第五章 〈赤ずきん〉――または寄り道
ロビンは夕食を終えると、いつものように体を洗って、いつものように歯を磨き、何もかもがいつものようになるように行動した。いつものように行動するというのが、こんなにもどきどきする事だなんて思ってもみなかった。お母さんは何も疑問に思わなかったようだが、いつ自分が何か妙だと指摘されるのか心配でたまらなかった。
「お休みなさい」
「おやすみ」
お母さんからおやすみのキスをもらって、ぱたんと扉を閉める。お母さんが行ってしまうまで扉の前でじっとした後、急いで準備をしはじめた。
小さめのリュックサックの中にキャンディやグミなんかの細々したお菓子をたくさんと、隠してあったのを引っ張り出してきた水筒と、最後に小さなナイフを入れる。
――メガネケースも後で入れておかないと。
それから靴を窓辺に置いて裸足になったあと、そっとタンスを開き、ベッドの上に着替えを放り出す。赤いワンピースと白いエプロン、靴下を順に重ねたあと、ベッドの下から赤いコートを引きずり出した。
音を立てないようにパジャマを脱ぎ、急いで着替える。動きやすい服ではなくお気に入りの赤いワンピースを選んだのは、勇気を奮い立たせるためだった。
髪の毛だけは動きやすいように、いつもと同じく二つに分けた後に三つ編みにする。
最後に白いエプロンをつけて、三つ編みにした髪を整えてると、脱いだパジャマを丸めた毛布と一緒に布団の中に突っ込み、形を整えて人が寝ているようなふくらみを持たせた。
ロビンが辿り着いた結論は、自分の目で確かめるしかないということだった。
おばあちゃんのプレゼントを狼が持ってきたこと。
気絶した自分を――たぶんベッドまで運んでくれたこと。
町中に現れて、自分を迷子から助けてくれたこと。
森で起こっている狼の騒動。
おばあちゃんは狼とどんな関係があるのか、そもそも無事なのか、どうしても確かめたかったのだ。
赤いコートに袖を通すと、身が引き締まった気がした。ボタンを閉じて、フードをかぶる。鏡を見ると、見た事のない自分がいた。
黒ぶちの眼鏡だけは邪魔だったが、お守り代わりにかけていく事にした。いつ必要ないと判断してもいいように、ケースだけはリュックサックの中に入れておいた。
リュックサックを背負うと、ベッドのふくらみを潰さないように気を付けてから、窓辺にしゃがみこむ。窓を押し開けると、外からは冷たい空気が流れ込んできた。高揚して赤らんだ顔にはとても気持ち良い。靴を片手にそっと草の上に降りると、カーテンをしめて中からは見えないようにして、窓をしめた。靴を履いて、少し離れてじっと見つめる。
――いってきます
心の中だけで覚悟を決める言葉を言ってから、ロビンは走り出した。
木々の乱立する林の中に入る。
そこから奥へ奥へと向かっていくと、次第に木々の間が狭まって、森と呼ばれるようになる。家の裏から続く方はけものみちばかりで、立札も少なく、切り開かれた道はない。お母さんは迂回して整備された道を行きなさいとよく言っていたが、ロビンはこっちの方から行くのが好きだった。
けれども、そんな慣れ親しんだ道ですら奇妙にねじ曲がったように感じる。
森の中のすべてがそっくり変わってしまったようだ。今日はあの森番めいてロビンを見ていた狼の姿も見えず、おまけに他の生き物の気配すら感じない。
林の奥には、月の光すら注がれることのない暗闇が口を開けていた。ざぁざぁと風が木々を撫でていく。生き物の視線すら感じる事のない暗闇の入口へ、ロビンは走り抜けた。奈落の底に落ちそうなほどの暗闇を抜けると、そこはもう夜の森の中だった。
夜の森は、暗闇の向こうに存在していた。
魔法の世界とつながる時間帯は、昼間見る世界とまったく違っていた。
