第14話 アイツが謎
「どうって……」
優香が好きだと発言した春風の真意はわからない。嫉妬に駆られてのライバル発言か。それとも、好きな子とイチャイチャするなという自己顕示欲を見せたのか。
しかし、そのどちらであっても意味は不明だ。ライバル発言だったとするならまだ自分は優香と出会って一週間も経っておらず、とてもライバルと呼べる関係にはなり得ないし、嫌悪されたくないなどと言わないだろう。
自己顕示欲を見せたのだとするなら自分の優香への気持ちを確認するのはおかしく、そんなの関係無しに「蒼井優香に近づくな」とでも言って脅すなりする方が自然だ。もっと優香を愛している自分を誇示するだろう。
それに、春風はそういった“小物”ではないように思える。そんな人物でないから、発言に威圧があるし凄みを感じるのだ。
「……まだ出会って一週間も経ってないし、これから色々と付き合って仲良くなりたいと思ってるよ」
これは洋介の正直な気持ちだった。友達になりたいのは本当だし、これから仲良くなれればと思っている。
少しその言葉に“物足りなさ”を感じるが、嘘ではないのだから問題ない。
「ふーん……そうか……」
その発言に春風は顎を擦りながら、洋介の様子を伺ってくる。
「ちょっと聞きたいんだけど……深谷君は何処で優香ちゃんと知り合ったのかな?」
「何処って、学校に決まってるだろ。転校生なんだから」
「本当に?」
心を覗き込むようなその視線。
ドクンと洋介の心臓が一際大きく音を立てた。
「本当に優香ちゃんと知り合ったのは学校?」
聞き直してくる。勘が良いのか春風は洋介の発言を疑っているようだった。
「……学校だよ。そこ以外で知り合える場所なんてないだろ」
「……………………」
しかし、だから何だと言うのか。優香と知り合った場所が学校でなければ、それは春風にとって何を意味するのだろう。別に人と知り合うのは何処でもいいだろうし、そんな気になる事のようには思えない。
「うーん、深谷君は絶対優香ちゃんと特別な出会いをしたと思ったんだけどな」
頭を掻き「違ったかー」と洋介を変に疑った事を春風は謝った。
「でも、深谷君が優香ちゃんと出会ってくれて……少し安心できたな」
「どういう事だよ?」
「ハハハ、そのままの意味だよ。っと」
春風は待合室にある時計を見上げ、時間を確認すると立ち上がった。
「深谷君、君と会えてよかったよ」
「…………ん?」
春風が手を差し出してきた。どうやら洋介に握手を求めているらしい。
「出会いの記念という事でさ」
「握手して欲しいとか、変なヤツだな」
断る理由もなかったので、洋介は春風と握手を交わした。
「これからも優香ちゃんと仲良くしてあげて欲しい。お願いするよ」
そう言うと春風は病院の奥へと去っていった。去り際に「さようなら」と手を振り、洋介もそれに返すように手を振った。
通路に隠れ、すぐに春風の姿は見えなくなる。
「なんか変なヤツだったな…………ん?」
春風が去って行った方向――――それに洋介は首を傾げた。
その方向は病棟に続く通路だったからである。出口には向かわず、春風は病室に向かっていったのだ。外に出たわけではない。
「……誰かの見舞いに行ったのかな?」
一瞬、患者なのかと思ったが、それなら学生服など着ていないだろう。誰か知り合いが入院しているのかもしれない。
「オレも帰るかな」
これ以上ここに残っていてもしょうがない。次に優香と会った時はアドレス交換をしておこうと胸に決め、洋介は病院の出口へと向かう。
「…………」
出口までの短い道のりで、さっき知り合った春風の事が思い浮かぶ。
『君はどうなのかな?』
この言葉が発せられた際に春風から出た凄み。アレは一体どういった意味で発せられたモノだったのだろう。
この言葉により優香に対し自分はどう思っているのか。それも当然考えてしまう部分はある。
しかし、それ以上に春風の方を考えてしまうのだ。あの凄みの正体は何だったのかと。なぜあんな威圧を自分に向けたのだろうかと。
何を――――春風は自分に言わせたかったのだろうと。
