最終話 彼女が僕にこだわる理由
「ぎゃあああああああ!」
洋介は溜まらずその痛みに目を見開き、付近をのたうち回った。
「叫ぶな! 何の返事もしないアンタが悪いんでしょうが!」
その洋介の叫び声に教室の全員が注目――――したと思ったが、その視線は洋介よりも優香に向けられていた。
シン、と静寂が一瞬だけ支配する。
「お前――――この、本気でやるなよ! 脳みそ飛び出ると思ったろ!」
「んな事あるワケないでしょ。くだらない事抜かすんならもう一回やってやるわよ」
すぐに静寂は喧騒へと切り替わったが、周囲の視線のいくつかは優香へ向けられたままだった。洋介と話す優香に奇異なモノを見たかのような視線を向けている。
「つかアンタ朝ご飯ちゃんと食べてきたの? そのボケッとした面見てると、なんか今日一日全然集中できませーん、みたいな雰囲気抜群なんだけど?」
「お前……教室来て早々挨拶も無しにそんな事言いますか……」
「アンタ私の隣に座ってんのよ? そんな顔が隣じゃウザくてたまらないっての。シャキッとしなさいよシャキッと」
「別にシャキッとしてるだろ。文句言われる筋合いはねーな」
ドガッ
「ぎゃあああああああああああああ!」
「うん、まあコレでちょっとはマシになったかな」
「おまっ、お前ッ! そのチョップ痛いから繰り出すのやめろ! ホントに脳汁飛び出る!」
「それ、言葉の意味間違ってない?」
洋介はあえて言わなかった。
この優香がクラスにとっていつもの優香で無い事はわかっている。周囲の反応にも当然気づいており、これが“異常”なのであろう事は充分認識していた。
教室でこのように振る舞っている事を優香がどのように思っているのかは知らない。そこにどんな思いと覚悟があり何を望んで優香が行っているのかわからない。
だが、それは別に洋介が気にするような事では無いだろう。
洋介にとって蒼井優香とはこんな女子なのだから。
「ったくもー、朝から疲れる事させないでよね」
ドカリと自分の席に座り、鞄から教科書を出して机にしまう。洋介は頭をさすりながら「考えてた作戦オジャンになったな」と、さっきまでの自分を思い返していた。
優香とそんなやり取りをしていたら、いつの間にか登校のピークを向かえており教室に続々と生徒が入ってくる。
ちなみに、それら生徒の話題は絶賛優香についてだ。
「そうそう、今日の放課後開けといてよね。ちょっと付き合ってもらうから」
「え? まあ別にいいけど、何かあるのか?」
何の気無しに洋介は返事をして。
「何言ってんのよ。あんた私の生きる理由になるんでしょ? だったらその責任とってもらわないとね」
「な、何?」
その突然の台詞に洋介は驚き戸惑った。
「とぼけたって無駄よ。あの時のアンタが言った事は一字一句全部覚えてるんだから。約束違反しようってんなら、今すぐその顔血まみれにしてやるわ」
「い、いや違反しようとは思ってねぇけど…………つか、なんか物騒になってないお前?」
あの時の言葉に嘘など何処にもない。洋介は優香のためにできる事があるなら全力を尽くそうと決めている。
洋介は優香を救いたい、これからも救い続けたいと思っているが、あの言葉が優香からそのまま出てくるとは思わなかった。
かなり恥ずかしい言葉だし、それに――――その言葉をどう思っているのか。
「お前その……その事を……」
「何よ?」
モジモジしている洋介だが、なぜそうしているのかわからないのだろう。キョトンとした顔で優香は洋介を見ていた。
「……いや、何でも無い」
それが答えだなとばかりに、洋介は話題を引っ込める。
どうやら優香は特に何も思っていないようだ。そうでなければ、あんなとぼけ顔はしないだろう。告白の危機はどうやら回避できたようだ。
「もしかしてアレ告白だったの?」
「うぉィ!?」
回避できてなかった。つか、直撃だった。
「んなワケねーだろ! ちげーよバカ! お前を元気づけるために出た言葉だっての!」
「何ムキになってんのよ?」
安心した後にきたカウンターパンチだったので全力で反応してしまった。顔はなんとか赤くせずに済んだが耳は大丈夫だろうか。鏡が無いので確認できず少しだけ心配だった。
「そ、そんだけだ! それ以上の意味なんかねーからな!」
やめればいいのにと自分で思いながら、本心と真逆の言葉が優香に向けられる。
明らかに墓穴を掘っていたが止まらないもんは止まらない。否定しなければ心がでんぐり返るような恥辱感に襲われそうで、懸命に洋介は却下し続けた。
好きな女子に素直な気持ちを言える程、自分は心の強い男子ではないのだ。
「フッ…………ハハハ」
それをどう受け取ったのか、懸命に否定する洋介を見て優香は笑った。
「ありがとね…………今の私にしてくれて」
そして、優香はそのまま続ける。
「あの言葉に……私はきっと助けられたから」
その感謝の気持ちを。
恥ずかしかったのか。洋介へ純粋な感謝を告げる優香の顔はやや俯いていた。
「べ、別に気にしなくていいっての」
思わず声がドモる。
それは嬉しくてたまらない返事だった。洋介は何でも無いと答えるが、内心は喜びで満ちあふれており、感情が溢れないよう蓋をするのに精一杯になっていた。
故に、この第二のカウンターパンチは確実に洋介の顔を赤くした。すぐさまプイと優香から顔を反らし自分の好意を全力で隠す。
かなり不自然な行為だったが顔を見られるよりはマシだ。全力で顔を冷却するため不自然な深呼吸を繰り返す洋介を、その方向にいた生徒はギョッとした視線を向けていた。
「じゃ、そんなワケでこれからもよろしくね」
ニコリとしか顔を向けると、今教室にやってきた絵里子の元へと優香は向かう。元気に挨拶する優香を見て驚いていない所を見ると絵里子はどうやら今の優香について知っているようだった。
「まあ……頑張らないとな」
言ったからに責任はキチンと取らねばならない。生きる理由となるには優香にとっての春風と同等にならねばならないが、それはいくら考えててもしょうがない。
もう悲しむ優香を見るのはゴメンだ。
困難な道だがどうにかしてみせる。根拠は無いが、必ずやってみせると洋介のやる気は満ちていた。
「ねぇ“洋介”さ。放課後行く所について何だけど」
絵里子と何やら話していた優香に呼ばれ、洋介は席を立つ。
あまりに自然に呼ばれたため、下の名前を呼ばれた事に気づいたのは優香と絵里子の元へ辿り着いた時だった。
バッチリと赤い顔を見られたのは言うまでもない。
彼女が僕にこだわる理由 三浦サイラス @sairasu999
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