第16話 アイツの好きな人

「なんでアンタまだこんなとこにいんのよ?」


 優香は驚いているようだった。数時間前に別れたクラスメイトがこんな所にいるのだ。そう思われるのも無理はない。

 まあ、それは洋介も同じ事なのだが。


 「そりゃ、こっちのセリフでもあるっての」

 「え……あ、いや……その」


 優香は視線を泳がしながら言い淀み、だんだん頭が下がっていく。


 「いや……その……ひょっとしているかなって……思って……勝手に離れちゃって……電話番号もアドレスも知らないからさ……謝るなら早く謝りたくて……その、ホントゴメン!」


 優香は洋介に何度も頭を下げた。


 「本当にごめんなさい。どうしても深谷から離れなきゃいけなくて…………入院中のクラスメイトが商店街を歩いてたからほっとく事ができなかったの……いや、深谷に一声かけるべきなのはわかってたんだけど……えっと、私その時凄く慌てちゃってて……」

 「ソイツって……三嶋の事か?」

 「え? 深谷って三嶋君の事知ってるの?」

 「まあ、な。さっき会って来たし」


 なんとなく答えてみたのだが当たっていたようだ。三嶋は出歩いていたと言ってたし、入院しているというのは絵里子から聞いている。それに、優香がクラスメイトという単語を使ったのでピンと来たのだ。


 「さっきって……あれ? 三嶋君連れ帰って無理矢理ベッドに寝かせたはずだけど……まさか、また無理に出歩いて――――」

 「なあ、蒼井」


 洋介は優香の言葉を遮りゴクリと唾を飲んだ。

 これから自分が聞こうとしている事。

 それは死刑宣告となるか否か。

 臆病な自分が優香の返答を必要としている。


 「お前………………三嶋の事好きなのか?」


 直球で聞いてみた。


 「……………………………………………………へ?」


 たっぷり間を空けて優香は返事をした。しかし、何を聞かれたのかわかっていなような顔だ。返事もただ言葉に反応しただけに過ぎないようで、それ以降が続かない。


 「……………………な、何を」


 しかし、だんだんと何を聞かれたのか実感できてきたようで、その顔が見る見る赤くなっていく。


 「な、ななななななななっななな何聞いてるのよっ! バカッ!」


 赤面を見られまいと優香はその顔を途端に逸らす。洋介がその表情を見てやろうと覗き込むが、その度に優香はプイと横を向いていく。何度も繰り返すので、優香と洋介はグルグルとその場を回りだしていた。


 「べ、べべべッべべべ別に三嶋君の事なんか……その……す、すすッすす好きだとかそッんな……」

 「…………」

 「そそッそそそそ、そんなッのあるワケないッし、三嶋君の事なんかい、いいいい意識ッした事ッなんてあ、ああッあああるあるあるあるあるわわッわけななんなんなんっか……」

 「………………」

 「だ、だッいたいなッななッなななんで転ッ校しッたばッかりッのあんッたにそッんなこッ事ッをいッ言わッれッなきゃいいッいいいッけなッいのッてっののの」


 優香が回転を続ければ続ける程動揺は大きくなっていく。


 「春風君なんて……べ、別になんとも思ってないわよ」


 本人も自覚しているのか、赤い顔がさらに赤くなっていった。


 「……決定だな」

 「な、何がよ……?」


 洋介が追うのをやめると、優香も回転するのをやめる。


 「蒼井……お前は……」


 知ろうとしたのは自分である。

 知った時それを自分がどう思うのか。どう自分が受け入れようとするのかわからなかった。

 しかし、それは何にせよ悲痛なモノであるとわかっていた。

 だから覚悟はできていた。臆病であっても答えを聞く以上、その悲痛は受け止めようとしっかりと心構えをしていたのだ。

 しかし、それでも。


 「三嶋が……好きなんだ……な」


 ショックなもんはショックである。

 優香は否定しているが、あんな態度をしている以上バレバレである。意識しまくっているのは間違いなく、それが好意によるモノなのも決定的だ。アレを見て三嶋の事なんか何も思っていないと思う方が難しい。

 つーか、もっとうまく嘘がつけんのかこの女。


 「だ、だだだッだからみみみ三嶋ッ君の事なんか私は――」

 「三嶋のヤツ言ってたぞ。蒼井の事が好きだって」


 動揺し、あたふたとしている優香の態度と回らない呂律がピタリと止まった。

 そして、その瞬間洋介の首根っこが捕まれる。


 「オゴおッ!」


 そのままスゴイ勢いで押されていき池田屋の壁にブチ当たった。思わず悲鳴が漏れるが、優香はそんなのに構ってなどいない。


 「今なんて言ったッ!? 今なんて言ったッ!? なんか信じられない事言わなかったッ!? 魔法か奇跡でも起こらなきゃ知り得ない情報を公開しなかったッ!? どうなのねぇッ!? それは真実なのッ!? どうなのッ!? もっかい答えろ!」


 首を何度も揺さぶられ、意識が飛びそうになる中で洋介は自分にため息をついていた。

 ああ、オレは何を言ってるんだろうな、と。

 その言葉が己の心に寂しく響く間も、優香の揺さぶりは収まる所かどんどん強くなっていった。

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