第23話 アイツの真実
「事故の後、気がついたら僕は何処かの道路に立っていた。自分が幽霊だって事はすぐに気がついた。猛スピードで迫る自転車が僕を突き抜けていったからね。理解するまで時間はかからなかったよ」
春風は軽く笑った。
「何をそんなスピード出してるんだろうって注目してみれば……その自転車は自殺しようとしている女の子を追っていた。崖から飛び出そうとしているその子を救いに向かっていたんだ」
「…………それって」
「そう、君の事だよ」
自分では助ける事ができないとすぐに春風は理解していた。元々間に合う距離ではなかったし、存在に気がついてくれないであろう事は洋介のおかげで解っている。
自分に出来るのは見る事だけ。結果助かったが、好きな相手が死ぬかもしれない光景を見るのは心臓に冷水を浴びせられるようなモノだった。
「もし、君があの時あの場を通らなければ優香ちゃんは死んでいた。僕は好きな人が自殺する瞬間を見る事になっていた。君には本当に感謝しているよ。そして」
何処か安心と哀しさが同居させたような顔で春風は言った。
「なんて言えばいいのかわからないけど……彼女を変えてくれた事にも……感謝している」
「変えた?」
「僕は優香ちゃんが何を思ったのかわからない。何を決心したのか知らない。あの時、君が助けてくれた後優香ちゃんに劇的変化が起こったんだ」
楽しい事を教えろと主張したり、知らない場所に興奮する洋介にツッコミを入れたり、懸命に謝罪をしたり、赤面しながらホッとしたり。
あの自殺事件の後に起こった蒼井優香の変化は春風を驚愕させていた。
「君は知らないだろうけど、本来の優香ちゃんはもっと自己主張が薄くて、口を開くと本心とは真逆の事を言ってしまうような……そんな不器用で静かな女の子なんだ。君が知るような女の子なんかじゃない」
「……みんなそう言うな」
絵里子もドラドも春風も、そして優香自身も。
洋介以外は、みんな“そういう優香”だという認識で統一されている。
「これはきっと神様がくれた猶予なんだろうね」
いつからか、それともそれは最初からだったのか。
「感覚でわかるんだ…………迫る死の感覚がね。なのにこんな落ち着けているのは、一度死んだからなのかなって思う」
春風の目には、顔には“助かってよかったという安堵”が一切感じられなかった。
「…………おい」
苛立だしげに洋介は春風を睨み付けた。
「わけわかんねー事言ってんじゃねえ。お前は助かったんだ。そんで蒼井はその事を本当によかったって安心してる。なのに何でお前は――――」
今から死ぬような台詞を言ってるんだ、と。
続けようとした口を洋介は無理矢理閉じた。
「僕の事を病院の人達はあり得ないって連呼してるけど、たしかにそうだと思うよ。僕ははっきりと“自分が死ぬ”感覚を味わったんだから。なら、どんな奇跡が起きようとも僕が死ぬ事はどうしようもなく決定されてるよ。その奇跡が大きければ大きい程ね」
「やめろ」
「最初は優香ちゃんにさよならを言うためにこの猶予はあるんだと思ってたけど、それは違った。コレは僕を安心させてくれるためにあったみたいだ」
「やめろって言ってるだろ」
「神様は君を僕に会わせてくれるために猶予をくれた。もう僕がいなくても優香ちゃんは大丈夫だよってね。事実、僕は君といる優香ちゃんを見て凄く安心しているよ」
「やめろって言ってるだろうが!」
喋るのをやめない春風の首元を摑み上げる。思わずかなり強く締め上げてしまったが、春風に苦悶の表情は無い。
「遺言見たいな事言うなよ! 苛つくんだよ!」
「遺言なんて無いさ。ああ、強いて言うなら優香ちゃん自身に向けて告白できなかった事かな。キスの一つでもすればよかったって正直思ってるよ」
「だったらすればいいだろ! 蒼井はお前の事好きなんだ! 楽勝だろが!」
「…………僕には勇気がなかったみたいでね。最後まで本人に言える気にならなかったよ」
「お前ッ!」
喋るのをやめない春風に、洋介は襟首を絞めただけでは収まらず拳を振り上げた。
「その何処か諦めたような口調をやめやがれ!」
何なんだコイツは。本当にさっきから何を言ってるんだ。
もう自分は死んでしまうような意味不明な事をずっと喋って、もう最後と言わんばかりに何の抵抗も示さない。
死ぬなんてあるわけがない。事実、三嶋春風は助かっている。大事故に巻き込まれ外傷も何も無いのも、一周間の昏睡だけで済んだのも運がよかったからだ。これは偶然と幸運以外の何者でもない。
三嶋春風は助かった。そして蒼井優香とこれからもずっと一緒にいる。互いに思いが通じ合っているならそうして然るべきだ。
そうでなければならないに決まっている。
「優香ちゃんをこれからもよろしく頼むよ。できれば絵里子のヤツとも親しくして欲しい。優香の事になると怖い時があるけどイイ奴だからさ」
「てめぇいい加減にしろよな!」
振り上げた拳が春風に振り下ろされそうとした時だった。
「何してるの?」
優香が帰ってきた。両手には綺麗に花が生けられた花瓶が持たれている。
それを手近な机に優香は置くと、春風を掴んだまま固まっている洋介の手を思い切り掴んだ。
冷たい視線が洋介に突き刺さる。
「この手離して」
「…………ごめん」
洋介の腕から力が抜け、春風の身体が静かにベットへ落ちる。
春風は二人の様子を見ると横になり、笑みを浮かべそのまま目を閉じた。
「大丈夫……?」
ケンカ腰で襟首を捕まれたのだ。しかも春風はほとんど無傷であるとはいえ入院中の患者である。優香が心配するのはもっともだった。
しかし。
「……三嶋君?」
春風からの返事はない。眠ったにしては早すぎる。ほんの数秒前まで起きていたのだから。
何度も声をかけるが同じだった。春風の目は開かず返事もない。
「……まさか」
洋介の心臓が嫌な高鳴りを起こす。
いや、そんなはずはない。いくら何でもそれはおかしすぎる。さっきまで自分は春風と喋っていたのだ。おかしな様子など何処にもなかったはずだ。
さっきまでは何の異常もなかった。くだらない事を喋りはしたが、こんなバカな事があるわけがない。
「…………嘘でしょ…………………………三嶋君?」
優香が力なく床に膝をつき、同時に洋介はすぐさまナースコールをした。
その後、すぐに洋介と優香は部屋を追い出され。
三嶋春風の死亡を最も早く知る人物となった。
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