第21話 アイツに会いに行く

「昨日は来ないって行ったのに、どういう風の吹き回し?」

 「別にどうだっていいだろ。気が変わったんだよ」


 次の日、コーヒーの影響もなくグッスリと眠れた洋介は優香と一緒に春風の入院する病院へと向かっていた。


 「つか、返事ぐらいしろよな。ガン無視されてると良い気分しないだろ」

 「別にいいでしょ。私がいつ返事しようと問題ないじゃない」

 「いや、まあそうだけどさ」


 洋介は教室で優香に病院に行く事を告げようとしたが、いや告げたのだが一切優香は聞こうとしていなかった。

 いくら洋介が言おうとも全く反応せず、あげくには教室から出て行く始末だ。授業中にその事を書いた紙を投げるも優香は拾おうともしない。


 昼食は洋介と一緒に食べようとせず一人で何処かいってしまい、絵里子は「ゴメン、私優香探してくるから」といって、昼休みはそのまま帰って来なかった。

 優香が洋介に返事をしたのは、以前いきなり蹴りを噛ました学校近くにある古屋の前だった。洋介はてっきり無視されている、もしくは拒否されているのだと思って仕方なく一人で行こうとしていたので、返事が来たのには驚いた。


 ちなみに優香の返事とは以前もくらったジャンプキックである。そこそこ痛かった。


 「昼休みは一人で何処か行くし、竹下が心配してたぞ」

 「別に何処で弁当食べようと私の勝手でしょ」

 「…………なぁ、なんかお前怒ってね?」


 ボゴッ! ズドッ!


 「ぬおおおおおお……」


 瞬間蹴りが入った、そしてすかさずチョップの二連コンボ。全くの不意打ちで防御できなかった洋介はその場に崩れ落ちた。


 「ジッとしてるなら置いてくわよ」

 「ま、待たんかオイ……」


 洋介はなんとか立ち上がり優香の後ろをついて行く。

 雰囲気で察したので言ってみたが、それは余計な事だったらしい。

 これ以上追求する気にはなれず、黙って洋介は病院へと歩いていった。


 「三嶋の病室って何階にあるんだ?」

 「十一階よ」


 病院へ来る前に何本か花瓶用の花を買い、二人は病院へ辿り着いた。

 夕方近い病院内はおそろしく静かで、受付にも人影は無く一階には優香と洋介の二人しかいなかった。

 エレベーターへ向かう間も誰も通らない。受付前に並ぶ大量の椅子と静まりかえった廊下は、不気味な病院内をさらに際立たせていた。


 (そういや、昨日アイツと会ったのもこんな感じの時だったな……)


 そう、あの時もこんな病院特有の不気味な雰囲気を感じる時だった。椅子に座ってぼんやりと考えていた洋介の横に突然春風が現れたのだ。

 洋介はまた何処からか出てくるんじゃないかと周囲を見渡すが、人影など何処にもない。


 「ヌッ!?」


 そう思っていた時、いきなり曲がり角から人が出てきたので洋介は身構えたが、それは掃除のおばちゃんだった。


 「何やってんのアンタ?」

 「いや、幽霊でも出てきたのかと思って……」

 「くだらない事してないで行くわよ」


 そんなやりとりをしながらエレベーターへと向かう。

 エレベーターに乗りこみ階数が上がっていく表示を洋介が見ていると、優香がふと言葉を漏らした。


 「ねぇ……三嶋君はいつから私が好きだったのかしら」

 「なんだよ急に?」


 洋介は階数表示を、優香は手にもった花瓶用の花を見ていた。

 互いの視線は交差せず話は続いていく。


 「気になるじゃない。好きな人がいつ自分を好きになったのかって」

 「そんなのオレが知るわけないだろ。三嶋に直接聞けよ」

 「そ、そんな恥ずかしい事……聞けるワケ……ないでしょ」


 少し優香の声が小さくなる。


 「……ありがと、私に三嶋君の事言ってくれて」

 「………………」


 階数表示は七階。もうじき春風のいる十一階だ。


 「多分……深谷が言ってくれなきゃ私はずっと……ずっとずっと……………………聞けないままだったと……思うから」

 「………………」


 洋介は黙ったまま優香の呟きを聞き続ける。


 「事故の日からの自分を後悔しててさ……それで私は……あんな事をしようとしたから……深谷……ココノエ様ってホントにいるのかもね。私が助かったのも三嶋君が助かったのも奇跡のおかげだと思うから」

