌な予感がするのだが、それぞれの事件の内容を見ると、さらにそれが色濃くなる。
Aはあの祠の取り潰しの計画に入っていた人物のようだった。その計画の最中、祠をクレーンで破壊したときに現場監督が心臓発作で死に、作業員も次々と事故に遭うなどの被害があった。そのような被害があったため、工事は凍結される。
祠は、土台の石部分だけが残る形となった。古賀から聞いた通りのことが、このネットの記事にも載っている。
事件は、その数週間後に起きる。
ある朝、Aの妻が起きると、風呂場の方から水の音が聞こえてきた。それを見に行くと、そこには手首をカミソリで切り絶命したAの姿が発見される。そして遺体の口の中には、血が大量に含まれていたらしい。手首の出血部分から腕にかけて血が薄く広がっており、そこには舐められた形跡があったという。
Dの先輩の事件と驚くほど詳細が一致している。続くB、Cのいずれも事件の内容が酷似している。この奇妙な関連性が、底冷えするような恐怖を引き起こす。
死因や現場の状況はほぼ同一と言っていいが、それぞれ自殺に行き着く過程は違っていた。その中で最も異質だと感じ、思わず顔をしかめてしまったのはBの事件である。
Bは足を骨折しており、しばらくの間入院していた。何日か経ち、退院して自宅に帰られるまでに回復し、実家で松葉杖を使いながら暮らし始める。その数日後に、事件が起こった。
Bの母親が仕事から帰ってくると、一階にあるBの部屋の扉が開いていたらしい。その部屋に入ると、松葉杖は置いてあるがBの姿が見えない。それが無ければ歩けないため、母親は不思議に思い家を探した。目処のつく所を探したが見つからず、風呂場へと行く。すると、風呂場に行く廊下の途中にあるものを発見する。
それは血だった。フローリングの廊下に薄く広がる血のシミが、誘うように風呂場まで繋がっていた。それをたどり風呂場に慌てて行くと、そこには手首を切って絶命したBの姿があった。発見された遺体は、血が溢れた風呂場の床に、土下座のような形で顔をうずめるように事切れていた。そしてその床には、舐められた跡があった。
他の二つとの相違点は、血が途中にあったことだ。そして手首が舐められていないこと。
Bの死因も他の二人と同じように失血死である。風呂場で手首を切ったのは変わりない。
それなら、廊下の血はなんだろうか? 記事の続きを読むと、その詳細の文があり疑問は解かれた。が、俺は思わず顔をしかめる。その答えに、少し吐き気がした。
廊下の血の正体は、骨が皮膚を突き破ってできた傷から出てきたものだった。
Bは松葉杖を使わず、風呂場へと歩いて行ったらしい。完全に繋ぎきれていない骨は、やがてその無理な負荷に耐え切れず折れる。折れた骨は鋭利に尖り、歩いている最中にずれて皮膚を貫通したのだろうと、解剖した医師は言う。
遺体が発見された当初、左ふくらはぎからは骨が貫通しており血が止めどなく溢れていた。死因は、この骨が突き出た部分からの失血が主であるようだ。Bだけは、こちらの失血のせいで死亡したのだ。
想像するだけでも恐ろしい現場だ。
この異様な現象を、全ての事件を総括してブログの管理人は以下のようにまとめている。オカルトじみた話もあるため、話半分で見る。
「この不可思議な三つの事件は、おそらく幽霊の呪いの仕業だと思われる。その幽霊とは、Aさんが携わっていた工事が行われた祠にいる霊だろう。かつてここは防空壕で、空襲により数名が中に閉じ込められた。そしてその中で、ある人物が防空壕の中の人間を次々と刃物で殺害したという事件が起こった。おそらく動機は食料の奪い合いだろうと予測する。しかしこの人物も、結果的には餓死をした状態で発見をされた」
これは初耳だった。古賀からは全員が餓死をしたと聞かされていたが、こんなことがあったとは。
管理人は、この過去の資料がさらに詳しく解明され次第更新していく、と付け加えてから記事を続けた。
