朝日を見に行こうよ

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朝日を見に行こうよ


「そういえば、日の出って見たことない」


 7月の初め、いつもと同じ場所で綺麗な夕焼けを見ながら言った柚奈の一言が事の始まりだった。


「俺は家族で年末年始に旅行に行って旅先で初日の出見るけど。お前のとこは見ないの?」


 土手に寝転んだ智也が訊ねた。柚奈は制服を汚したくなくて立ったままだ。


「えー? お正月なんて大晦日に夜中まで起きてるからそんな早起きしたことない」


 柚奈も智也もまだ中1だ。席が隣同士だったのをきっかけに仲良くなり、いつの間にか付き合うような関係になったものの、一緒に夜を明かすなんて親が許すはずがない。


「……一緒に見ようよ。日の出」

「え?」

「こっそり家を抜け出してこいよ」


 智也の提案に柚奈は大きく首を振った。


「無理!無理無理! 玄関のドアの音とか鍵の音でバレるし!」

「じゃあ、窓から出てきたらいいじゃん」

「私の部屋、2階だよ!?」

「お前の部屋の下、1階に屋根があるじゃん。そこから、手すり使えば楽勝だよ」


 1階に屋根……そういえばあったかもしれない。柚奈自身はっきりと覚えてなかった。


「すごい。うちに遊びに来たことって数回なのによく覚えてるね」

「どうやって柚奈の部屋に忍び込もうか考えてたもん」

「え!?」


 智也の衝撃発言に柚奈は驚いた。


「もちろん勝手に入らないよ。でも、柚奈が呼んでくれたら、真夜中でも2時でも3時でも飛んで行く」

「智也……」


 自分の顔が赤いのは夕焼けのせいだ。柚奈は智也から顔をそらし、夕焼けを眺めた。


「……行く」

「あ?」

「智也と日の出見に行く!」


 智也がスマホで今の時期の日の出の時間を調べてくれた。午前4時半らしい。


「じゃあ、4時には柚奈の家の前で待ってるから!」

「智也はそんな時間に家出られるの?」

「うちは放任主義だから。柚奈に門限がなかったらずっと一緒にいられるのに」


 そう言って智也は柚奈の肩を抱き寄せた。柚奈はそれだけでドキドキするのを感じた。



「ただいま」


 おかえりなさい、という母の声は台所から聞こえた。柚奈は今の内に、普段は靴箱にしまう靴を持ってこっそりと2階の自室に上がった。

 目覚まし用の携帯アラームはバイブモードにしてベッドのサイドテーブルに置いた。これでも十分目が覚めるはずだ。着る服も用意する。動きやすくするため、Tシャツとジーンズだ。

 夕食はわざと少し残した。


「私、今日はちょっと気分が悪いからもう寝るね。朝まで起こさないで寝かせておいてね」

「あらまあ、大丈夫?」


 母親を心配させるのは申し訳なかったが、明日までのことだ。日の出を見たら、すぐに帰る予定だ。


「うん。熱はないみたいだから、よく寝たら治ると思う。おやすみなさい」


 3時にバイブの音で柚奈は目が覚めた。慌ててバイブを止めて静かに顔を洗って着替える。


「本当に降りられるかな……」


 窓の外は真っ暗で心配だったが、案外たやすく窓から降りることができた。登るのも簡単そうだ。

 家の外では智也がすでに来て待っていてくれていた。


「おはよ。真っ暗だね」

「そりゃ日の出前だから当たり前じゃん」

 手を繋いで歩き出す。こんな暗闇を智也と歩いたことはない。イケナイことをしているようでドキドキするが、そのドキドキ感が心地いい。


 いつもの土手に並んで寝そべった。Tシャツだから多少汚れても平気だと思った瞬間、智也が柚奈を組み敷き、キスをした。


「や……」

「柚奈はいや? 俺はずっとこうしたかった。もっともっと柚奈に近づきたかった」


 真上の智也の顔は真剣だった。


「いや……じゃないよ……」


 心臓が張り裂けそうになるほどドキドキと胸打つのを感じながら柚奈がそう答えると、智也は再び柚奈にキスをした。


「あ……っ」


 智也が柚奈のTシャツ越しの胸に触れた。驚いたが嫌だとは思わなかった。何かいつもとは違う今までに感じたことのないドキドキを感じた。


「急にごめん。日の出までこのまま抱きしめさせて欲しい」

「うん……」


 柚奈も智也の首に腕を回した。再びキスをする。


「あとどれくらいだろ」


 智也が体を立て直し、腕時計を見た。柚奈の胸のドキドキはまだ消えていない。


「あれ、4時半過ぎてる。そろそろ見えてきてもいいんだけどな。建物があるからもうちょっと後かな。なんとなく明るくなってる気もするし……」


 智也が体育座りで座ったので、柚奈もそれにならい、座って智也の肩にもたれた。


「あっ!」


 智也が突然大声を出した。


「どうしたの? 何?」

「ここ、いつも俺たちが夕焼けを見ている場所じゃん」

「え? それが何?」

「太陽は東から出て西に沈むだろうが!」

「あ……」


 反対側の空を見てみた。こちらは建物が多く立ち並ぶので太陽は見えないが、さらに明るくなってきているのは分かった。


「ごめん……。俺が馬鹿だった……」

「ううん。私も気付かなかったし。いつもここで夕日見てるから、太陽っていうとここのイメージがあって。それにこんな時間に智也と一緒にいることができて嬉しかったよ」


 智也がそっと柚奈に唇を重ねた。唇を重ねるだけのキスがなんだか楽しく、柚奈も自分の唇を智也に軽く重ね返した。


「次はちゃんと東側で日の出見えそうなところ探そうぜ。今日は見られなかったけど、明けない夜はない」

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