第8話 アイツと一緒に飲食店

カタコトの日本語で金髪の外国人が入店した二人を出迎える。

出迎えると言っても、店内は狭いカウンター席のみで、声をかけられただけだったのだが。


 「券売機はアチラだヨー。テキトーに選んで注文シテネー。シテシテプリーズゥ」


 カレー専門店ランランサマー。駅前という立地で安い価格の料理を注文できるので、サラリーマンはもとより学生も多く利用している飲食店だ。ちなみに、カレー専門店とあるがラーメンや牛丼も用意されており、券売機にあるメニューは多岐に渡っている。


 店主はイタリア人男性【ドラド・ポップティート】


 イタリア人が個人経営しているのに、イタリアに関係する料理が一つもないのもこの店の大きな特徴だ。ちなみに店内のBGMには統一感がまるでなく、邦楽に洋楽、はたまたクラシックやインディーズバンドの曲まで流れるので、意味不明ラインナップが流れている。はっきり言って落ち着かない。

 いつもならランランサマーはドラド一人経営のため忙しそうにしているのだが、今は丁度客足が途切れた時間帯らしく、店内には洋介と優香の二人しかいなかった。


 「いいねぇ! いいよぉ! テンション上がりまくりの店内だぁぁ! これがギャップ萌えってヤツかもしれないなぁ!」

 「オー、小僧サマサンキューベリマッチ。お褒めにアリガタ至極ってる光栄極みダヨー」


 英語と屈折しまくった日本語でニッコリと嬉しそうにドラドは返事をした。


 「お嬢のサマーも券売機にドゾー、お好きメニメニメニュー頼むヨロシネー」

 「……相変わらず変な日本語ね」


 ドラドに促され、優香は券売機の前へ移動していく。そこには目をキラキラさせて券売機メニューを見ている洋介がおり、優香はその横に割って入った。


 「のわぉ!? 何するんじゃい!」


 千円を入れ、どれにしようかと悩んでいる洋介の前で優香は【ドドドカレー】のボタンを押した。


 「おおおお!? 何勝手に注文決めてんだよッ!」


 出てきたおつりを回収し、半ば強制的に洋介へと押しつける。


 「うっさい! アンタが決めるの待ってたら日が暮れちゃうわよ」

 「何!? メニューで悩むのは全国万人誰しも同じ事だろう!」

 「全国万人の皆様は注文さっさと決めろって思うわよ!」


 続けて優香も千円札を投入し【ドララバーガー】のボタンを押す。


 「ハァイ、注文ウケタまわりですネン。席でお待ちくだサレーな」


 二枚の注文票を受け取りドラドは料理を開始する。その間も洋介は忙しなく店内を見回し興奮し続けた。


 「落ち着かないヤツねー。そんなにココが珍しいの?」

 「人に生まれた以上、好奇心を隠せず興奮してしまうのは天命と言えるだろうさ!」

 「……ずっと言おうと思ってたけど、アンタ性格変わってない?」

 「何を言う! ちょっと興奮しているだけさ!」

 「………………」

 「ハッハッハー。久しぶりに来たと思ったラー、見ない小僧サマ連れてるネー、お嬢のサマー。アハッハッハー」


 そんな二人のやりとりを見て、ドラドはとても面白いと笑った。当然、その間も料理を仕上げるべく手は動いている。


 「久しぶりって……?」


 ドラドの発言に優香は首を傾げた。


 「知ってイルルンバーよ。私、記憶力がとてもジンマシンなのネー。一度来たお客サマーの事忘れた事ナイですタイ。来店時間も正確に覚えてマッスルタイム。お嬢のサマーは、今まで六回私のミセーに来店してオルトよー。いつも十六時から十七時の間キトリますネー」