「おそらくは殺された霊、もしくは殺人者の霊がAさんにとり憑いたのだろう(Aさんは祠を取り除くためのクレーンに乗っていた)。現場監督や周りの作業員にも不幸が伝播したのは、それが切っ掛けで殺された霊が目覚めてしまったからである。さて、ここで一つの疑問が生じる。どうしてその場にいなかったBさんとCさんがその呪いの被害に遭ったのだろうか」
この人の中では、三人は同じ呪いで殺されたという前提となっているらしい。それを念頭に置いて続きを見る。
「それは、各々に繋がりがあるために生じた悲劇だったのだ。直前の被害者と知り合いだったため、亡くなる前にそこから噂を聞いたのだろう。そして噂話を試そうと、後述の二人は祠の石に触れてしまったのだ。そしてあの事件に至った、と私は考える。あの幽霊はあの地に縛られている霊で、相手からの接触がない限りは憑依できないのだ。Aさんが亡くなった後、幽霊は憑代をなくして祠の石に戻る。そこに最初に触れたのがB、そして彼が亡くなった後に最初に触れたのがC。このようにして祠の霊は、後の被害者たちにとり憑いたのだろう」
そこからは憑依霊の解説が入った。やれ人から人へは憑依できないとか、やれ何か切っ掛けがないと取り憑けないなど、合っているかわからない論理が展開された。
「後の二人は不幸にも、当事者でもないのに亡くなった。皆様も興味本位で心霊スポットには行かないように。この一連の事件を他山の石とし、こういった行為が大変危険なものだということを知っていただきたい」
注意喚起を最後に、記事は終了する。
もちろん全てを信じることはできない。しかしCという人物は、もしかしたらDの言っていた先輩なのではないかと想像する。この町で学生が自殺をしたという事件は、あの一件しか知らない。
一番堪えたのはBの事件だ。ネットの作り話だとしても、特にこの事件は胸にくるものがある。
惨い事件だ。骨が折れているのに、その痛みをないものとして風呂場まで這いずっていったらしい。サイトの管理人によると、憑依により痛覚を感じなくなったのだと結論づけている。俺は無意識に、自分の右肘を見る。
痛覚を感じなくなるなど、本当にあるのだろうか。だがどう考えても、折れた骨が飛び出しているにも関わらず風呂場まで行くのは普通ではない。痛みは尋常ではないはずだ。
こんな酸鼻な事件は、テレビでも新聞でも聞いたことがない。いや、そんなところでこのような生々しい事件描写は出せないだろう。おそらくはCと同様、自殺したとだけ報道されたのかもしれない。それならこの町のことでもない限り、聞き流している可能性がある。Aや工事現場の監督の場合も、見かけ自体は単なる事件だ。学生ではないためあまり大体的に報道はしないだろう。
時間は七時を回ろうとしていた。調べは充分に済ませたため、俺はさらに増長した不安を抱えて図書館を出た。辺りは闇に包まれているが、夜空の一部分を切り取ったように月が出ている。そのまま帰ろうとしたが、俺はそこで町外れの方を見る。
民家を軽々と超える高さの防風林に囲まれ、よりいっそう暗い影を落とす場所が、五十メートルほど先にある。あの祠の場所だ。
民家はそこを離れるように、自分がいる方に集合している。まるで異端者を輪に入らせないとでも言うように、鬱蒼とした木々の敷地が、町の端に追いやられている。
怖さは一入だったが、俺はそこへと向かった。好奇心とは言わないが、それと近い心情が恐怖心を抑えこみ、そこへと向かわせた。
中はうっすらとだが見える。町外れで民家がある場所までしか街灯がないため、月明かりだけが頼りだ。しかし木々が明かりを遮って中があまり見えない。背丈の高い雑草も所々に生えている。広さとしては、普通の民家がすっぽりと入る程度だろうか。
ふと、この正方形の敷地内の中から話し声が聞こえてきた。はっとして声の聞こえたほうを見ると、そこには闇夜に浮かぶ丸く白い玉のような物が見えた。
懐中電灯だ。そこから伸びる光は、持ち主であろう人間の手の動きに合わせて右往左往している。周りを見ると、二つの自転車が反対側の道の路肩に停められていた。
