第三話 出会いの魔法

 お言葉に甘え、お爺さんの車に乗り込み後部座席に座って早数分。車の中には昔のものと思われるJ-POPが流れていた。

 音楽があっても陽気な雰囲気にはならないし、なぜか助手席でなく私の隣に座っている境町は口を開いたりはしないから、また嫌な居心地が続いている。


 病院…と言ったってどこも痛いところは無いわけだし。もしも怪我していたら、境町がきっと貰っているお小遣いから怪我代を引いてもらおう。お爺さんは良い人だったし。

 私は外を見る。学校の時間だからか人はまばらだ。

 私はこんなに理解できない体験をしているのに、街はいつも通り。なんか心が追いつかないや。

 ーーてか、こいつと私同じクラスなんだよな。これから同じクラスで過ごすんだよな。…今のところ、嫌すぎて吐きそうなんだけど。


「冬真、一つ聞くが…四階から飛び降りたのはこの間のことと関係があるんじゃな?」


そんなことを考えつつリュックを抱えているとお爺さんが境町に尋ねた。


「…そうだけど…」

「じゃあ、彼女があの?」

「まぁ…うん」


 この間?彼女?何の話をしているんだろう。ー四階から飛び降りたことと関係あるのは私だし、私と関係あるこの間のこととは…?

 …あれしかない?


「高森さん、貴方はもしかして数週間前冬真に会っているんじゃないでしょうか?」

「…え!?はい、まあ…そうですね」

「そのとき冬真、魔法とかなんとか言っていませんでしたか?」

「お、おい!じいちゃん!?」


 境町は驚いたのか身を乗り出すが、おじいさんは話を止めなかった。


「冬真、もうこうなった以上隠せるわけがなかろう。高森さんも、冬真に色々聞きたいことがあるでしょう。この間のこととか、ついさっきのこととか」


 そうか、よくわからないけどおじいさんはこの間のこいつの中二病発言について何かを知っているのか。

 そりゃあ知ってるか。もし知らなければ、四階から飛び降りたと聞いてあんなに冷静ではいられないだろう。


「大丈夫、上手くいっておくから。冬真、高森さんに話してあげなさい」

「……わかったよ」


 境町は心底嫌だけど渋々仕方がない、といった表情で私の方を向いた。


「お前、この間の"眠らない奴"だよな。……魔法の」

「…魔法って何言ってるのかわかんないけど、確かに私はお前とこの間会ったな。やっぱりお前が犯人だったんだ」

「いや…俺じゃない。何の変哲もない中一の俺が全生徒と教師を眠らせることができると思うか?」

「…変哲があるから学校に忍びこんだんだろ」


 あの後杉谷先生から聞かされた話によると、あのとき眠っていたのは私のクラスだけでなく、全生徒に全教師だったらしい。つまり、起きていたのは私だけ。

 結構大事になったけど犯罪性はないという結果になり、そのことが保護者以外に知れ渡ることはなかった。

 私が睨みつけていると、そいつは深くため息をついてから再び私に向き合った。


「…今から話すこと、多分信じられないと思う。でもすべて本当だ。信じるも信じないもお前の勝手だけど、話す代わりに俺があそこにいたことをお前は誰にも言うな。それが交換条件だ。いいな?」


 ーー随分と高圧的で上から目線だ。率直に、うぜえ。

 でも私はこいつからしか真実を聞けないんだ。これからの中学生活をぶち壊すのはさすがにひどいだろう。


「そうだな。お前が本当のことを話すなら、口止めされてやってもいい」

「…わかった。じゃあ話すからな」


 境町冬真は一呼吸置いてから、淡々と語り始めた。


  ○


「ずっと昔、世界は"科学"じゃなくて"魔法"でできていた。人々は今の科学のように魔法で文明を発達させていったんだ。でも、結局は魔法の奪い合いや有能な魔法使いの人攫いなどが起きてきて、そしておよそ300年前、魔法大戦が起きた。

 第二次世界大戦くらいならわかるだろ?そんな風に沢山の人が犠牲になり、魔法は"便利なもの"から"兵器"に変わっていったんだ。

 そうして時は過ぎ、このまま魔法が使われ続けたら世界が滅亡すると悟ったとある魔法使いが全世界の魔法を封印したんだ、一つの杖に。

 そうして過去は書き換えられ、科学の世界になったわけだ。しかし魔法がなくなったわけじゃない。その杖は俺の家に300年もの間、封印され続けていたんだ」


 私が口を挟む暇もなく、境町の話は続いていく。まあ、今は何も突っ込まずに聞いておこう。


「だが、その杖の封印がついこの間、ちょうど封印した時から300年後に解かれた。

 理由はまだ分かっていないけど、杖に入っていた魔法は全世界に飛び散り、杖は魔法が五つの属性に分かれていたからか五つに分裂して何処かに消えたんだ。

 そのうちの一つが、これ」


 そいつがそう言って見せてきたのは、左手首につけていた青色の綺麗なブレスレット。男がつけてもまあおかしくないデザインだけど…これが魔法の杖だって?