葉の全て抜け落ちた、不気味にねじくれた木々は、長い腕のような細い枝を振り上げて今にも襲い掛かってきそうだった。視線がどことも知れぬ場所から注がれ、振り向けば大きな蝙蝠がばたばたと眼のようなウロから飛び出していった。
太くねじくれた木の幹があちこちに生え、その巨大な幹の天井の葉がお互いにぶつかりあって屋根のように光を抑えている。木々の合間には所々に下から生えているというより天井から垂れさがったような幹があり、それが絡み付く細い蔓性の植物だと気が付くのにしばらくかかった。
月の光が入らない森の中には青や赤や緑の小さな光がふわふわと周囲を漂い、点滅を繰り返しては飛んでいった。虫の類でもなさそうなのに、光が浮いているのは不思議だった。そのうちの緑色の一つが、夜行性の蝶に近付いて触れると、蝶はすぐさまぱたぱたと光を伴って飛んでいった。
足元には大きなキノコが生えていて、どれもみな緑色の光を放っていた。胞子をふきあげたものからしぼんでいく。茂みの向こうでは、夜行性の影ウサギがこっちの様子を窺い、逃げるように跳ねて行った。その名の通り、影になって消えてしまったようだった。
ロビンは目を瞬いて、不思議で恐ろしい光景を眺めた。
暗闇の向こうにこんな世界があったのも驚いたが、夜の森がこんな風になっている事にも驚いていた。振り返ると、入口はもう無かった。
ロビンを迎え入れるだけ迎え入れて、あとは閉じられてしまったみたいだった。
「お、おばあちゃん……?」
小さな声で微かに呼んでみる。ここからではまだ遠くて絶対に届くはずないのは知っていたが、それでも言わずにはいられなかった。案の定答えは無い。
――やっぱり、行くしかないわ。
一度だけ目をぎゅっと瞑ると、ロビンは歩き出した。
道らしきものが奥に向かって続いている。けものみちにしては少し広いが、人が切り開いたにしては狭かった。
――いったい、ここはどこなの?
きらきらと光る蝶が目の前を飛んでいった。落ちてくる小さな光を手で受け取ってみたが、光はそのまま消えてしまった。
耳を澄ましてみると、どこかからざぁざぁと水の音が微かに聞こえてくる。
――川だ。
川なら、ロビンは知っていた。いつもおばあちゃんの家の近くに、小さな橋の架かった川が流れていたのを思い出す。その近くに行きさえすれば、おばあちゃんの家に辿り着けるのではないかと思ったのだ。
ロビンは耳をすましながら、水の流れる方向を探して歩いた。
――こっちの方だと思うんだけど……。
巨大な木の幹に手をかけて、きょろきょろと周囲を見回す。ぷしゅう、と足元で緑色の胞子が上がった。
「ひゃっ」
驚いて木から離れると、上の方からも視線を感じた。鳥でもいるのかと視線を上に向けて探してみたが、何もいない。
視線を落とすと、木の幹にいつの間にか穴が開いていて、そこからじっと目が自分を見つめていた。ロビンは今度こそ悲鳴をあげかけたが、すんでのところで口を両手でふさいだ。目だけは見開いたまま、そっと木の幹から離れる。
幹に開いた目はロビンを見ても興味が無いように、またただのウロに戻った。その代わりに、下手なバイオリンを弾いたような音が響き渡ると、欠伸をするように巨大なウロが現れたのだ。
――な、な、何?
ロビンは静かに巨木から離れ、後ろを振り返る事もなく走った。
――この森はどうしちゃったの? それともあたしがおかしいの?
巨大な木に目が出て来ることも、巨大なウロ――というより、巨大なウロのような口が現れることも、普通なら考えられないことだった。
月の光もないのに少しだけ明るい森の中も、その光源のようなきらきらと煌めく小さな光も、普通の森にはないものだ。
走りつかれたところで、今度は巨木がない事を確かめてから止まった。膝に手をついて、肩を上下させながら呼吸を整える。
はぁ、と息をついて前を向くと、今度は足にくすぐったさを感じた。
何かふわふわしたものが足にまとわりついている。
――え?
