第9話 アイツが謝る
「なん……だと?」
洋介が放課後帰宅途中、またもソイツはその場所で現れた。
「何でそんなに驚いてんのよ?」
例の空き屋の前を通りかかると、昨日と同じくそこに優香がいたのである。
昨日、あんな別れ方をしてしまったのでどう会えばいいものかと悩んでいたのだ。話を聞いてくれなければ、謝罪も何もあったものではない。
「え、いや……その……な、お前教室にいなかったから……うん、だから驚いてだな……」
「別にそれって、全身固まるくらいビックリするような事じゃないでしょ」
今日、優香は教室に現れなかった。欠席していたのである。
学校側にも連絡がいってなかったようで担任の渋谷は心配していた。絵里子も同じなようで、何やら不安な表情を見せていたのを覚えている。
だが、その後の渋谷と絵里子には別段変わったところはなく、洋介が絵里子に優香の欠席の理由を聞くと「病院行ってるみたいね」と一言だけ告げた。
優香は何かの病気なのかと思ったがそれ以上絵里子は何も言わなかった。
続きを聞く事はできたろう。だが洋介はそれ以上聞かなかった。優香との話題にしようと思ったからである。謝罪にまで持って行く“とっかかり”の話題を洋介は持っていなかったため、深く理由を聞く事をやめたのだ。
何気に話せる話題というのはとても大事なモノである。それは本命の話題にたどり着くための道となってくれるからだ。
明日は学校に来るだろうから、その時に昨日の件を謝ればいいだろう。そう、明日謝ればいいとずっと洋介は自分に言い聞かせていたが。
「………………」
「…………何ジッと見てんのよ。気持ち悪いわよ」
こうして不意打ちをくらった。
欠席していたので今日会う事はなかろうと決めていたため、優香との遭遇は桶狭間の戦いの今川義元の気分だった。
(というか、何でこんなに追い詰められた気持ちになっとんだオレは!?)
ふと、優香の事で悩んでいる自分の事が思い起こされる。
とっかかりの話題を欲しがったり、優香との思わぬ遭遇に動揺しまくったり、さらにそのせいで全身が固まったりするとは。
どうも自分は思ったよりも昨日の事を思い悩んでいるらしい。
なんか、今それを実感した。
「あ、その……えーとな……」
思わぬ遭遇であるとはいえ、優香とここで会えたのはラッキーといえる。この気持ちはおそらく優香に謝れていない事から発生しているので、さっさと謝ってこの意味不明な動揺を解消する必要がある。
「昨日の――――」
「昨日はゴメンッ!」
だが、謝罪は謝罪によって遮られた。
なぜか、というべきなのか謝ったのは洋介ではなく優香の方だった。
「私が深谷に楽しませろとか言って、無理矢理付き合わせてたのに勝手に帰っちゃって……おまけに暴力まで振るったし……ホントごめん」
「あ、ああ……別に気にしてないけど……」
「……ホントに?」
何処で覚えたのか元からそうなのか、見上げるように不安な眼差しを洋介に向けてくる。 容姿が悪くないのもあって、その視線は心臓を高鳴らせるのに十分なモノだった。
(ぬぐ……)
思わず顔が赤くなりそうになり、洋介は無理矢理その反射を押さえ込む。
代わりに耳が赤くなっただろうが、気づかないで欲しいと心の中で必死に祈る。
「ホントにホント? ホントに何も気にしてない?」
一回だけでは不安なのか、優香は即座に何度も洋介に確認してくる。
なぜそんなに不安気になっているのか意味不明だ。
「全然気にしてないって。むしろ、謝るのはこっちだし。昨日、あんな事してこっちこそゴメン」
洋介は優香に頭を下げる。
先に謝られた事でずっとあった焦燥感や不安感といったものが削がれ、洋介はごく普通に謝れた。教室での優香とのやり取りと比べれば信じられないくらい自然だった。
「え? あ、あああ! も、もう別にいいわよ! 過ぎた事は気にしない! 気にしない! 気にしないッ! 気にしないッ! 気にしないッ!」
言われて昨日の“あんな事”を思い出したのか、優香は突如顔を赤くして「気にしない」を連呼し始める。
どうやら昨日の事、間接キッスはとても気にしているらしい。
「で、何やってたんだこんな所で?」
「気にしないッ……え? 何やってたんだって、そんなの決まってるじゃない」
アタフタと慌てている優香を落ち着かせるべく、別の話題をと洋介は問いかけた。
まさか……と思う気持ちの方が強いが、優香の返答は予測できる。
しかし、その返答の内容はそんなにも優香にとって意味のある事なのだろうか。昨日と同じ驚きを隠せないのが正直な所だ。
(なんで……)
どうして自分なのだろうか。ソレを探すなら、転校したばかりの自分ではなく絵里子なりと一緒に探せばいいはずなのに。
「今日も私に楽しい事はあるって、教えてくれなくちゃ」
学校は休んでも、洋介との楽しい事探しは休まない。
きっとコレは優香にとって重要度の高い事なのだろう。実行せねばならない大事な予定(イベント)なのだろう。
そう思うと、不思議と洋介の中で優香に対しての興味がさらに沸いてくる。
そして優香の方はどうなんだろうな、と。
ふと、洋介は考えていた。
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