第13話 アイツと会う

 「で、でかい…………」


 洋介は一人ビビッていた。

 九重病院は思ったより大きな建物だった。十階以上の建物であり、吹き抜けを囲う通路は軽くジョギングができるくらいに広い。おまけに案内板を見れば、これと同じ建物が隣にもあるらしく病棟だけでも相当の部屋数があった。


 「…………これじゃ探しようがないな」


 と言っても、ただ九重病院に優香がいるというだけでも探しようがないのだが。


 「はぁ……」


 大量の椅子が並ぶ待合室で、一人洋介は腰を下ろしため息をついていた。

 受付時間は終わっているので洋介のいる病院本館の一階には誰もいない。洋介の吐く息すら聞こえそうな程静まりかえっており、世界から弾き出されたような錯覚を受ける。


 「何やってんだろ……オレ」


 優香を探しにこの病院までやってきた。しかし、会った所でどうすると言うのだろう。なぜ会おうとしているのだろう。

 また楽しい事探しを再開するというのか。しかし、もう夕方近いので再開すれば夜になってしまう。それに再開したとしてもまた町をうろつくだけで終わってしまうだろう。


 「………………」


 勝手に去って行った優香に怒っているワケでもないし、是が非でも会いたい理由だってない。言ってしまえば今日洋介は優香に誘われたから付き合っただけだ。交流を深めたいというのはもちろんあったが、別に明日になればまた優香に会える。


 「…………」


 少なくとも今日優香に会わなければならない理由はない。

 その事実に今気づく。


 「帰るか……」


 考えに耽っていたからだろう。それにここには誰もいない、誰も来ないと認識していたのもあるかもしれない。

 だから、ソイツがいた事に洋介は気づけなかった。


 「君、九重高校の生徒?」


 ソイツは遠慮のない口調で話しかけてきた。


 「うおッ!?」


 隣の席から突然声が聞こえ洋介は悲鳴を上げた。

 誰もいない待合室で、しかも自分のすぐ隣に突然人が現れたのだ。囁かれたような小さな声であっても、心臓がえぐり出るくらい驚愕するのは無理もない。


 「ハハ、別にそんなに驚かなくてもいいじゃないか」


 洋介の隣にいつの間にか座っていたその青年は驚く洋介が面白いと言わんばかりの、しかし爽やかオーラ満載の顔を洋介に向けた。


 「シーンとしてる場所でいきなり声かけられたら驚くわ!」

 「あれ? そうなのかい? 意外とガラスハートだね」


 何か可笑しかったのか「ハッハッハ」と青年は笑い始めた。

 色素の薄い色白の肌が目立つので健康的とは言い難く、病弱な印象を受ける青年だ。さらに痩せた体型なので、その病弱な様には拍車がかかっておりこの場で倒れても不思議ではないように思える。

 しかし、整った顔から出る溢れんばかりの爽やかな笑顔は、そんな病弱なオーラを打ち消しており青年の顔を明るく見せていた。

 患者かと思ったがその考えはすぐに払拭された。その青年が自分と同じ九重高校の制服である赤いブレザーを着ていたからだ。患者なら九重高校の制服を着て院内を歩いたりなどしない。この青年は病院にいる誰かを見舞いに来た生徒なのだろう。

 が、そんな同生徒がなぜ自分に話しかけたのか。


 (……誰だコイツ?)


 こんな爽やか病弱人を見たなら確実に覚えていそうなのだが、こんなヤツ洋介は知らない。少なくともクラスメイトでない。

 しかし、洋介はこの青年から親しそうに話しかけられている。もしかして何処かで会った事があるのだろうか。


 (うーむ……)


 やはり記憶には存在しない。


 「九重高校の赤いブレザーはこの辺じゃ目立つからね。すぐにそこの生徒って事はわかったよ」


 青年の笑顔が眩しく映る。


 「僕、三嶋春風(みしまはるかぜ)。君は?」

 「え? えっと……その……オレは深谷洋介」


 見ず知らずの男と洋介は自己紹介をしていた。いや、見ず知らずの人物にするのが自己紹介なのだが、何かおかしい気がする。

 ひょっとして絡まれているのだろうか。周りに仲間がいるんじゃないかと左右前後を確認するが人の気配はない。上下も同じだ。


 「別にケンカしようとか思ってなんかないよ」


 洋介の心は読まれていた。


 「ただ、君に興味があってね。勇気を出して話しかけてみたんだ」


 ハハハと笑っている姿は洋介への失笑だったのだろうが、その顔に嫌味な所は一つもない。全身から出る爽やかさにかき消され、見ている方が笑顔になってしまいそうだ。異性であればその顔にときめき、恋へと発展させてしまうのに早々時間はかからないだろう。

 好青年という単語の固まりが洋介の目の前にいる。

 こんな人類が存在するモノなのだなと、洋介は感心した。


 「って、興味がある?」

 「うん、どんな人なんだろうってね。いつも君の事を考えていたんだよ」

 「………………」


 その春風の発言に洋介は一歩引く。

 いや、マジで何者だコイツ? 