なんだろう、と下を向く前に、今度は高い声が聞こえた。
「やあ、人間だ、人間だ!」
声は下からで、足元にまとわりついていた何者かが発していた。
「きゃあ!」
ロビンはびっくりして声をあげ、たたらを踏んだ。それでも足を避けるように、足にまとわりついているものがちょろちょろと素早く移動していた。
「人間だ、人間だ!」
声は同じ言葉を繰り返した。
ロビンがようやく下を見ると、小太りで、深い緑色の肌をした、小さくてボサボサの髪をした何かがいた。腰に布を巻いている以外は裸で、目はぐりぐりと大きく、潰れたような顔をしている。人に似た形をしているが、どう見ても明らかに人ではない。
ぴょこぴょことロビンの足元を物珍しそうに回っている。
絵本で見たゴブリンにそっくりだった。
「あ、あの、あなた、もしかして、ゴブリン?」
自分でも抜けた質問だと思った。
「はー?」
返ってきたのは、もっと抜けたような返事だった。
ロビンは一瞬で緊張が吹っ飛んで、小さな人に似た深緑色の怪物に話しかけた。
「あの、あたし、ロビンっていうの」
しゃがみこんで、目線をできるだけ同じにする。果たして通じるのかはともかく、目ができたり口ができたりする巨木よりは話がわかるかもしれないと思ったからだ。
「ロビ」
「ロビじゃなくて、ロビン」
「ドジ」
ロビンは頬を掻いて、意思の疎通に失敗したことを認めた。
「おばあちゃんを探してるんだけど、知らない?」
気を取り直して、できるだけわかりやすいようにゆっくりと言ったが、深緑色の小さな怪物は――ロビンは仮の名前として、ゴブリンと呼ぶことにした――ロビンをじっと見つめた後に、不思議そうな表情をするだけだった。
「人間? おばあちゃん? それ食べ物?」
「ううん、食べ物じゃなくて、お父さんのお母さんっていうか」
「おとうさんのおかあさん?」
「うん、そう」
「おとうさんのおかあさん!」
不穏な気配に気が付いたときには、もう遅かった。
「ぷふー!」
ゴブリンは急に噴きだすと、唐突に笑い出した。
「おとうさんのおかあさん!」
その音そのものが気に入ったのか、ゴブリンは笑いながら繰り返す。
「おとうさんのおかあさん!」
――これは、無理かも。
溜息をついたロビンに、ゴブリンがもう一度近づいてくる。目を瞬かせ、今度はいったいどうしたのかと見ていると、急に顔に腕が伸ばされた。
途端に、ロビンの視界がぱっと開ける。
――あれ、見やすい。
耳の横から通じている軽い締め付けも無くなって、急に顔が楽になった――その理由が、ゴブリンの手に握られている黒ぶち眼鏡だと気付いたのは、一瞬後だった。
「えっ」
ゴブリンはもう既に手の中にある黒ぶち眼鏡を、指先でべたべた触りながらじっくりと見ていた。
「ちょ、ちょっと、かえして!」
ロビンが伸ばした手から、ゴブリンはちょろりと素早く飛び退いた。
ゴブリンが逃げた方へも手を伸ばしたが、またゴブリンはちょろりと素早く飛び退いたかと思うと、黒ぶち眼鏡を手にロビンの足元をぐるりと回った。
「きゃ!」
後ろを向いて足踏みするようにたたらを踏んだロビンは、勢いに負けて尻もちをついた。ゴブリンは離れたところから振り向くと、ニィーッと笑って逃げて行ってしまった。
「ま、まって!」
ようやく立ち上がって、ゴブリンを追いかけはじめる。
――森の中に、こんなに色々といたなんて!
夜の森が魔法の世界と通じているのは知っていたが、ロビンはほんの入口を見ただけに過ぎなかったらしい。そしてたぶん、あの生き物さえも。
ゴブリンの姿は小さくて素早く、どんどん森の奥に行ってしまう。
くすくす――
はははは――
森の中からは視線が突き刺さって、あちこちから笑い声が聞こえるようだった。ゴブリンにからかわれている自分を笑っているのかもしれなかった。
茂みの中に飛び込んだゴブリンを追って、同じように茂みをかき分けて中に入る。枝が顔やコートに引っ掛かったりしながらも、ようやくそこを抜けた時、ざぁざぁいっていた音が大きくなった事に気付いた。
目の前には川があった。
――おばあちゃんちの近くの川!
