第24話 アイツの思い出

 奇しくも葬式の日は土曜日で休みであり、そのためクラスから何人かの生徒達が三嶋家へやって来ていた。


 誰もが現実感の無い顔をしていた。だが、それも無理もない事だろう。つい先週までいたクラスメイトがいなくなったと言われても、そう簡単に現実感が沸くはずがない。

 それは例え遺影を見ても、霊柩車に運ばれる棺桶を見ても同じ事だ。生まれて二十年も経たない彼らにとって、死とはもっとも遠くにある出来事であり真に受け止められている者は少なかった。

 春風の遺体が霊柩車で運ばれると、親族以外の面々は次第に数を減らしていく。

 洋介達もそれは同じで、みんなそれぞれ帰路につこうとしていた。


 「ねぇ一緒に帰らない? お腹空いたから何か食べて帰ろうよ」


 絵里子に洋介は声をかけられ二人で商店街に向かって歩いて行く。三嶋家は商店街からさほど離れておらず、徒歩でやってこれる位置に建っていた。


 「春風ってイケすかないヤツだったのよ。いっつもニヤニヤ笑っててさ。私が怒鳴ったりしてもその顔変えないで、優香のそばにいようとするヤツだった。毎日優香にベタベタするもんだから、私ずっと春風につっかかってたな」


 洋介は何も聞いてないが絵里子は春風の事を語り始めた。近いとはいっても三嶋家から商店外まで五分以上の距離はある。無言で歩くのも変なので絵里子なりの話題を出したのだった。


 「そんなんだったなってなんか思い出す。今まで考えた事もなかったのに。ニヤニヤ笑う春風を見て私がつっかかって、それを優香がオロオロしながら見てて、最後は笑うって流れをさ。私だけは呆れ顔なんだけどね」


 絵里子の話を聞いていると、思えば春風の事は全然知らないのだと洋介は思った。

 優香が色々と語ってくれたが、あくまでそれはそれだけである。春風の事をそれのみで知ったと答えるのは傲慢だ。出会いが印象的で死んだ時も側にいたのもあり、知った人物のような気がしていただけである。

 春風と会った時間は一時間にも満たないというのに。この錯覚を洋介は何処か不思議に実感していた。


 「いつも私達は三人一緒にいた。テスト前になると三人泊まり込みで勉強して、月曜日はいつも三人とも憂鬱で、金曜日の放課後は嬉々として三人喜んで、修学旅行の班分けは一緒になろうねって話して、文化祭は三人だけで何かやるって騒いで、初日の出は絶対三人で拝むって決めて、クラス変えで別れたら近くの喫茶店をたまり場にしようって決めて、卒業式は誰が先に泣くのかなって笑って、三人大学行っても関係はきっと続いてるって期待して………………ホント色々三人で話してた」


 歩みは遅かった。絵里子が洋介に話を聞いてもらおうとしているためだ。


 「………………」


 その話す内容は過去のモノばかりで洋介の知っている事など一つもない。

 だからか洋介は思った。絵里子は転校して間もない自分だからこそ吐ける何かを話しているのではないかと。

 独白にも近いその内容を洋介は黙って聞き続けた。


 「私達って…………結構友達やってたんだよ」


 話し続ける絵里子に涙は無かった。

 絵里子は春風の葬儀中も一切涙を流していなかった。親族や数人のクラスメイト達は泣いていたが、一番親しかったであろう絵里子は常に無表情だった。進められる葬儀の中ジッと立っているだけで、何の感情も出そうとしていなかった。


 「全く勝手に逝くなってのよ。約束事のほとんどは春風のヤツが決めたんだから、アイツが実行させる責任があるっての。私は嫌な顔しながら頷いてただけなんだから」


 洋介は頷く事も絵里子の顔を見る事もなく、ずっと話を聞いている。


 「ホント…………いなくならないでよ」


 洋介は春風の事をよく知らない。それはまだ出会ってから日の浅い絵里子にも優香にも言える事でそこまでの付き合いはない。だから、思い出話などされてもせいぜい朧気な映像が脳内に浮かぶのみだ。それ以外は何も無い。

 だが、それでも洋介にはなんとなくだが今の絵里子の事が解る。

 おそらく、この隣を歩く女子は春風の事を思い出にしようと躍起になっているのだ。

 ずっと仲良く過ごしてきた、いつも一緒にいた友達の事を過去にしようとしている。


 「……………………」


 それは傍から見ると酷く滑稽な様子に見えた。

 親友と呼べるような人物をすぐに過去にできるワケなど無いのだから。

 浅い付き合いで無いのは明白であり、そこには忘れる事のできない思い出の羅列があるはずだ。それを全部「そんな事もあったな」と完全に記憶の最奥へと仕舞い込むなど無理に決まっている。過去とするには充分な時間が必要で、過ごした日々を笑って話せるようになるのはずっと後に訪れるのだ。


 それを、涙も出せないくらい死の実感の無い人物にできるわけがない。

 絵里子へ悲痛な眼差しを向けそうになり洋介はそれをグッと堪えた。


 「そういえば、優香来なかったね」

 「…………そうだな」


 今日、一番洋介が気になっていた事を絵里子は呟いた。

 そう、今日の葬儀にいるべき人物は最後まで訪れなかった。洋介はもちろん絵里子よりもこの事を悲しんでいるはずの女子はやってこなかったのである。

 蒼井優香はこの日三嶋家には来なかった。最愛の人物の葬儀など出たくなかったのか、優香は昨日洋介と別れたきり姿を現さなかった。

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