第17話 アイツがアイツを好きな理由

「まあ、好きになるのは当然だったのよね。自分でも自然な流れなんだろうなって思ってる」


 商店街からさほど離れていない所にある公園に洋介と優香は移動し、二人でブランコに乗っていた。商店街から離れれば喧噪は消え、陽も落ちているので遊んでいる子供達もいない。公園には洋介と優香しかおらず、漕いだブランコの錆びた音が物悲しさを告げていた。


 「私ね……教室って苦手なんだ……入っちゃうと何も喋りたくなくなって、出て行きたくてたまらなくなる……だから、今も友達が少ないの」


 全ては五月頃に始まった事だった。新しい学校生活が始まって一月が経過すればクラス内でグループが確率される。誰もがクラスの誰かと仲良くなっており、派閥のようなモノが決まるのだ。


 優香はどこのグループにも属してはいなかった。おとなしく口数の少ない優香はクラスに馴染むタイミングを失ってしまったのだ。

 次々とグループが作られていく中、優香はそれを見ている事しかできずそのまま時間は過ぎていった。


 だが、別に優香に全く友人がいないワケではない。


 唯一の友達、竹下絵里子は小学校からの親友でずっと付き合ってきた仲だ。高校に入ってもその関係は変わらず、クラスに馴染めない優香にいるたった一人の味方、それが絵里子だ。


 しかし、絵里子との関係は変わらなくとも接点は減ってしまう。


 あらゆる事に器用で要領のいい絵里子は学校で引っ張りだこの存在になってしまったのである。様々な部活や生徒会など、放課後はもちろん昼休みも多忙な生徒となり、人がいい性格なのもあって絵里子が優香と接する事のできる時間は減っていった。


 なので、優香はほとんどの時間を一人で過ごしていた。だから“標的”とされてしまったのろう。

 きっかけは何なのかわからない。ただ、気がつけば様々な嫌がらせをされていた。その“行為”はそのグループの仲の良い他のクラスにまで広がり、優香は大勢から標的とされる日々を過ごす事を強要されてしまった。

 それは巧妙で誰にもバレる事なく優香に実行されていった。教師はもちろんクラスメイトにもわかっていない。優香がおとなしい事もあって、優香への“変化”に誰も気づかなかったのだ。


 しかし、それは一月と経たず発覚する事となる。絵里子が昼休み久々に優香と弁当を食べようとした時気づいてしまったのだ。

 何の気無しに優香と肩を組むと、優香がほんの僅かに顔を歪めたのである。


 そこからは早かった。すぐに絵里子は優香の身体の“異変”に気がついたのだ。


 絵里子は優香が言った一人の生徒の名を聞くと、ソイツをブッ飛ばしにいった。

 文字通りの意味で。優香にした行為をソイツに何倍にもして“お返し”してやったのである。


 そして、ソイツから他に“行為”をしている者の名を聞くと、躊躇いなく絵里子はソイツらもブッ飛ばしにいった。怒りに怒っている絵里子を止められる者はおらず、事態収集までかなりの時間がかかった。

 優香に“行為”をしていた人数は全部合わせて二十人。その全てに絵里子は鉄拳制裁を実行し病院送りにした。この事件は学校にとって忘れられぬ事件となり、特にその現場を見た生徒は絵里子に対する認識が激変した。畏怖や怖気といったイメージしか抱けなくなってしまったのだ。


 「絵里子はホントに凄かったよ。もう、全生徒を八つ裂きするような殺気を放ってて、みんな気圧されてた。先生もみんな絵里子に対して恐怖してるのがわかった。絵里子のした事を理解してくれてる人は多いんだけど、怖がってる人の方が多いみたい」

 「……なるほどな」


 洋介が屋上で感じた視線の違和感、それはこういう事だったらしい。単純に屋上に絵里子がいるのを怖がっていたのだ。

 その日の絵里子が恐ろしかったというのは理解できる。二十人をたった一人で病院送りにするような暴れっぷりだったのだ。そんな混乱を起こした生徒を目の当たりにすれば畏怖ぐらいしてしまうだろう。


 「そして絵里子は停学になって……また私は一人になった」


 優香への“行為”は終わった。だが、それで全て解決したワケではない。

 すでに“行為”のせいで優香が抱く教室への嫌悪は一層強くなっており、元々あった人見知りもそれのせいで強くなってしまった。絵里子の一件で「優香に関わると絵里子が何をするかわからない」というクラスの噂も生まれてしまい、優香に近づく人物は皆無になってしまった。

 結果、優香は学校でなおさら縮こまる事となってしまい、マイナスとネガティブの産む噂だけが教室と校内に広がっていく。


 ただ、這いつくばり粘つき刺さる寒さだけがそこにあった。


 優香の孤独は広がっていく。

 授業中、指名されても口を開く事はできず黙るばかりで、昼休みはいつも一人になれる場所へ逃げていた。

 他人と目を合わせられず、顔を上げる事を怖がってしまう。

 聞こえない他人同士の会話は自分への悪意へ満ちているのではないかと、気になってしまう。


 眠ろうとすれば、また明日学校へ行かねばならない事実が重くのし掛かってきて、ちゃんと眠る事ができない。

 限界がきていた。これまでもこれまでだったのだ。今もまだ学校に来れているのは奇跡に等しい。

 もう、消えてしまいたくなる毎日に耐え抜く事ができない。


 だから。


 『ごめん、道がわからないんだけど、教えてくれないかな?』


 優香はその偶然に感謝した。

 登校途中、足が止まってしまった優香に声をかけた人物。

 その男子に会えた奇跡を忘れる事はできない。

 声をかけてくれなければ、優香はもう二度と学校へ行く事はなくなっていたのだから。


 『君何年生? きっと、僕と同じ学年だよね?』


 優香が崖に落ちるギリギリの所で手を引っ張り救ってくれた人物。

 それが三嶋春風だった。

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