見覚えのある川に出た事に、ほっと安心する。肩の力が抜けたものの、それでもいつもとすっかり様変わりしていた。
川の上にも小さな光がちらちらと点いては消えてを繰り返し、月の光もないのに川は輝いている。川に架かっている、木製で出来た簡素な手すりつきの橋は、キラキラと光る石で均等に装飾されていた。
――どこに行ったんだろう……。
そろそろと川べりに近づきながら、辺りを見回す。
右側の下流には何もいない。上流の方をみても何もおらず、また前を向いた時、どん、と誰かの背にぶつかった。
「あらまぁ」
「ご、ごめんなさい!」
ロビンはあわてて謝ったが、今の今まで、この女性が存在したことなんて気が付かなかった。確かにこの川にやってきた時までは見えなかったのだ。
「遠慮しなくていいのよ」
女性はにこりと笑った。
薄い紗のかかったような衣服を着て、今にもその白い肌が透けてしまいそうだった。顔は整っていて、雑誌に出て来る女の子たちよりもずっと綺麗だった。髪の毛は長いにも関わらず纏まったストレートで、ロビンは顔を赤らめそうになる。
今まで綺麗な子というとエラしか知らなかったが、この女性はもっと、言ってしまえば人間離れした美しさがあった。
「見ない子ね。こんばんは」
無邪気で悪戯っぽい笑みすら見せながら、女性は言った。
「こ、こんばんは。あ、あの……あなた、森に住んでるの?」
「ええ、そうよ」
そう答えたものの、ロビンは少しだけ戸惑った。
この森におばあちゃん以外の人が住んでいるなどと、思いもよらなかったのだ。
「あの、あたし、おばあちゃんを探してるの」
「へえ、そう」
がんばってね、と言わんばかりの女性の声に、ロビンは余計にどうしていいものかわからなくなる。
「それと、なんだか小さいのに――ええと、信じてくれるかわからないのだけど――緑色の小さくて、くしゃっとした顔の何かに、眼鏡をとられてしまったの」
「無いと困るものなの?」
「そういうわけじゃないけど――でも」
「見えてるならいいじゃない」
もう少し、人と話しておけばよかったとロビンは思った。
どう説明していいのか、どこから話せばいいのか、さっぱりわからないのだ。それに加えて、この女性が特に重大とも思っていないことも不思議だった。
そもそも、こんな時間の森に自分のようなものがいたら不審に思うんじゃないだろうか?
「あなた、わからないの?」
女性はふっとロビンに顔を近付けてきた。
「えっと……なにを?」
顔を背けたいのを我慢して、顔を見つめ返す。
少しだけいい匂いがした。
「あなたがここにいる理由」
「理由?」
ロビンが目を瞬かせると、女性は反対に溜息をついた。
「ばかみたいにおうむ返しするんじゃないわ」
「ご、ごめんなさい」
「わかればよろしい」
突然ばかと言われてしまったので、ロビンはあっけにとらえてしまった。思わず謝りはしたけれど、女性のあまりに自分のペースを崩さない様は、どこか人間離れして見える。
「でも、私がここにいる理由って?」
「そうね。あなたが寄り道しているのはね、寄り道させてって言ったからなのよ」
「寄り道って、だれが?」
「あなたを守りたがってるひと」
「それって、だれ?」
「マチルダが。あなたの、ええと、オバアチャン?」
「おばあちゃんが?」
ロビンは驚きすぎて、今にも引っ繰り返ってしまいそうだった。
こんなところでおばあちゃんの話を聞くとは思わなかったし、おばあちゃんを名前で呼ぶ人を見るのも初めてだった。
「そんなに驚くこと?」
女性はロビンが驚いた事に小首を傾げていた。
「だって、おばあちゃんの事知ってるの? どこにいるの?」
「ここにはいないわ」
「え、い、いないの?」
「だって、ここにいるのはあたしとあなたでしょう」
女性の物言いに、ロビンはようやく気が付いた。
ここというのは今この場の川の事で、森のことではないらしい。
「……さっきからこっち側とかこことか、意味がわからないわ」
「あたしにはわかってるからいいのよ」
女性は興味無さそうに言った。
「いじわる」
「別に意地悪じゃないわよ。あなたにわかって何かあるの?」
「ううん……」
ロビンはますますわけがわからなくなった。
