第31話 アイツと僕

「私は……三嶋君と…………」


 だがその甲斐あって、洋介は優香を“戻す”事ができた。

 自分がよく知る優香の姿を目の前に出す事に成功していた。


 「三嶋君となんだよ? ディープキスでもしたかったのか?」

 「あ、あんたねぇ!」


 優香は腕を振り上げ洋介をビンタしようとして――――その手を止めた。


 「ん? どうした? ビンタするならしろよ。そういった事をするような女子がオレの知る蒼井優香なんだからな」


 心底安心したような洋介の溜息を見て、優香から思わず毒気が抜けたのだ。

 さっきまでなら絶対に認識できない洋介の暖かみを優香は感じ取っていた。


 「似合わないんだよ。さっきのお前はさ」


 今の優香は冷静になっている。さっきは洋介の思いがけない行動で“素じゃない自分”が出てしまったが、もう心は静まりいつもの自分だ。

 そう、いつもの自分。物静かで出る言葉は何処かトゲがあり、そんな人を寄せ付けない雰囲気を持った自分に優香は戻っている。


 「オレが知ってる蒼井優香は、強気でツン要素が高くて意味不明な要求と共に放課後一緒に行動したがってわかりやすいくらい反応が顔に出る不器用なヤツで」


 そのはずなのに。


 「あんた……私にケンカ売ってんの?」


 戻れない。もう自分を偽る理由はないのに、偽ったままの自分を目の前の深谷洋介に晒してしまう。

 コレは春風に対する願掛けだったはずだ。その春風がいない今やる意味はない。


 「オレにとってのお前は“そんなヤツ”なんだよ。ついさっきまで見てたあんな根暗なヤツじゃない。もっと感情的で……その…………もっと魅力的なヤツだ」


 なのにまだ変わった自分を、偽ったままでいようとするのは。

 それをこうして目の前の男子に晒してしまうのは。


 「…………よく、そんな恥ずかしい台詞言えるわね」

 「ぬぐ……」


 変わりたいと――――――――今も思っているからなのだろうか。


 「……オレは三嶋の事を全然知らない。お前と竹下と三嶋が作り上げたこれまでの思い出なんか全くしらない。だから三嶋が死んだ事で悲しくなんてなれないし、お前の気持ちも全然わからん。最近転校してきた男子高校生は平凡で、知らない事を理解できる程慈悲深くも感受性も高くない」


 そうだ、思い出せ。

 変わろうと思った“きっかけ”はたしかにアレが原因だったが。

 変わりたいとはずっと前から思っていた事ではなかったか。

 弱い自分を脱し、何処か心配そうに見る三嶋春風を安心させたいといつも思っていたから。

 だから――――あんな“性格を変えたいなんて無茶”を実行できたのではないだろうか。


 「だから……そのだな……オレは今日からお前にとっての三嶋を過去にしてやろうと思う!」

 「……過去?」


 洋介は次に発しようとしている言葉を考えると、思わず目を逸らしそうになってしまうが、無理矢理すぐに優香へ向き直る。


 「お前が三嶋が死んだのを“認めて”死にたくなってるっていうなら、それを“どうでもよく”してやる! オレは絶対にお前を死なせない! 何が何でもお前を生きさせてやる!」


 洋介は優香の目の前に指差すと深呼吸して告げた。


 「オレを――――蒼井優香の生きる理由にしてやる!」


 洋介の目が泳ぐ。視点が定まらず、足や手が微妙にプルプル動いている。全身に緊張が走っているせいで身体の反応におかしな所が出ているようだった。


 「……………………」


 優香をそれを無言無表情で聞いていた。


 「だからその……今日の所は叫ぶだけで終わらせとけ…………ほんの少しは……支えが取れると思うし……」

 「……………………」

 「あ! 叫ぶのはここからだぞ! 先端まで行くなよ! オレが怖いから! さっき自殺しようとしてたヤツを崖先まで行かせる程、オレの心臓は図太くないんだからな!」

 「……………………」

 「…………えっと……うん、叫ぶのは死ぬよりずっとマシだし……かといって何もしないのも嫌だろうし……だからその……あー、何言ってんだろオレって感じだけど……」

 「……………………」

 「その……あの……気を悪くしてほしいワケじゃなくて……あ、アレだ……今、ちょっとオレの思考おかしいから変な事しか言えなくなってて……」

 「……………………」

 「…………うんと………………そんで……つまりは…………あれだ……その……」


 無表情で無言の優香を前に洋介は次々と意味の無い言葉と墓穴のような言葉を吐き出していく。火が出そうな宣言とあまりにも自分勝手な言い分に、額から流れ出る汗が止まらない。

 正直後悔はある。だが、深谷洋介に饒舌と交渉&説得というコマンドは無い。

 洋介は精一杯をやりきった。もしこれで優香に一切の変化が無いというのなら――――――うん、どうしよう。


 「…………わかった」


 アタフタしている洋介を尻目にボソリと優香は呟いた。


 「え?」


 直後、優香は勢いよくクルリと後ろを振り返り大声で叫んだ。


 「わあああああああああああああああああああああああああああ!」


 雄叫びのような優香が発声できる精一杯の大声。

 周囲の音全てを消し去るように優香の声は海と空の彼方へと放たれた。


 「あああああああああああああああああああああああああ! わああああああああああああああ! ああああああああああああああ! ああああああああああああああああ!」


 それを黙って洋介は見ている。

 優香の後ろ姿と共に、そのはき出される声をジッと眺めていた。


 「わああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああ! あああああああああああああ! あああああああ! あああああああああ! ああああああああああああああ!」


 そして一頻り叫びつくした後。


 「あああああ……ああああ…………ああああああああ…………」


 喉をからし、もうこれ以上大声は出せないというくらいになって。


 「…………この嘘つき。全然スッキリなんかしないじゃない……」


 振り返った優香の目には大粒の涙が溜まっていた。


 「何が叫べば支えが取れるよ…………もっと……支えが増えるっての……」


 そして、その溜まった涙が一つ頬を流れた時。


 「…………ううう……うう……うっうっうっ……三嶋君……」


 優香は泣いていた。


 「うっうっうっ……三嶋君……もう三嶋君がいないよ……三嶋君がいなくなっちゃったよ……あああああ……私の大事な……とても大事な人が……とっても……とっても大事な人が……もう……ずっと……」


 洋介はそれを見ると、そっと自分の胸の中に優香の顔を被せた。

 思い出せばこれは二回目だ。

 女子の泣き顔はやっぱり苦手だなと、洋介はほんの少し溜息をしてそれを実感した。


 「うっうっ……好きだったの……ずっと好きだったの……三嶋君の事が私は好きだったの……」

 「ああ」

 「勇気……持ちたかったな……度胸……欲しかったな……面と向かって……言いたかったな……」

 「……ああ」

 「告白……したかったなぁッ…………」

 「…………ああ」


 泣き続ける声は小さく嗚咽も酷くはなかったが、ずっと洋介は優香を片手で抱きしめたまま離さずにいた。

 落ちつくのはいつになるのだろうか。まあ、それがこのまま朝まで続くモノだったとしても、洋介は優香に付き合おうと決めているが。

 好きな女子を放っておける程、自分は冷たい男子ではないのだ。


 「ううう……うっうっうっ……」


 啜り泣く優香を慰めようと、洋介はその頭に手を置く。

 いつの間にか優香を掴む手は離していた。

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