 「ただの偶然だろ。たまたまだよ、たまたま」

 「そうかもね……でも…………頑張ってよかった」

 「ん? 何をだ?」

 「私のくだらない…………考えの事よ」

 「くだらない?」


 一体何の事なのか。付き合ってくれてとは、あの楽しい事探しはやはり優香にとって大事な意味があったのだろうか。

 何か含みのある言葉だったが、それを聞くにはタイミングが悪く時間も足りなかった。

 階数表示が十一階を示しエレベーターの戸が開く。

 一階の様子とは打って変わって十一階は喧騒に包まれていた。騒々しいというワケではないが、看護士や患者で賑わっておりシンとした様子が何処にもない。


 「あの部屋よ」


 春風の病室はかなり奥の方にあった。病室の前に辿り着き、洋介は表札を見上げるとそこには【三嶋春風】と名前が書かれていた。


 「ここか……」


 この先に三嶋春風がいる。

 別にずっと追い続けていた仇や、長年探し求めていた兄弟なんかと会うワケではないのに、洋介は不思議と緊張していた。

 優香が病室の戸を開け、その後に洋介が続く。


 「お邪魔しま~す」


 挨拶と共に病室へ入り、まず洋介が思ったのは狭い部屋という事だった。ベットは二つあったが、片方は使われている形跡がない。表札に春風の名前しか無い所を見ると、この部屋の患者は春風しかいないのだろう。

 しかし、真に見るべきはそこではなかった。


 「…………なんじゃコラ」


 部屋の床以外の至る所に様々な花が貼り付けられており、洋介と優香の目はそれらに釘付けにされた。病室の壁や天井部分が見えず、花で埋め尽くされているのだ。二人でなくとも、始めて部屋に入った者なら右に同じだろう。

 あまりに花の量が多くここが病室かと疑ってしまう。それぐらい異常な部屋になっており、異空間に迷い込んだと錯覚してしまう程の色彩だった。


 「なんつー趣味の悪い部屋してんだ……って、アレ?」


 部屋の異常さばかりが目立ってこの部屋の主に意見の一つでも言おうと思ったが。


 「……誰もいない?」


 春風が使用しているであろう奥のベッド、そこに人影がなかったのである。掛け布団がはだけているだけでそこの主は何処にもいない。


 「いないな……トイレでも行ってんのかな?」

 「………………さあね」


 と、横に立つ優香に話しかけると、やたら“冷たい”返事が聞こえた。

 屋上弁当時に見た“あの”優香の声だ。


 「ん? なんかお前雰囲気――――」

 「この部屋の花は竹下が持ってきたヤツでね。全部飾るのは苦労したよ」

 「おおわッ!?」


 気配も無く洋介の後ろへ春風が立っていた。耳元で囁かれたように言われたので、驚き二倍で洋介の精神に負荷を与え、思わず声を上げてしまった。


 「いきなり誰だッ!?」

 「誰って三嶋春風本人に決まってるじゃないか。この病室は僕しかいないんだから」

 「だからってなぜ耳元で言う!?」

 「人を驚かせるのは面白いからね。君ならこうすると驚くんじゃないかなと思ったんだ」

 「あんなんされたら誰でも驚くわ!」

 「ハハハ。そうそう、そんなに慌ててもらえると驚かせたかいがあるってものだよ」

 「お前……結構性格悪いんだな」


 洋介が悪態をつくも、春風は全く意に介さずベットへと歩いて行った。


 (……やっぱ、昨日のは本人だよな。当たり前だけど)

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