第30話 アイツに具体的行動

「関係ないじゃない……私はあなたを理由にしてただけ……自分の目的のためだけに接して友達だなんて全く思ってない……何を言う時も行動する時も……それは全部三嶋君のため……」


 無慈悲で容赦の無い蹴りは続く。洋介が手を離せばすぐにでも止まるだろうが、離さなければ永遠に続く事だろう。

 男子と女子であっても、蹴ってる側と蹴られている側のどちらが先に力尽きるかなど一目瞭然だ。このままでは先に洋介が力尽きてしまう。


 「あなたに接したのは三嶋君のため以上でも以下でもない……もうあなたに用は無い……私にとってあなたは赤の他人……だからほっといて……さっさと死なせて」


 だが、力尽きるわけにはいかない。絶対にそうなるワケにはいかない。洋介が力尽きる事はそのまま優香の自殺に繋がってしまう。そうなれば一人残される絵里子に深い悲しみと後悔と絶望が残り、当然洋介も右に同じだ。そんな事許すワケにはいかない。

 なら、洋介の取るべき行動とは。


 蹴り続ける優香を止め、自殺する優香を説得し、この手を離しても大丈夫という保証を得るにはどうすればいいのか。

 ――――――後半二つは自信ないが、最初の一つだけならどうにかできる案が洋介にはある。

 それは洋介にとってこのまま蹴り続けられるよりも覚悟と根性のいる事だったが。

 まずは今の優香を止めない事に話は始まらない。


 「…………先に謝っとくな……蒼井」

 「謝らなくていい、さっさと離して。早く離して。この手をすぐ――――」


 と、そこで優香の言葉と蹴りが止まった。


 「――――――」

 「――――――ッ!?」


 脳内に高圧電流でも流れたのか、死んだ目をしていた優香の瞳に見る見る光が戻っていく。身体もダラリと弛緩している部分が多かったが、今は全身に緊張が走り硬直したように筋肉が張り詰めていた。

 そして、最後に優香の顔が見る見る赤くなっていく。

 何をされたのか、という実感が沸いたのは洋介がその行動をとって約二秒後の事だった。


 「う、うむぅッ!?」


 洋介は優香へキスをしていた。

 掴む手はそのままに。空いた手を優香の後ろ頭に回して、自分の唇へ押しつけるように深いキスをしたのだ。息ができる箇所は鼻のみで、優香と洋介の口は互いの唇で密着し空気の入る隙間など一切ない。優香が目を見開いても洋介は構わずキスを続け、むしろ押さえつける力をさらに込めた。


 「むむうっ!?」


 付近から聞こえる風や波の音を遮断し、荒い鼻息だけが二人の耳に届く。

 キスの時間はたっぷり十秒。その間、七秒から九秒の間は洋介が優香の口の中へと舌をねじ込んだディープキスだった。


 「「ぷはっ!」」


 優香と洋介は顔を真っ赤にし互いの顔を離した。だが、洋介は優香の腕を掴んでいるため二人の距離が離れる事はない。

 そのため、二人は羞恥している互いの顔を間近で見る事となった。


 「な、なななななななななななななななななななななななななななななななんて事してんのあんたッ!?」


 マグマのように顔をたぎらせ咆えるように優香は言った。


 「し、舌入れるとかどうかしてるんじゃないの!?」


 口元をすぐに押さえ、今のが事実であった事を実感する。キスを終えたばかりなのでまだ感触が残っているのだろう。赤い顔が一向に戻る様子は無く、信じられないモノを見るような目で洋介を見ていた。


 「お、お前がワケわかんない事言うから黙らせるためにやったんだ! ずっと蹴られるのも嫌だったし! も、文句あっか!」


 洋介も優香と似たようなモノで、自分の口を押さえて残ったキスの感触に顔を赤くしている。

 さっきまでの優香を止めるための行動だったとはいえ、少しやりすぎただろうか。あの優香を止めるには並のショックではダメだろうと思い――――最後の二秒はディープキスまでしてしまった。

 ちなみに、残念ながら洋介に後悔はない。


 「文句あるに決まってるでしょ! 私初めてだったのよ! ファーストキスよファーストキス! それを…………そ、そそそそそそそそれがし……し、し、し……舌入れたヤツとかメチャメチャメチャメチャメチャにショックだってのよ! 私の初めて返しなさいよバカァッ!」


 「う、うるせー! それもこれもお前がオレを蹴りまくるからいけねぇんだろうが! 意味わかんねー事言いまくってるし不気味なんだよ! そもそもお前が自殺しようとなんかしなきゃ何もなかったんだ! 言っとくけど、まだ自殺しようとするんならまたキスしてやるからな! 舌なんかもっと深いトコまでいれてやるかんな!」

 「さ、サイテーよアンタッ! 何バカな事言ってんのよッ!? そんなのレイプよレイプ! 私を犯そうとする獣の発言よッ! 次そんな事したら警察に駆け込んでやるんだから!」

 「だったら蹴りなんかしねぇでジッとしてろ! お前がバカな真似しなきゃオレだって何もしないんだからな!」

 「うるさい! あんたが私の唇奪ったのは変わらないんだから! なんであんたなのよ! 私は! 私は……私……は…………」


 コレが成功するかどうかなど洋介に解るはずはなかった。優香の絶望は深く、キスをする事によりさらに悪化する可能性はあった。

 しかし、洋介にはコレしかなかった。他の方法を考えるには時間がなかったし、うまく説得できる程饒舌でもなく、頼もしい援軍の登場も期待できない。


 ただの平凡な高校生が思いつける精一杯の事態解決方法は、あんなショック療法しかなかったのだ。

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