誰かがいる。まあ有名な心霊スポットだから仕方ない。俺はなるべく音を立てないように、自転車が置いてある場所とは違う、奥の方の田んぼに面した場所に自転車を停めて中の様子を見る。
途中に何本もの高い木があり視界を遮る。俺は中へと入っていく。道の脇からは雑草が伸び、身体に触れて少し音を立てゆらゆらと揺れる。奥に行くに従って、話し声が明瞭に聞こえてきた。
「なあ、これじゃね? 例の祠の石は」
声を頼りに歩くと、ようやく懐中電灯を持った人物を見つける。
顔はよく見えないが、月のうっすらとした明かりで制服が見え、同じ高校の生徒だと認識できた。一人が懐中を持ち、目の前の石に光源が降り注ぎ、舞台でスポットライトを浴びているかのように、はっきりとその歪な輪郭を捉えることができた。
高校生の脛ほどの高さしかなく、苔すら生えていないまっさらな灰色だった。その表面が月明かりに多少照らされて、かえって触れてはならない、禁忌の物体のような雰囲気を醸し出していた。
「じゃあ、行くぞ」
懐中電灯を持っていないひょろ長の男は、少しの躊躇いの後、その石に手を置いた。
あの記事を見た後だったため、その行為を見て心臓が跳ね上がりそうだった。馬鹿な真似はやめろと、知り合いなら止めていただろうか。だがやはり、信じていない心の方が勝っている。確かに記事はショッキングなものだったが、見知らぬ人間の楽しみを無理やり妨害するほどの動機付けにはならない。
手を置いて数秒ほど経った。俺の胸は少し鼓動が早くなっていく。もしあの記事が本当だとしたら、あいつはどうなるのだろう。
そんな心配をよそに、手をおいた男は溜め息をふっとついてからへらへらと笑った。
「ほら、どうよ。何もなかっただろう?」
「うーん。やっぱり都市伝説だったな。今回のは信憑性があったんだけど」
「やっぱりただの噂だって」
何もないとわかった途端に、ひょろ長の男は意気揚々とそう言った。片方の男がぶつぶつと文句を言いながら、二人は自転車のある方へと向かっていった。
話し声が完全に聞こえなくなったのを見計らい、俺も祠の石のところへと向かった。
月明かりではよく見えないため、携帯のライト機能を使う。ライトがパッと点くと同時に、周りの景色が見えた。
石の周りだけ木が数本しか生えておらず、雑草も全く生えていなかった。ここだけが聖域とでもいうように綺麗な敷地内だった。上を見れば、木々の葉が形作るフレームが、星のある夜空を切り取っていた。
石に近づく。元々しっかりした土台だったものであろうそれは、風化されていったのか全体的に丸みを帯びたような形になっている。切り株のような形だ。枯れ葉などが落ちているだけで綺麗なままだ。
俺には霊感もないし、テレビで見るような恐怖体験は一度としてない。周りの雰囲気こそ恐ろしいものがあるが、何か不気味な気配がするといったものは全くない。あるのは、ただひっそりと静まり返った静寂と人工的な光のみである。
ただあの記事が言うには、誰かが死んだ直後に触ったため、後の二人も被害にあったということだ。その論調でいけば、今はその幽霊がここにいないということだ。
ともすれば、今幽霊がいるのはD。だから今、この石に触っても何もないということが考えられる。あくまで記事を信じれば、だ。
……本当にそんな呪いなどあるのだろうか。そのようなものが現実にあるなど、にわかには信じがたい。
それに俺は、何の被害もない。Dが見えるものを、あいつが「やつら」といった何かを、俺は見たことがない。
これが一番信じられないと思える要因だ。何も見ていないのであれば、幽霊の存在などいつでも否定できる。
それなのに、どうして俺の身体はこんなにも震えているのだろう。どうしてこうも養父が寒気となって背筋を走るのだろう。
信じていないはずなのに、何も禍々しいものなど見てないのに、なぜ。
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