第18話 アイツが告白宣言

転校生でそれまで学校や教室であった何もかもを知らない春風は、ごく普通に優香を頼り、そして仲良くなっていった。


 朝は二人一緒に登校し(春風が優香を途中で待ち構えている)、昼休みは二人一緒に昼食を取り(優香が行く場所に春風が先回りしている)、帰りはいつも二人一緒に九重町の色んな店や名所に寄り道(春風が無理矢理優香を付き合わせていた)していた。


 春風は常に優香と一緒に行動しようとする。


 だが、優香はそれに対して嫌だと思った事は一度もない。

 きっと、それは友達の少ない優香にとって“欲しかった時間”であり“変われている時間”だからだろう。絵里子以外の友達といる奇跡の時間が生まれ、それは友達を作れないと決めつけていた自分を否定する出来事だった。


 嬉しいと思う事はあっても、嫌だと思う事はない。

 絵里子が復学してからは三人でいる事が多くなり、以前では考えられないくらい充実した時間を優香は手に入れていた。

 絵里子が春風につっかかり、それを笑顔で春風は受け流し、優香は狼狽えながらも何処か安心してそのやりとりを見ている。

 何でもない友人達とのやりとり。

 それは優香の想像になかった、陽の光でいっぱいに照らされたような至福の時間だ。

 もうこれまでではない、これからの時間がずっと続いていくと優香は思っていた。


 しかし。


 「三嶋君が事故にあってしまった。ずっと入院しなきゃいけないような、昏睡状態に陥ったの」


 突然、その時間はなくなってしまった。

 優香を救ってくれた恩人は、もう“二度と目覚めない”人へとなってしまった。


 「一周間ずっと眠り続けて、どんどん三嶋君の身体は衰弱していった。誰もが三嶋君の命を諦めていた」

 

 そして、それは優香も。

 ずっと眠ったまま、、弱々しい心電図の波はいつ止まってしまうかわからない。

 生きている事がすでに信じられない事であり、これ以上の奇跡は望めない。

 生きる事を信じ抜くには過酷な事実が優香に突きつけられ――――――優香はあの崖へと向かってしまった。


 「三嶋君があんな事になって…………あの時死んでやろうって思って、錯乱しちゃってたんだけど……そこで……」


 深谷洋介と出会った。

 優香はまた転校生に命を救われたのだ。


 「深谷が私を助けてくれて……あのね……私その時さ……すっごく変な事思ったのよね……」


 と、優香は洋介の方を見ると。


 「………………」


 茫然自失。

 顔も身体も何もかも真っ白になった洋介がそこにいた。


 「へ? え? え?」


 幽霊に手招きされた用な顔でボーッとしており、今にも違う世界へ旅立とうとしている。手足も弛緩しており、猫背のままダランと身体がだらけていた。

 なぜかキィキィと洋介を乗せて揺れるブランコが酷く寂しい。


 「ちょ、ちょっと! どうしたのアンタ!」


 心配そうに優香が覗き込むが洋介に反応は無い。未だ、洋介の魂は宇宙の何処かを彷徨っている。

 これはおかしいと優香は声をかけ続けるも、やはり反応は無い。

 だが、まあそれも仕方の無い事だった。

 なぜなら、洋介にとって優香は好意を寄せている女子なのだから。


 (全く……入り込む隙間がねぇ……)


 魂ぐらい抜けてしまうモノだ。精神も宇宙へ飛ぶぐらいするものだ。

 わかっていた。

 かなりわかっていた。

 すごくわかっていた。

 が、その理由を聞くとその真実はズシリと洋介の背中にのし掛かる。

 蒼井優香は三嶋春風にゾッコンだった。どうしようも無いくらいに。

 春風は優香にとって白馬の王子様も同然で、死にそうだった自分を救ってくれた存在なのだ。

 それに好意を抱かないワケがない。


 (予想以上に…………ダメージでかかった……)


 春風と優香の関係をなんとなく聞くつもりだったのだが、思いの外優香は洋介に三嶋との関係を話してくれた。優香もあれだけ慌てふためいた手前、テキトーな説明だけではダメと思ったのだろう。