女性が一人で納得していることを、どうしていいのかわからないのだ。
「でも、おばあちゃんは森に住んでるのよ!」
「ええ、そうね」
「そのおばあちゃんが、寄り道をさせたの……?」
「そうよ。何をこんがらがってるの?」
女性もわけがわからないといった顔をする。
「わからないのはあたしの方だわ。森はどうしちゃったの? なんだか変だし」
「森はいつだって変わらないわ」
「だって、木が動いたのよ! ゴブリンみたいなのもいるし」
「いつだってそうだったわ。あなたが見てないだけよ」
――見てないだけ。
ロビンはもう一度森を見回して、その意味を考える。
「それより、ねえ。あっちにお花畑があるのよ」
「えっ?」
女性はロビンの手を掴んで、”あっち”とやらを指さした。
びっくりするほど冷たく、でもそれは心地のいい冷たさだった。暑い夏の日に、冷たい水の中に手を突っ込んだような。
「だ、だめよ」
ロビンは首を振った。
「おばあちゃんのところに戻らないと」
「戻って、どうするの?」
女性は不思議そうな顔で聞く。
「どうって……」
「踊りでも踊るの?」
「……ねえ、もしかして、からかってる?」
「からかってはないわ。あなたの寄り道に協力しているだけよ」
「ど……どうして?」
「面白そうだったから」
ロビンは言葉を失ってしまった。
「おばあちゃんは無事なの?」
慌てて女性に詰め寄ったが、反応はあっけらかんとしたものだった。
「さあ。それはわからないわ」
「なんで!」
「あたしに怒らないでよ」
女性はケラケラと笑うように言った。
――おばあちゃんが大変かもしれないっていうのに!
こんな人に構うんじゃなかった、という後悔が、ロビンの中に沸き起こった。心の奥底から、泉が溢れてくる。
「本当に、あなたのいういつもの森に行きたいなら、あの子についていきなさいよ」
女性は不意に白く細い指先で、別の方向を指さした。
泣きそうになりながら、女性の指さした方を見ると、そこには銀色の毛が揺れていた。
「あなた……」
ぽかんとして、銀色の狼を見つめる。
その口からは緑色のものがじたばたしていて、それがゴブリンだと気付くのにしばらくかかった。
「あ、あの、やめてあげて」
銀色の狼はゴブリンをその場に落とすと、がさごそと鼻先でゴブリンを探る。ゴブリンはきゃあきゃあいっていたが、やがて狼が何かを咥えて頭をあげると、物凄い勢いで走って逃げていってしまった。
狼は咥えたものをぶら下げたまま、ロビンを見ていた。
なんだろう、と近寄って、きらりと光ったそれの正体に気付く。
「あたしのメガネ!」
叫ぶと、狼は少しだけ上を見上げた。ロビンが差し出した両手に落とす。
ロビンは受け取った眼鏡が壊れていないか確認してから、顔にかけた。
「見えるんなら、どうしてメガネなんてしてるの?」
純粋な疑問にかられたのか、女性が首を傾げる。
「目が悪くならないとか、なんとか……おじいちゃんの目の色とそっくりなんだって」
「そう」
女性は頷いたが、どうでもよさそうな色はあった。
「でも、あなたは赤い目の方が似合うわ」
ころころ笑いながら女性が言った。
思わず、恥かしくなって頬が赤くなる。
「……ありがとう……」
それ以上何を言っていいかわからず、ロビンはどぎまぎした。
「ほら、早く行ってしまいなさいな」
背中を押され、ロビンは狼の方へと近づいた。
「え、えっと、よろしくね」
ロビンは狼を見つめた。
狼の方はといえば、何を考えているのかわからない、そんな表情でロビンを見上げていた。敵意や害意がないことだけは、確かだ。
歩き出した狼のあとを追うように、ロビンは歩き出す。
少しだけ振り返って、ロビンは女性を見た。まだ、不思議に思っていることがあったのだ。
「あの、あたし、ロビンっていうの」
「知ってるわ」
「あなたは?」
「名前はないわよ。ただのウンディーネ」
水の精霊の名前を言った女性に、ロビンは目をぱちくりさせた。
「うそでしょう?」
「いいえ」
女性はにこりと笑った。
「ほんとよ」
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