台本 「説教刑事」

@macchamitumame

第1話 崖の上で説教

「あぶない! 崖から落ちるぞ!」

「あの人マジでぶっさす気か……」

「ツイッキーに投稿しなきゃ!」


 雨が降りそそぐ切り立った崖の上。いわゆる東尋坊。そこに立つ思いつめた雰囲気の若い男は、化粧がとけたゾンビのような中年女性の首へ、ナイフを突き立てる。それを刑事達、そして観光客の野次馬がざわめきながら見つめていた。


「助けてええええええあああああ」

「黙れ! お前のせいでユイは死んだ! 絶対に許さない! 刑事さんこれ以上近づくとこの女の命は……」

「止めろ! ユイたんはそんなことをしても喜ばない!!」


 腹が風船のように膨らんだ中年刑事・鈴木は両手を広げ、野次馬の若い美少女の目をカメラに見立てて一瞬カメラ目線で見つめた後。すぐに犯人へ振り返って裏声で叫ぶ。


「ユイたんは復讐なんか望んでない!」

「気持ち悪いあだ名をつけるな……そもそもオマエに何がわかる!」

「わかる……わかるよ! ユイたんの写真を見た! 美人だ! 美人は優しくて寛大だ! だからあなたが幸せになってくれることを望んでいるに決まっている!」

「た、たしかにそうだ! ユイは美人で性格もいい! でもユイが復讐を望んでなくても俺はこいつを殺さないと気が済まない! すまないんだ……」


 男は空を見上げて涙をぽろぽろこぼす。それを見た鈴木は両手を上げて男にゆっくりゆっくり近寄り、目があった瞬間に止まる。だるまさんが転んだ。


「君が復讐を遂げたらこの醜悪な生物は死ぬ! 人類にとって喜ばしい!」

「ま、待ってください! 焚きつけるようなことは…」

「黙れ! 空気も読めないおばさんブスは口を慎め! そのゴミ箱のような薄ぎたない日陰の口でしゃべるな! 男のモチベがただ下がりだ!」


 空気、の言葉に反応した中年女性刑事何かに気が付いたような顔でうなずいた。


「あ……はい」

「しゃべるなといったろ! 頭も悪いブスは殉職しろ!」


 またか……と苦笑いして黙る中年女性刑事。一方鈴木は下品な顔の下品な口の口角をくいっと上げ、両手を上げたままゆっくり犯人に近寄る。犯人、鈴木の怒号に後ずさり。それを見た鈴木は犯人の目を見て、優しい笑顔のつもりの小汚い媚びた笑みをもらす。


「さて。キミが恨むこの醜悪な妖怪だが! ブサイクでババアで性格も悪いなんて有害だ! 生まれてきてはいけなかった! 駆除してもほんとは構わない!」


 駆除。その言葉に先ほどから鈴木を睨んでいた同僚中年男性刑事は化学反応し、燃え盛る火のような怒号を発した。 


「殉職しろとか駆除とかさっきから口が過ぎるぞ! そもそもお前も人のこと言えないだろ! お前もブサイクで性格悪いしロリコンじゃないか! 駅前でで自分好みの少女に名刺を押し付けて話しかけまくって家までおっかけているだろ! 苦情がきたんだぞ!」

「ブサイクをブサイクという人がブサイクで! 性格が悪いと人を罵る人が性格が悪いんだ! それに! かわいいおにゃのこには名刺をおしつけたんじゃない! この名刺を貰わないと彼女達が不幸になるからもたせてやったんだ! 家までおくってやったんだ! 俺が好みなほどきゃわいいおにゃのこは、他のロリコンも目をつけるにきまってんだろ! 警戒を促したんだ!」

「ろ、ロリコンって認めた!」


 鈴木を批判した同僚の中年男性刑事、鈴木の言葉尻をとらえる。やべっ、とつぶやいた鈴木は子供帰りしたような甲高い声でたどたどしく反論した。


「ち、ちがう! 十五歳は女だもん! 昔ならこどもうんでるもん! 前田利家だって……」

「それは昔の話だ! 20代ならいいがお前は34! 15と付き合うなんて犯罪だ………後ろォ!」

「グボァ」

 

 同僚が後ろ! と叫ぶと同時に、鈴木が投げていた万年筆が犯人の手に命中した。震える犯人の手からはナイフがカランと落ち。すかさず鈴木は犯人にラグビータックル。一方同僚刑事達は女性を保護した。


「13時半! 犯人確保!」

「な、なんで止めたんだ……とめんなよおおおお」


 メタボな鈴木を背中に乗せた犯人、手首をつかまれてもバタフライして鼻声で叫ぶ。一方鈴木、恍惚の表情で舌なめずりしながら説教を始める。


「お父さんとお母さんは! お前がこんなことをするのはのぞんでないっ!」

「そんなんお前にわかるかよ!」

「わかる! 美人の婚約者がいる男は男の中の男だから両親も立派に決まってんだろ! 親に謝れ! 反省しろ!」

「……俺は虐待されてそだったんだが」


 鈴木、冷静に犯人へ手錠をはめつつも黙る。犯人、黙る。数秒後、同僚刑事達に引っ立てられていく犯人へ、鈴木は叫んだ。


「親を悪く言う人間はろくな奴がいない! 犯罪者だ! お前は塀の中で親を悪く言ったことを反省しろ! 親というものは…」

「……殺人未遂はいいのかよ…」


 ぼそっと突っ込んだ犯人に、鈴木は半狂乱になって叫んだ。


「いいのかと疑問に思うならするな! そもそもお前は身だしなみが犯人としての自覚が足りない! フード付きパーカーにサングラスなんて怪しい! 二時間ドラマの見すぎだ! 正しい犯人は…」

「鈴木! 置いてくぞ!」


 自分よりも階級が上の刑事にそういわれ。鈴木はしぶしぶパトカーに乗った。……いつか犯人を改心させてやる。彼はそうこころに決めて説教ノートに字を記した。


 おわり

  






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