「…これのどこが杖なんだよ」

「杖なんか持ち歩いてる中学生はほとんどいないだろ。だから、杖が現実に馴染みやすいブレスレットに形を変えているんだよ」

「……へぇ〜そう。続けて」


 現時点でこいつの嘘くさい話を信じられるわけがない。でも最後まで聞くだけ聞くか。

 わたしのことを嫌そうな目で見ながらも、そいつは話を続けた。


「散らばった魔法は再び封印しなければならない。具現化ーー魔法が形となり世界に害を及ぼすことが始まれば、世界は瞬く間に崩壊していくだろう。それを防ぐためにここに来たんだ」

「…なんでここ?世界を巡る旅に出ればいいじゃん」

「もちろんそれもする。だが、今この杖にはなんの魔法も入ってないし、さすがにそんな金出せるわけがないだろ。だから、魔法発祥の地であり魔法が集まっているここに来たんだよ。

 本来魔法は具現化しないと場所がわからないんだが、なんとか調べたんだ。で、具現化してすぐに封印するためにあの体育館に向かい、あそこにいた"睡眠欲魔法"が具現化した怪物を封印したんだ。

 あの学校にいたやつはその魔法で眠っていた。だから、俺が犯人なわけじゃない。考えろよ、会ったとき俺の服汚れてただろ」


 まあ…確かにな、と思いつつもなんだかおかしいと思っていた。

 確かにもしもこの話が嘘でないなら、ああなっていたのも理解はできる。だけど…なんだか変だ。どこかがおかしいぞ。

 ーーそうか、あれだ。


「まあそれが本当だとして。でも、おかしいよね?じゃあなんで私は学校入った時に寝なかったの?それに、私のデコに手をかざしたやつも、あれ何?」

「ああ…そうか、あれがあったか。…面倒だな」


 境町はため息をついてからまた話し出す。


「絶対とは言えないが、お前は特例なんだと思う。魔力が高いんだ。だから全体に向けて発せられた魔法にかからなかった。ーーかざしたやつは……はったりだ」

「…はったりぃ?」

「あれをする前"魔法"って言っちゃったし、これを魔法だと勝手に勘違いしてくれるようにと思って。隙がつければ逃げられる自信はあったから」

「はぁ…そうかよ」


 …とてもアホらしい手に引っかかってしまったというわけか。魔法だなんて信じてはいないけど、少しだけ頭をよぎってしまったんだ。


「で、魔力って…なに、私魔法使いでも何でもないんですけど」

「お前ちょっとは考えられないのかよ。現代には魔法がなくても、昔は存在したんだ。その頃から根本的なところは人間として変わってないんだから、みんな気づいてないだけで大なり小なり魔力を持ってるんだ」

「…霊感、みたいな?」

「霊感みたいな」


 他にも色々気になることはあった。

 この街が魔法発祥の地だとか、具現化だとか、根本的にどうやってその怪物を封印したのだとか。

 ーーそれよりも一番、この話自体を信用できるわけがないけど。


「…とりあえずは理解はした。お前の言うことがもし本当なら、辻褄は合っていると思う」

「だろ。だからーー」

「でも、信じろっていう方が無理だよね!?魔法だ?何馬鹿なこと言ってるの。そんなのあるわけないし、信じれるわけないし」

「…別に信じろとは言ってないけど」


 だんだんと大きめの病院に近づいていく。おじいさんは話に入ってこないけど、一体どう思っているんだろうか。

 境町は言い返すけど、それの抜け道はある。


「でも私、本当のことを言ったら口止めされるって言ったんだよね。私が信じられないことは必然的に本当のことじゃないってことじゃん。つまり、お前の話が本当だって証明してくれないと私は口止めされなくて良いってわけ」

「…お前、性格悪くね」

「考えなしに四階から飛び降りる誰かには敵わないけどね」

「ーーうざい」

「同感、私も全く同じだよ」


 そこで境町はおじいさんに目配せして、何かを確認した。嫌そうな顔をしながら何回も小さなため息をついた。


「…わかった。病院が終わったら見せてやるよ、魔法を。ただし、絶対に他人に言うなよ。言ったらお前を一生眠らせてやる」

「…の、望むところだ」


 ーーなんだ、もしかして本当に魔法が存在するのか?…いや、またはったりだろう。

 新品のワイシャツの袖からチラリと見えた青いブレスレットだけは、どうにも嘘には見えなかった。


  ○


「…で、準備は良いか?飛ぶぞ」

「どうぞ、さっさと飛びやがれ」


 私たちは病院での診察が終わり、人影のない奥まった公園にやってきた。学生は学校に行っている時間だからか、この辺りに来てから人は見かけていない。

 こんな薄暗いところに来たのにはもちろん訳がある。境町に魔法とやらを見せてもらうためだ。全体に魔法をかけるときは一人一人への魔力が薄くなってるとかで私はかからなかったようだが、私に向けてかけられる魔法にはちゃんとかかるらしい。