 フフンとドラドは鼻を鳴らす。ジンマシンとは何の事かわからないが、おそらく自慢と言いたかったのだろう。


 「…………え?」


 そんなドラドの真実に優香の顔が青くなる。


 「意外だヨー。だってお嬢のサマは――――」

 「あ、あああああああああああッ! アーッ! アーッ! お、お水ッ! お水おいしー!」

 「オイシ? ソンナわけない。ソレ、我が故郷っポイ所から取り寄せた水道水でスヨー?」

 「そ、そうなんですか……で、でも、とてもおいしいですよ……えと……この水道水……」

 「ソウ?」


 続けられようとしたドラドの台詞をワザとらしく遮る優香だったが、特にドラドは気にしていないようだった。物珍しげ状態を続けている洋介も同じである。


 「………………」


 優香は思い切り頬を赤くし顔を伏せた。さっき出した大声がかなり恥ずかしかったようだ。


 「ならば、お褒めにアズカリー恐悦しごクッテルヨー」


 優香の態度を知ってか知らずか、褒められた事をニッコリと笑顔でドラドは感謝した。


 「そこの小僧サマは初見ネー。ようコソコソ我が店ヘー。ゆっくりしていってね! じっくり味わってッテネー」

 「もちろんです! 店主の味、しかと堪能させてもらいますよ!」

 「ハッハ、これは異な事をイウナー」


 理解しているのかしてないのか、洋介と変な日本語使いのドラドは会話を続けていく。洋介はドラドの話を熱心に聞き続け、その様子を優香は呆れてみていた。


 「ヘイ、お待ちンド。名物カレーと名物ハンバーガーだヨ」


 注文したモノができあがり、湯気を立てつつカレーとハンバーガーが二人の前に出てきた。食欲をそそる匂いと盛りつけが洋介と優香の味覚を刺激する。


 「ほお! これはうまそうですな!」

 「ウマイよー。ホッペはサバンナ街道一直線ヨー」

 「…………いただきます」


 冷ややかな視線で洋介とドラドを一瞥すると、優香はハンバーガーにかじりつく。それに洋介も続くようにカレーを口の中に入れ、じっくりとその味を堪能する。

 すると何とも形容しがたい味が洋介の中で広がり思わず笑みがこぼれた。涙が二リットル程流れるのをギリギリで耐え抜き、なんとか二口目のスプーンを動かす。

 三口目は勝手に手が動き頬張った。四口目は手を動かした記憶がないのに食べていた。


 「素晴らしい! 素晴らしいよマスター! このまったりとしてコクのある感じがたまらないね!」

 「どもドウモー。料理人の嬉しさ、小僧サマの嬉しさダヨー」

 「蒼井! お前の方はどうなんだよ!」


 洋介はグルリと優香のハンバーガーへと注目視線を変更する。


 「ごちそうさま」


 しかし、そこにハンバーガーの姿は確認できない。皿の上に僅かにこぼれているパン屑を見るに、どうやら優香は平らげてしまったようだった。


 「早ッ!?」

 「深谷が食べるの遅いだけでしょうが」

 「オオー、いつもナイアガラ見事な食べっぷりデスケンねー」


 優香はピッチャーからコップに並々と水を入れ一気に飲みほす。食べっぷりは見れなかった洋介だったが飲みっぷりは見れた。見事な早飲みだった。

 昼休みに食べた弁当の時は普通の速さに見えていたが、こっちが優香本来の食べっぷりなのだろうか。学校では猫でも被っていたのかというくらい早い。


 「ぬぅ~、しかしそれではしっかりとドラド氏の味を堪能できていまい」

 「できてるわよ。ドラドさんの料理が安くて美味しいのは十分知ってるし」

 「いいや! できていないッ!」


 その時、洋介は信じられない行動に出た。


 「へ? おぐうッ!?」


 素早くスプーンにドドドカレーを注ぐと、それを優香の口の中へいきなり突っ込んだ。予想できない上に、食べ終わって息をついていた優香に口を閉じる暇はない。

 美味しいカレーの味が強制的に口へ中に広がり優香は飲み込みざるを得なかった。

 優香の喉がゴクリと音を鳴らす。


 「あんな早く食べて味がわかるわけない! なので、不本意だがお前にはオレの注文した料理を食べさせるとついさっき決定した。さあ、ゆっくり咀嚼し味わい飲み込むといい!」


 「ウンウン良い事したなぁ」と納得する洋介の隣で、優香は顔を俯け身体をブルブルと振るわせていた。


 「こ、この…………」

 「なんだ? 身体そんなに震わす程…………ん?」


 と、ここで洋介の思考が突如冷却されていく。ある程度同じ場所にいた事でテンションが下がっていき、普段の自分が戻ってきたのだ。

 自分なんかやっちまったような気がする。

 いきなりカレーをクラスの女子に口に突っ込んだ。

 これは、何だかトンデモない部類に属される行為ではなかろうか。


 「あ、あああ……あんたは……」


 そのカレーを救ったスプーンは何度も己の口へとカレーを運び食べていた代物だ。

 つまり間接キスが行われた。

 しかも缶ジュースのような生やさしい間接キスではない。あのスプーンは己の唾液で間違いなくたっぷりとコーティングされており、そんなスプーンを優香の口の中に突っ込んだのだ。

 もはやそれは、優香が洋介を食べたと言っても過言ではない。

 洋介が自らを優香へ差し出し食べてもらったと言ってもよい。

 そして多分きっとおそらく決して、それは許される行為ではなく。


 「あ、あのー、蒼井優香さん……?」

 「な……なななな……」


 優香はカタパルトから発射されたF―16のように勢いよく顔と腕を振り上げ睨み付け、その眼光と威圧感に洋介は恐れおののいた。


 「あ、あのですね! ちょっと性格的にハイになる時がありまして、その際のオレはオレでありながらオレじゃないので、カレーの件は不問とかそんな感じにしていただけると――――」


 言い訳をするも優香には届いていない。証拠に優香から殺意は消えておらず、掲げられた手は水平に構えられ、いつでも打ち下ろせる準備が整っており。


 「なんて事すんのよバカぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「おごおッ!?」


 ゲージ三本は使う超必殺技のごとくチョップが洋介にヒットした。

 優香の叫びとともに流星となって打ち下ろされ、洋介の頭部に痛恨の一撃が見舞われた。HPゲージが一気にレッドゾーンへと突入し瀕死状態になり、たまらずうめき声を漏らす。


 「おおおお…………」

 「バカッ! バカッ! 大馬鹿ッ!」


 優香は頭を擦りながら呻く洋介を放って店を出て行った。相当に恥ずかしかったらしく、顔を赤くして目に涙まで浮かべていた。

 恋愛ゲームであればフラグが折れた瞬間だろう。


 「あぎぎ……べ、別に泣かなくてもいいだろ……」


 間接キスしたとはいえ、まさか泣く程嫌だったとは。その事実に洋介はかなりショックを受けた。頭部にくらったチョップはかなり痛いが、それ以上のダメージを精神にくらっていた。


 「マあマアま。そんなにオチコむナよー。人生谷の後には山がくるサー」

 「………………」


 ドラドは自分を元気づけようとしているんだな、と洋介は認識する事にした。

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