 ストーカーか何かだろうか。自分は知らないのに相手は知っており、好意のようなモノまで示されると正直どう反応していいのかわからない。

 もしやナンパか? 今自分は“そういった趣味の人”にナンパされているのだろうか。だとすれば、もっとどう反応すればいいのかわからない。

 というか想像したくない。


 「ああ、ゴメンゴメン。初対面でこんな事言われたら驚くよね」


 顔を強ばらせた洋介に気がつき、春風は頭を掻きながらハハハと笑った。


 「僕のクラスにね、君の事を話してくれた子がいるんだ。その子から話を聞いて興味を持ったんだ。声をかけて迷惑だったかな?」

 「へ? あ、ああ……いや、全然そんな事ないけど」


 どうやら考え過ぎだったらしい。洋介は心の中でホッと息をついた。こんな爽やか美少年が異性に興味を持っていなかったなら、さぞ校内の女子はがっかりする事だろう。

 …………いや、むしろ夢中になるのだろうか。


 「なら、よかった。話しかけといてなんだけど、もし嫌悪されたらどうしようかと思っていたんだ。興味を持った人物に嫌われる事程ショックなモノはないからね。死んでしまうに等しいダメージだよ」

 「死ぬとか大袈裟だな……」


 以前、その片鱗を某クラスメイトで見た事があるが。


 「いや、決して大袈裟なんかじゃないよ。僕にとっては、そのくらいの事なんだ。死ぬに等しいダメージなんてモノはこの世に溢れんばかりに存在しているからね。みんなそれを回避しつつ生きようとしているけど、それは中々大変な事なんだよ」

 「……はぁ」


 何か途中で話が変わったような気がするが特に気にしない事にする。洋介にとって春風の言っている事は意味がわからなかった。いや、普段考えないような事を言われたので脳が受け付けないのだろう。

 とりあえず洋介は春風の認識を『爽やかな青年』から『爽やかだが変な青年』に変更した。


 「しかし、まさか君に会えるとは思わなかったな。今日、君を捜しに町を歩いていたんだけど、こんな所で会えるなら町なんか出歩かなきゃよかったよ」

 「…………」

 「まあ、町中をちょこちょこ歩くだけじゃ可能性がゼロに近いとは思ってたけどね。探さずにはいられなかったんだ。町中じゃ僕の視線全てが君を捜していたよ。でも、やはり神様というのはいるのかな。最後の最後で僕の願いを聞いてくれたみたいだ」

 「…………お前、やっぱホ○だろ?」

 「それは断じて違うよ。僕は君に興味があるだけさ」

 「…………」


 本当か? と、思わず洋介は訝しんでしまう。発言が少々危険なので、こう思ってしまうのは仕方がない。


 「まあ、町を歩くのは面白いから好きなんだけどね」


 洋介の春風への認識が『爽やかだが変な青年』から『爽やかだが変で危険な青年』へさらに変更された。

 当然今後も変更される可能性は大である。


 「ハハハ、興味を持ってしまうのは許して欲しい。これはしょうがない事なんだ」

 「何がしょうがないんだよ」


 と、呆れたように洋介が言うと。


 「蒼井優香ちゃんが君の事を話すからね」


 わざわざ春風はフルネームで優香の名前を言って。


 「僕の好きな人が話すんだもん。興味ぐらい持つさ」


 あっさりと、洋介に思わぬ事実を告げた。


 「へ……?」


 洋介はその発言に思わずパカリと口を開く。


 「好きって……はい?」

 「言った通りだよ。僕は優香ちゃんが好きなのさ。個人的好意を持っていると言うべきかな? まあ、つまりラブって事さ」


 臆面もなく顔の表情も一切変えず、サラッと春風は言ってのけた。言う事を恥ずかしがってなどおらず『昨日の夕食はカレーだった』と答えるくらい簡単に言った。


 「だから気になるんだよね。優香ちゃんと親しい男子の存在はさ」


 春風が洋介の目を覗き込む。しかし、そこに圧迫や威圧というような力は感じない。不思議な表情と視線だった。


 「君はどうなのかな?」


 そう聞いてくる春風にやはり変化は無い。変わらぬ爽やかな笑顔のままだ。悪意など全く感じさせず、見る者全て和ませる表情をしている。

 しかし、その笑顔は同時に鉄壁の笑顔とも言えた。全くその表情に変化が無いので春風の考えが読めないのだ。崩れぬ表情により空気や雰囲気を掴ませず、洋介の“正直な気持ち”を引きだそうとしてくる。

 威圧的だった。軽くて、あっさりで、簡単に言ったモノだが、そこには何か“凄み”と呼ばれるモノがある。

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