第15話 アイツを待つ
辺りが薄暗くなると商店街のアーケードの明かりが眩しく目に映る。この時間帯は夕飯の材料を買いに来る主婦や仕事帰りのサラリーマンなど、九重商店街はピークタイムに突入した。不況を吹き飛ばすような活気が九重商店街を包んでおり、色んな場所から威勢のいい声が聞こえる。
「まあ、そうだよなぁ」
そんな喧噪から外れた場所、綾乃が占いをしていた裏路地に洋介はやって来ており誰に言うでもなく呟いた。
「さすがに帰ったか……」
ここに綾乃はいない。もう夜なので家に帰ってしまったようだった。綾乃が積み上げているガラクタだけがここにあり、それらにはブルーシートが被さっている。雨が降った時、ガラクタ達が濡れないようにするためだろう。
「…………戻るわけ……無いよなぁ」
もしかしたら優香がここに戻ってきているかもしれない。
そう思いやって来たが、優香は戻ってなどいなかった。
優香が戻る事に何の根拠も理由も無いのでいるはずないのだが、それでもこの事実を目の当たりするとほんの少しだがショックだった。
「いや、なんでショックなんてうけてんだよ」
優香がいないのならここに用はない。薄暗さ全開のこの場所から即時退散すべく、洋介は回れ右をした。裏路地から戻り商店街の中央へとたどり着く。薄暗い場所にいたのでアーケードの明かりが少し眩しかった。
「……オレのアホ。何て事思ってんだ」
握り拳を作りゴツンを一発頭を叩く。何気ない一撃だったが、結構痛かった。
「自分のバカバカバカバカバカバカ…………」
何を自分勝手な事を思っているのだろう。
ショックをうけたという事は無意識に優香を責めたという事だ。自分勝手な行動なのは間違いないのに、その非を無意識に一瞬とは言え他人のせいにしてしまった。中々腐った根性である。
洋介はたっぷり自己嫌悪すると、すぐにショックをうけた自分を忘れ去る。こんな勝手な自分は早々に切り離さなければならない。
「……つか、何をしたいんだろうなオレは」
病院でも思った事だが、なぜ自分は優香と会おうとしているのだろう。
会った所で意味はないのに、会わなければならない理由も無いのに、会う必要はないと判断したのに。
どうして、意味のない行動を繰り返しているのだろう。
「そう解ってるってのに……明日になれば会えるのに……学校で普通に会えるってのに」
足はスーパー『ブルーソン』と酒屋『池口屋』の間で止まっている。商店街を出て通い慣れてない通学路へ戻り家に帰らねばならないというのに、なぜ足は動こうとしないのだろう。
まだ全容を知らない商店街の探索もしようとせず、なぜ自分はジッと優香を待つように立っているのだろう。
――――君はどうなのかな?
春風の言った事がまた頭をよぎる。
春風が聞いてきた事は至極簡単だ。
どう思っているのか。
それはつまり“好きなのか”という事だ。
「そんなワケないだろ」
見えない春風に向かって呟く。自分は優香と出会ってまだ数日程しか立っていないのだ。知り合って間もないというのに好きになるワケがない。
友達というよりは知り合いというぐらいの仲で、だから親交を深めたいと思っているのだ。もっと色々付き合っていきたいと思っているのだ。
優香と仲良くなりたい。
だから優香の楽しい事探しに自分は積極的なのだ。
「そんな……ワケねぇ……」
そう、答えは明確だ。
明確なのに。
――――君はどうなのかな?
春風の言った事が頭から離れない。
なぜ離れないのだろう。なぜ、この春風の質問は今も頭からこびりついて離れないのだろう。
どうして何度も頭の中で繰り返されるのか。
それは。
「…………」
それは自分が――――
「……んなバカな」
相変わらず洋介は呆然と立ち尽くしている。
まだ洋介の足は帰ろうとしなかった。
「………………」
やるせない気持ちだけがあり、この行動の正体を教えてくれない。
本来の行動を阻害するこの“何か”は何なのだろうか。何を“意地”になって本来の行動から“抵抗”しているのだろうか。
考えても答えはでない。
答えは――
「……いや」
それは嘘だ。答えはある。とっくに解っている。
何をわからないふりなどしているのか。
最初からこの気持ちはあった。だが、認めようとしなかった。恥ずかしがり、認める勇気を放棄し、勘違いだと無意識に判断していたのだ。
しかし、判断はしても態度には出てしまう。行動には出てしまう。
「ああ……マジかよ」
始めて優香とあったあの時自分は顔を赤くしてしまった。あの顔を見た時心臓の鼓動が一瞬高くなるのを感じた。
女子の顔が迫ったとはいえ、そこに“理由”が無いならそんな事を今でも意識するワケが無いのだ。
優香の楽しい事探しは別にしなければならない理由はない。これは一つのきっかけに過ぎず、仲良くなる方法はまだいっぱいあるはずなのだ。なのに、こんな面倒な手段を選んだのはそれなりの“理由”があったからだ。
そして春風の言った言葉。もし、自分が春風に言った事が真実ならそれで“終わる”はずだ。なのにそれに納得できないのは“理由”があるからなのだ。
その理由は。
とても単純明快だ。
「一目惚れ……してたんだなオレ」
そう、好きになってしまっていたのだ。
理由などわからない。あの自殺の一件で出会ってから蒼井優香の事を好きになっていたのだった。
「だから……か……」
そして、だから自分は来るはずのない優香を探したりしているのだ。
春風の事をどう思っているのか知りたいと、気になって気になって仕方がないのだ。
好きな女子を好きな男子がいる。しかもソイツはイケメンで爽やか抜群なクラスメイト。
その春風を優香がどう思っているのかと気になって、こうして自分は宛も根拠もなく探しているのだ。
「あー、なんてバカな行動してんだよオレ」
洋介は自分が臆病である事を自覚した。
結果はどうあれそれを知らなければ怖くてたまらないのだ。気になって優香の事しか考えられなくなるのだ。
ある意味この行為は勇気ある行動と言えるが、どちらかといえば蛮勇と言うべきだろう。もし優香が春風の事を好きだったら自爆に等しくなるのだから。
それに、普通好きな男子を教えるワケがない。聞いた所で誤魔化されるか、無視されるか、変なヤツと怪しまれて終わりだ。教えてくれる保証は何処にもない。
「ホント……バカだなぁ」
だが、それでも優香が春風をどう思っているのか、それがどうしても気になってしょうがない。
不器用で仕方ない思いが洋介を無駄な行動に駆りたせ、未だ裏路地への入り口から動かそうとしない。
「はぁ……」
もう随分時間が過ぎてしまった。優香はとっくに家へ帰っている事だろう。
そう、優香は帰っているはずで、現れないのは当然で、自明の理で。
ここで洋介が待っているのはただの自分勝手で、臆病な自分を象徴している以外の何物でもなく。
広がる商店街を行き交う人々は誰も洋介の事など見ておらず。
「……深谷?」
そんな中彼女の声が聞こえた。
「…………え?」
優香が目の前にいた。
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