 しかし、まさかこんなにも運命的な出会いを果たしていたとは。


 (そして、その運命的な出会いの相手は……)


 優香が好きだと洋介にはっきりと言った。

 これはもう、ホントに洋介の入り込む余地などない。

 失恋決定だった。


 「おーいどうしたー? どうしたの深谷ー?」

 「そりゃ……好きになるのは当たり前だわな」

 「う……」


 長く反応の無い洋介を優香は突っついていたら、そんな言葉が飛び出してきたので優香の顔が再び赤くなる。


 「よかったじゃないか。相思相愛でさ」


 全然よくなかったがそれは洋介個人の嫉妬である。今、洋介がしなければならないのは失恋した事実をキチンと認める事だ。

 つまり、見苦しい男にならないよう努めているのだった。


 「……うん」


 洋介から視線を外し顔を真っ赤にして優香はコクリと頷いた。


 「………………」


 その顔は実に可愛らしかったのだが、今の洋介にとってそれは威力のある弾丸を撃ち込まれたに等しかった。


 「……意識が戻ったって知った時は……すっごく顔を見たくて学校まで休んで病院行っちゃうくらい気持ちが爆発したけど……洋介の言ったのが事実なら……それを簡単に超えちゃうくらい嬉しい……」

 「……嘘じゃねぇよ。本人から聞いたんだから」


 なぜその事を春風は洋介にあっさりと告げたのかわからない。だが少なくとも事実なのは間違いない。嘘をつく意味はあまりにもなさ過ぎるし、優香と春風の関係を考えるにからかっているとも考えられない。


 「決めた! 私、三嶋君のお見舞いに行き続ける! そんで傷もすっかりよくなって学校に来る事ができたら……うん、言おう」

 「何を?」


 解っていてもあえて言ってみる。


 「何をって……そ、そそそその……こ、告白に決まってるでしょ!」

 「アダッ!」


 真っ赤な顔をさらに真っ赤な顔にして、優香は洋介の頭を叩いた。


 「入院中にそんな事言われたら……うん、きっと迷惑だし……こ、こここういうのは退院してから……そう、その時言うものよね。うんうん」

 「そんなの関係ないと思うけどな……」


 叩かれた頭を撫でつつ洋介が呟いていると、優香がポンと手を叩いた。


 「そうだ、深谷もお見舞いに来ればいいよ。三嶋君に紹介したいしさ。きっと喜ぶと思うし」

 「別にいいよ。邪魔しちゃ悪いし」


 相思相愛の二人を見る程、洋介は太平洋のような器を持っていない。

 つか、そんな拷問受けたくない。


 「あら、そう? 三嶋君喜ぶと思うけどな。それに会って来たんでしょ? なんか不思議だけど」

 「なんで不思議なんだよ?」


 ウーンと首を捻りながら優香は洋介に言った。


 「転校生が来たって話はしたんだけど、深谷の名前までは言ってないのよね。だから、なんで名乗っただけで深谷の事が解ったのかなって」

 「先生が言ったんじゃないか? 担任は入院した生徒の見舞いくらい行くだろ」


 春風は洋介に対してかなり馴れ馴れしかったので、そう考えるのが普通だろう。完全に見ず知らずの人物へあんなに話してくるとは思えない。


 (だとしても、オレに話しすぎだとは思うが……)


 洋介の頭には「優香が好きだ」と言った春風の言葉が強く頭に残っている。どうしてもこの発言だけは、事実だとは思えても不自然に感じてならないのだ。

 まあ、嫉妬による様々な感情で忘れられないという可能性が一番高く、故に深く自身に刻まれているのだと思ってはいるが。

 気になるモノは気になる。


 「まあ……いっか」


 別に考えてもしょうがないし、どうでもいい。

 洋介にとって重要なのは二人が両思いである事。

 春風の好意を優香に言ってしまった。これが自覚と覚悟のある愚行だとしても、その真実は深く精神に突き刺さる。


 「…………帰りたい」


 ついさっきまでは優香に会いたいと願っていたというのに。

 そんな自分勝手な己の心に洋介は悪態をついた。

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