 ーーと言っても、睡眠欲魔法というものにかかったとしても私が「ただ寝ただけだ」と言い訳するからと、"飛行魔法"を使うとか。

 まあ、その判断は懸命だったな。言い逃れしようと思ってましたから。


「…はぁ。じゃあ、今からこれを杖に変える。お前、高所恐怖症じゃないよな?」

「もちろん。高いところは大好きだ」

「…ならいい。余所見するなよ」

「さすがに、クズじゃあるまいし」


 境町は予め大きく作られている滑り台に登り、左手首につけていたブレスレットをとった。

 わたしは後ろにいるから見えないけど、集中しているのがわかる。

 そいつは大きく深呼吸をした後、左手を前に出した。


「…スタート、ブルーワンド。リード、飛行魔法!」


 その言葉を発したとほぼ同時に左手に持っていたブレスレットを空高く投げた。

 その瞬間、視界が目を開けていられないくらい眩しい光に包まれた。腕で光を遮りながらなんとか目を開けると、境町が上に放り投げたブレスレットは光に包まれて細長い青い杖へと変化した。


「な…何これ、イリュージョン!?」

「違う…、これが魔法だ!」


 境町はその杖を右手で掴み取ると、その杖に跨りわたしもうながされて跨った。

 ふいに、足が浮いた。地面についていたはずの足がだんだん地面から遠のいていくのがわかった。

 ーーこれは、本当に……?


「……浮いてる!?うわっ、浮いてる、うわっ!」

「うるさいなお前、落ちるなよ」

「え、え…うわ、え」


 ーー本当に飛んでいた。

 みるみるうちに高度は増していって、数秒で街が見渡せるくらい上空に来てしまった。

 見渡す限りの街並みと青い空、白い雲。肌で感じる私を通り抜けていくような風は地面に立っている時にはあまり感じられないもので、やたらと雲が近くに見える。

 街を見下ろしてみると、見上げても先が見えなかったビルや電波塔がまるでおもちゃのブロックみたいに小さく見えた。人なんかまるで塵みたいで思わず笑ってしまうほど小さい。

 私の住んでいる街はこんなにも小さいものだったんだ。そう思ってしまうほどに、私は空高く飛んでいた。


 本当に飛んでいる。本当に飛んでいた。


 境町は顔を少しだけこっちに向けて話しかけてきた。私に状況を確認させる間もなく問いかけてくる。…どうしようもないな。


「…まさか、まだ信じないとか言わないよな?見ろよ、飛んでるだろ」

「あー…はい、これはもう信じるよ…。心の底から否定したいけど、夢でもないみたいだし」


 もちろん信じたくはないけど、これはもう…しょうがないか。世の中には多分私にも知らないことがあるのだろう。こうやって空を飛んでいるわけだし。

 ちょっと心臓がうるさい。こんな状況にワクワクしているのか、私は。

 境町は一通り飛び終わると人目を憚りつつまた同じところに着地した。


「魔法…ねぇ。なんか現実味のない話だなぁ…」

「まあ、それはそうだけどしょうがないだろ」


 こいつの話を信じるとして。

 約束通り私は他の人にこのことを話さなければそれ以上何も起こらない。…こんなに大層なことが起きているのに、大半の人は知らないで日々を過ごしているんだな。

 でもだからって私の生活が変わるわけじゃないのだろう。話を聞いたところで私にできることは別にないし、協力しようとも思っていない。

 たまたま秘密を知ってしまっただけの人ってわけだ。


「約束通り、絶対に話すなよ。わかったか?」

「わかってますー、さすがに約束破るほどクズじゃありませんから」



 別に仲良くもない、初めて話した境町冬真はどうやらガチの魔法使いだったようだ。言葉にすればするほど嘘くさい本当の話だ。嘘だと笑い飛ばせたらどんなに良かったことか。私は身をもって魔法を実感してしまったのだ。

 なんの変哲もないただの杖に乗って、空を悠々自適に飛び回る。まるでどこかでみた魔女っ子アニメみたいだな、と鼻で笑う。


 今日は初めてのことがありすぎた。

 変な時期の転校生、四階からの飛び降り、未来の久しぶりに見た泣き顔に、何よりこの魔法。

 睡眠欲魔法と飛行魔法ーー王道中の王道な魔法を体験してしまった私は一体どうなるんだろうか。これから普通に生活していけるのか?


「…じゃあもういいよな。明日から俺たちはもうただのクラスメイトってことで。それでよろしく」

「…ああ、それで、よろしく」


 若干上の空で返事をしながら、しっかりと地面を踏みつける足の裏に重みを感じた。

 …歩けるって素晴らしい。

 当たり前のことに感動しつつ、私は自宅の方向へトボトボと歩いて行った。




 一方その頃、授業を一通り終えた中学生たちは帰りの準備をしていた。

 岩崎未来は廊下を歩きながら不意に窓の方へ向き、外を眺め始めた。そして遥か彼方空の中に何やら物体が浮いているのが見える。

 別段視力がいいわけでない未来も、彼女のこととなれば本領発揮する。


「……あれ、もしかして、あれ…」


 彼女は驚異の視力の先に見えた彩葉を目を見開きながら見つめていた。

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