第25話 アイツがいない
「まあ、しょうがないのかな。優香って春風の事が大好きだったもんね。家で寝込んでたとしても全然不思議じゃないか」
「…………なあ、アイツ大丈夫かな? ちょっと心配なんだが」
チリ、と洋介の中で焼ける痛みがした。脳内で警告のサイレンが鳴り響き、葬儀に優香が来なかった事を異常事態だと告げている。
洋介は前に見た自殺の事が気にかかっていた。優香は春風について話してくれた時に言っていたのだ。
――――三嶋君があんな事になって…………あの時死んでやろうって思って。
優香は自分の命が三嶋春風ありきだと思い込んでいる。絵里子にとっての春風は親友だが、優香にとっての春風は“命”なのだ。これは大袈裟では無い。事実、優香は一度崖から身を投げようとした。洋介があそこで現れなければ死んでいた。
「家には電話してみたよ。なんか部屋から全然出てこないって」
「そ、そうか……」
ホッと胸を撫でる。家にいるなら大丈夫だ。まさか部屋で自殺するなど考えないだろう。それができないから崖から飛び下り自殺など実行しようとしたのだろうし。
「なら大丈夫か。でも、後で蒼井の家にいかないか? 心配なのは変わらないし」
「そうね。今日結局葬儀に優香が来なかったのはちょっとむかつくし、家には当然行ってやるつもり」
「え?」
思わぬ絵里子の怒りに洋介は不意打ちをくらった気分になる。
「優香は春風の事が好きだった。ずっと春風の事を思ってるくせに仏頂面ばっかり見せてたけど、絶対に春風が嫌がるような事はしなかった。春風の嫌な顔なんて見たくないから、そこだけはいつも気をつけてたの」
そこは当然と言われれば当然だ。好意を持つ相手の嫌な顔など見たいワケがない。思いすぎかもしれないが、好きな相手にはいつも笑顔でいてもらいたいというのが普通だろう。
それに、春風は好意ある人物以前に優香の親友である。そこだけ取っても嫌な顔になどさせたいとは思わないはずだ。
「なのに最後の最後でこんな事を…………親友が自分の葬儀にやってこないなんて、春風はショックに決まってるわ。葬儀は別れの儀式みたいなもんなのに、そこにいつも一緒にいた友達がいないなんて嫌に決まってる」
そう言う絵里子は怒るというよりも悲しい顔をしていた。
「もちろんわかってる。私の言ってる事は生きてる側の勝手な理屈と想像で、そこに死んだ本人の意志なんかあるわけない事は。葬儀や墓参りなんてモノは、言ってしまえば勝手に自分を慰めるだけの自己満足なんだって」
絵里子は携帯を取り出し操作を始めた。
「私にはわかるなんて事を言うつもりはない。だけど、春風は来て欲しかったと思う。自分を“忘れて欲しくない”ために私と優香には最後を見て欲しかったと思う」
誰に電話をかけようとしているのかは聞かずともわかった。苛立っているはずなのに、それを微塵も感じさせないのは絵里子が優香を説得しようと思っているからなのだろう。
優香は春風が死んだ事を最初に知った者だが、それ故に一番否定したい気持ちを持ったはずだ。
これは竹下絵里子の持つべき責任だった。死者をずっと心に残し離そうとしない者がいるなら解放しなければならない。思い人が呪いの鎖に変わってしまうなど起こっては春風に申し訳が立たないという義務だった。
「やっぱ出ないか。ふん、直接家にかけてやるっての」
通じないと判明するや、迷いなく絵里子は蒼井家へと電話をかけた。
その間に二人は商店街へと辿り着く。何か食べようとして商店街に向かっていたが、電話の内容次第では何も食べずにすぐさま蒼井家へ行く事になりそうだ。高確率で。
一応昼食の内容を洋介は考えておく。ラーメン屋が歩く先に見えるが、隣にチェーンの天丼屋も見える。結構お腹は空いているので、ここは麺よりご飯を入れておきたい所だ。特に否定がなければ天丼を食べようと洋介は決めた。
「……あ」
気づくとスーパー『ブルーソン』と酒屋『池口屋』の間にやってきていた。
占い所という看板は出ていない。どうやら綾乃はまだいないようだ。といっても、ヤツは学生であり何時から何時まで占いをしているのか知らないので、もうすぐ営業するのかもしれないが。
「そういや、金とか払わなかったな」
請求されなかったのもあるが、洋介は占い代金を払っていなかった。まあ、綾乃が洋介に何も聞かず勝手に始めたので別に払う必要はないのだが、場所を通り過ぎたためそんな事を思ってしまった。
「変なヤツだけどちょっと面白いヤツだったし、暇な時には行ってもいいか」
そう呟きながら占い所の路地を通り過ぎて行った。洋介と絵里子の足はラーメン屋と天丼屋の方へと進んでいく。
「あ、お久しぶりですおばさん、竹下絵里子です。すいません。ちょっと今からそっちに行っていいでしょうか?」
優香の家へ行った時、自分は何を言えばいいだろうと洋介は考える。
やはり何か慰めの言葉でもかけてやるべきなのだろうか。落ち込んでいる姿を見たなら元気だせと一言かけてやるべきなのだろうか――――何を言っても落ち込ませるか怒らせるだけな気がするが。
だが、洋介はこのまま優香を絵里子任せで放っておく事はできなかった。優香は洋介が好意を持つ女子なのだ。精神がズタズタになっている好きな女を放っておける程洋介は冷徹でも冷静でもなかった。
「え…………いないって?」
ピタリと絵里子の足が止まる。同時に洋介の足もつられて止まった。
「少し前までは部屋にいたんですか…………はい……はい…………いえ、来てませんでした…………はい……わかりました。私達も探してみます」
絵里子は携帯を切るとポケットにしまった。
「優香家にいないって…………ちょっと前まで部屋にいたみたいだけど…………おばさんてっきり春風の葬儀に行ったと思ってたみたい……」
ドグンと洋介の心臓が波打った。
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