洋介が出口にたどり着くと、直ぐさま自動扉の開く音がした。誰かが九重病院に入ってきたのだ。しかし、洋介は考え事をしており俯き歩いていたせいで前を見ていなかった。
そして、相手も前が見えないくらい大きな花束を抱えて前を見ていなかったため。
「きゃっ!?」
「おうッ!?」
衝突した。ボウンと音が聞こえるような見事な衝突とともに花束が地面に転がったが、バラバラに散らばらなかったのは幸運に間違いない。
そして、洋介の視線がちょうどソコを見てしまっていたのも幸運に間違いない。
「アタタタ……」
九重高校の赤いブレザー。しかし、そこに座り込んでいたのは春風ではない。
竹下絵里子が痛そうに腰を擦っていた。
スカートの中をモロに見せながら。
「うぬぅ……」
膝を上げているので、下着と同時に肉付きのよい健康的なフトモモも一緒に目に映り、目のやり場に困る光景が一点集中で展開されていた。洋介はすぐに目を逸らそうとしたものの、数秒ほど凝視してしまった。
男の性というモノである。仕方なし。
「ご、ごめん竹下ッ!」
ちなみに緑だった。てっきり白かと思っていたのでちょっと洋介は驚いた。
あと、熊さんといったデザインは刺繍されていない。
「イタタタタ……あ、別に気にしないで大丈夫。たいした事ないからさ」
「い、いやそうではなくて……い、いや! そうでもあるんだけど!」
「ん?」
慌てて視線を逸らし二重の意味で洋介は絵里子に謝った。当の本人はわかっていないようで洋介はホッとする。
「深谷君の方こそ大丈夫? かなり派手にぶつかったけど……って、そういえばなんで病院なんかに深谷君が?」
「え? あ、ああ、えっとその……町歩いてたら来ちゃってさ。オレって探検とか好きだから、知らない所にはフラッとやってきちゃうんだよ」
優香を探しに来たとは言えなかった。ここにやってきた経緯を説明すると長くなりそうだし、大袈裟な誤解を与える可能性もあるし、それに何より恥ずかしかった。
「ふーん、そうなのか。よし、その説明了解!」
信じてないのか冗談交じりに言ってるだけなのか、絵里子はウンウンと何度か頷いた。
「竹下は誰かの見舞いか? こんな大きな花束なんか用意して……つか、ホント大きいなコレ」
本当に大きな花束だった。様々な種類の花が入り交じっており、さらにその花達は早朝ラッシュの電車のようにギッシリと固められている。
花束の量は呆れる程で重量はかなりありそうだった。持ってみると、ズシリと腕が引っ張られるような感覚に襲われとても持ち歩けるような重さではない。
花束のくせに鉄の塊のような重量がある。
その重さはなんというか“敵意”を感じさせた。
「ん? ああ、その通りだよ。ずっとずっと入院してる知り合いがいてね。ついにソイツが退院できそうだってんで奮発してやったのさ」
絵里子はその大量の花束を片手で簡単に持ち上げると、それを海賊旗のように勢いよく天井へとビシリと向けた。
かなり重いはずだが、どうやら絵里子にとっては問題ないらしい。
「まあ、これだけの花を用意してやったからね。喜ぶとか通り越して困らせてやろうと思った所存だよ。いや、むしろ困らせる……春風のヤツめ……フフフ」
ヒヒヒとも言った気がする絵里子の笑みは本気に近い邪悪を放っていた。気迫まで感じる。
どうやら言った事は冗談というワケではないらしい。
いや、そんな事よりも。
「春風?」
聞き覚えのある名字に思わず洋介は反応した。
「ああ、そうか。深谷君は知らないんだったね」
あんのヤローの事を、と続けると絵里子は言った。
「三嶋春風はウチのクラスメイトなのよ。深谷君の隣の席が空いてるでしょ? あそこがヤツの席なんだ」
「……な……に?」
今更知った新事実だった。てっきり春風は違うクラスなんだと洋介は勝手に納得していたが、それはどうやら大きな勘違いだったらしい。
(……たしかにオレの隣の席は空いてたけど……アイツの席だったのか)
こうして洋介は三嶋春風は同じクラスメイトであり。
そして、蒼井優香を好きな人物である事を知った。
病院内で制服を着ている意味はわからなかったが。
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