第20話 アイツの正体?
「でもよかっタナー。優香チャン、ショックから回復してナー」
「え?」
聞き返す洋介に「知らないノカ?」とドラドは顔をキョトンとさせた。
「春風の事故ナー。コの店の前で起きたンヨー。通報しタのワタシ。今でもハッキリと覚えてル」
ドラドの顔が入り口へと向いた。だが、視線は入り口のさらに先に向けられているようで、どうやら事件現場を見ているようだった。
「アの事故は酷かっタヨ。駅前ダッたのもアってな。詳しい事故理由はワカらんけド、暴走シタ車が何人か巻き込ンデ事故起こしタんだ」
ほんの少しだがドラドの顔が歪んだ。
「不幸にも程がアルってもんダッた。その事故に巻キ込まレタ人達はみんな死ンデね……なんとか春風だけは命トリとめたケド……カナり危なイ。血まみれの春風が救急車運ばレルとこ、バッチり見た」
「そんな大変な事故だったのか……」
優香から事故の様子を詳しく聞いたワケじゃないので、そんな大事故だとは知らなかった。巻き込まれた春風以外全員が死ぬ事故だったとはかなりの悪夢だ。
店のそばで起こった事故ならドラドはその惨状を目の当たりにしたのだろう。思い出せば顔ぐらいしかめてしまうものだ。
横断歩道の傍に置いてある大量の花束の意味はこういう事だった。
「優香チャンはその現場にイテ……春風が巻き込まれたノヲ間近でみてシモウたんよ。ガクリと膝をつイテ……呆然と事故現場見てタナ……でも、立ち直ったミタいでヨカったよ」
安心したようにドラドはホッと息をついた。
「……蒼井って現場にいたのか」
洋介は春風が事故にあったとしか聞いていない。あえて言わなかったのだろう。洋介に説明するだけなら優香の事を説明する必要はない。
それに、好きな人が死にかけた瞬間など言いたくないに決まっている。
「でもよかったな……三嶋だけでも助かってさ」
助かって良かった、というのは不謹慎なのかもしれない。だが、誰も助からないよりたった一人でも助かる方が良いに決まっている。助かったという事は、それだけ悲しむ人達が少なくなったという事なのだから。
「何処にも怪我の後とか無くて普通に話せて…………………………ん?」
ここでまた洋介に違和感が生まれる。
春風は大事故に巻き込まれている。巻き込まれた人達は春風を除いて全員死んでしまっているので、それが余程の事故であった事が伺える。
そして、その事故は優香が一周間前に起こったと言っていた。
「……変じゃないか? そんな大事故に巻き込まれて……たった一周間で……」
さも平然と歩いて洋介と話したりできるような状態だとは思えない。
巻き込まれた他の人達はみんな死んでいるような恐ろしい事故にあったというのに。
ドラドも春風の事を「血まみれ」だと言っていたので、これは“相応の怪我”をしたはずだ。
なのに、どうみても健康であり五体満足である“あの三嶋春風”はかなりおかしいのではないか。
「血まみれって言ったけど、それ本当? とてもそんな怪我をしてるようには見えなかったんだけど」
「まあソウでしょー。だって、アタイどうにかシタもの」
「どうにかって……応急処置でもしたの?」
「うン、そんなトコだナー」
とてもその程度で血まみれの患者の傷をどうにかできるとは思えないが。
呆れた顔で洋介はコーヒーに手を伸ばす。このコーヒーはかなり美味しい。
「まあ、アタイ神サマだからサー」
「……は?」
そんな事をサラッとドラドは言ってのけ、洋介のコーヒーを飲む手が止まった。
「神サマだかラ……アレぐらいノ応急処置デキるんよ。他の人達は応急処置の前に死んだケン……無理ヤッタ」
「……………………」
「春風は心残リあっタし優香ちゃん目の当たりニシテ……ほんノ少しデモ寿命を延ばしてヤリたいと思ッチまったンヨ」
「………………えっと」
これはフラれて落ち込んでいる自分に対するドラドなりのギャグなのだろうか。
本気で言っているように見えるが、どちらにせよどうコメントすべきかわからない。
「……とりあえず三嶋の事は気になるな」
病院へ行ってみれば少なくとも“アレ”が三嶋春風なのかは判明する。
断ってしまったが優香についていった方がいいだろう。洋介一人では、もし“本人が違った場合”その区別がつかない。
あくまで一応だが、あの春風は別人である可能性を考慮している。
洋介は幽霊などいないと思っているが、あの五体満足の姿が不自然なのは間違い無いのだ。
「……あんま気が進まないってのが本音だけど」
相思相愛の相手と会うのは正直嫌だが、それ以上に春風の事は気になる。
それにヤツの言動。
あの時は動揺して何も思わなかったが今なら解る。
『君はどうなのかな?』
『絶対優香ちゃんと特別な出会いをしたと思ったんだけどな』
おそらくヤツは知っている。
優香への好意やその出会い。あくまで洋介の予想だが、あの爽やか……いや、スカシ男の言葉には嘘と真実が組み込まれている。
いたずらをした子供に本当の事を喋らせるような聞き方、そんな風に春風は洋介と喋っていたように思えるのだ。
「色々考えるとやたら気になるヤツになってきた……」
だが今考えてもしょうがない。
明日、病院に行って春風と話せば全て解るだろう。
「ほらホラー、モッとコーヒー飲みナー」
「って、注ぎすぎだろ!」
カップに並々と注ぎ、溢れそうになるコーヒーを慌てて啜った。
その後もドラドから何杯もコーヒーを注がれ、ちゃんと今日は眠れるか洋介は心配だった。
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