第22話 アイツの戯言
病服で制服は着ていないが、その姿は洋介が昨日見た春風と全く同じだった。姿も話し方も同じであり、別人と思うにはかなり無理がある。
そして、春風の身体はとても凄惨な事故に巻き込まれたとは思えない姿だった。普通に歩いているし、三角巾やギブスも無く腕も手も全く普通だ。なぜ入院しているのかわからないくらい平然としており、洋介には健康人にしか見えなかった。
「ありがとう優香ちゃん。今日もお見舞いに来てくれて」
ニコリと春風が優香に笑いかける。
洋介は優香が春風に対して好意を持っているのを知っているので、てっきり顔を真っ赤にして緊張で身体がカチコチになるのかと思ったが。
「……別に。クラスメイトのお見舞いなんて……普通でしょ」
ボソリと冷たく春風に言い放つだけで、洋介の予想など微塵も的中しなかった。
「変な部屋……絵里子が持ってきたからって……こんな事する必要ないと思うわ」
「いやー、せっかく友人の持ってきてくれた大量の花を捨てるのはもったいなくてさ。どうしようかと考えたあげく、こうする事に決めたんだ」
「バカだわ……病院側はさぞ迷惑でしょうね……」
「まあまあ、今は僕の病室だしさ。他の人が入ってきたりしたらすぐに片付けるよ」
「……まあどうでもいいけど。これじゃ……私がせっかく持ってきた花も……犠牲にされそうね……」
「いや、竹下の花は全部埋め尽くすのに使ったから、花瓶に生ける花がなかったんだ。優香ちゃんのは花瓶用にさせてもらうよ」
「ならいいけど……こんな悪趣味全開の一端にされちゃ……二度と花なんて持って来るかって気分になるわ…………」
「うんうん、毎回優香ちゃんは手厳しいなぁ」
頭を掻きながらハッハッハと笑う春風に、優香は見下し蔑みすら感じさせる視線を送っていた。
とても好意を持つ人物に向ける目ではない。
(な、何だ……? 一体優香に何が起こった……?)
洋介がよく知る活発な優香の雰囲気はかき消えていた。
今の優香は冷気を纏う雪女のようで、小さく呟かれる声の色んな所に小さなトゲがある。
嫌いな人物に喋りかけているような、気にくわない内容に意見しているような、そういった言葉で優香は喋っていた。
雰囲気も突如不機嫌なモノへと変換されており、何処か話しかけるのに勇気が必要な状態になっている。
はっきり言ってこの優香は別人だった。屋上の時を思い出してもそう思える。
「花瓶……持ってくわ」
「うん、お願いするよ」
花束と花瓶を持って優香は病室を出て行った。その際、洋介に肩をぶつけたが目もくれず謝ろうともしない。
その姿を洋介が見ていると、春風がパイプ椅子を用意した音が聞こえた。
「驚いたかい? てっきり学校で知っているモノだと思ってたけど」
「知らない事はないけど……喋ってる所はほとんど見ないからな」
「そうかい」
洋介はパイプ椅子に座ると、春風もベッドに上がり洋介に言った。
「僕の事、どう思ってる?」
[とりあえず幽霊じゃなかったんだなと思ってるよ]
「ああ、昨日の事か。まあ、アレは幽霊じゃなかったけどさ。優香ちゃんの自殺現場を見た時は幽霊だったよ」
突如、春風はカミングアウトを始めた。
「な、何?」
「制服は外を出歩くための変装見たいなものさ。患者服で外出歩いちゃ目立つだろう? まあ、そのせいで優香ちゃんに見つかったんだけどさ」
「……ちょ、ちょっと待て」
いきなりの事態に洋介の頭が一瞬混乱した。
昨日会った春風は幽霊じゃなかったようだが、そんな事はどうでもよくなるような事をこの男は言っている。
優香の自殺現場を見たと。
洋介と優香本人しか知らない秘密を春風は知っていた。
「お前は……その、何だ…………蒼井から自殺の事を聞いたと……そういう事なんだよな? そうなんだよな?」
だったら理解できると洋介は安堵したかったが。
春風からの肯定は無かった。
「ん? 優香ちゃんは言ってないよ? 僕が幽霊になって見たから知ってるって言ってるじゃないか」
「……………………」
そう言う春風に対し何も言えず、洋介は黙ってしまう。
「僕が君の名前を知ってるのは学校での自己紹介を見てたからさ。優香ちゃん見ててすっごい驚いてたよね。アレは中々面白かったよ。気づかなかったかな? ああ、幽霊は普通見えないもんか」
「な、何……?」
「他にはそうだな…………君たちのデートとか」
春風は自分が幽霊だと言って、洋介にベラベラと様々な事を並び立てた。
最初は優香に聞いた事を言ってるに違い無いと決めつけていたが、その中には洋介のプライベートに関する事もあった。(自転車なくして怒られたとか)
本当は何処で自分の名前を知ったのか洋介は聞こうとしていたが、次第に洋介からその気が無くなっていった。そんなのがどうでもよくなる程、春風は様々な事を知っている。
「お前、さっきから何なんだ!? 何でそんな事まで知ってんだよ!?」
「だからさっきから言ってるじゃないか。幽霊になってたからだって」
春風はそう答えるばかりで、爽やかな顔を洋介に向けている。
「そんなの信じられるワケないだろ! 幽霊とかあり得るか!」
洋介しか知らないような事も春風が言った中には含まれており、信じざるを得ない状況だったが、それでも幽霊なんていうあやふやなモノを肯定できるわけがない。
「真面目に答えろよ! ふざけた事言ってんじゃ――――」
「信じられない、あり得ないと思ってるのは僕の方だよ」
洋介を遮るように洋介はそう呟き、自嘲気味に笑った。
「撥ね飛ばされて僕は身体の骨が折れる音を聞いた。頭が急に熱くなったかと思うと、夥しい量の血が地面に吹き出ているのを虚ろな目で見てた。首の骨のズレる感覚がして、内臓の潰れた時の激痛は神経にノコギリの刃を巻き付けられたようだった。声を出そうにも、首が折れたせいで喉の機能が半分死んで叫ぶ事が出来ない。人が騒ぎ出したって感覚はあったけど、それは何だかテレビを見ているようで現実感はなかったな」
当事者だからこそ語る事ができる死の感覚。
その告白は春風が決して“無傷などではなかった”事を意味していた。
「なのに何処にも怪我なんてない。針で怪我を縫うどころか、絆創膏をはる必要すらない程にね。文字通り死ぬ程のダメージを負ったのに」
「…………それは実際無傷だったって事だろ。怪我はお前の勘違いに決まってる」
「事故の瞬間は優香ちゃんとドラドが見てる。それはあり得ないよ。あの二人はたしかに“僕が死ぬ現場”を見た。昏睡状態が一周間続いた程度で元通りなんてあるわけないよ」
たしかに死の記憶とその現実はあるのに、自分は無傷でこうして生きている。
洋介に言う事を否定し首を振る春風だが、その顔に安心はあれど恐怖や疑惑はない。
それは自分の身に何が起こったのか解っている顔だ。
「神様って本当にいるんだなって思ったモノだよ。ああ、九重町ならココノエ様って言うべきかな」
偶然や幸運なんかではあり得ない、と。
まるで神の所業でも受けたかのようなこの事態を、春風は素直に認めているようだった。
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