第6話 アイツと話す



弛緩しきっている身体の横腹に決まった見事なケンカキックに洋介は思わず呻き、その場に伏せてしまう。


 「おおおおお……」


 呻きながらも蹴りの方を見ると、そこには今日昼食を共にした女子が立っていた。


 「やっと出てきたわね。遅いってのよ」


 蒼井優香は不満そうに洋介を見下ろし、自身の黒髪をいじりながらヤレヤレとため息をつく。


 「絵里子とダラダラ喋ってるんじゃないっての。おかげで随分ここで待つ事になっちゃったでしょうが」

 「おおおおおお……」

 「あと、教室で私の事ジロジロみないでよね。隣の席でそんな事されると気になってしょうがないから」

 「おおおおおお……」

 「自己紹介の時は私の方見て驚いたような顔してたし」

 「おおおおおお……」

 「弁当食べてる時までチラチラ見ないで、キモいから」

 「おおおおおお……」

 「変な声出すわねー。持病持ちなの?」

 「お、お前のせいやろが……!」


 ダメージに苦しみつつも、洋介はヨロヨロと立ち上がり優香を見据えた。


 「いきなり蹴りなんぞ入れやがって……」

 「だって、アンタ私を無視して通り過ぎようとしたんだもの」

 「だからって蹴りはねぇだろう蹴りは! つーか、お前は何者だ!? キャラが変わりすぎだろ!」

 「ほらほら、そんな事はどうでもいいから」


 洋介の言う事など何処拭く風で、優香に反省の色は全く見えなかった。むしろ蹴った事など覚えてないくらいの勢いだ。

 さらに別人…………いや、元に戻ったというべきなのだろうか。そのギャップに思わず洋介は目をこする。当たり前だがいくらこすっても目の前に立つ優香に変化はない。

 文句を十も百も言わねば気が収まらない洋介だったが、その口を優香の人差し指に阻まれ、次の一言によって文句は封印された。


 「昨日の約束覚えてるでしょ?」

 「や、約束?」


 ?マークを浮かべる洋介だったが、それが何の事であるかすぐに思い当たる。


 「約束って……あの昨日の事?」

 「それ以外に何があるってのよ」


 呆れたように優香が言ってくる。洋介をジト目で見てくるその様子はバカにしている以外にありえない。

 自分を見ても何ら反応無しだったので本人なのか疑ったが、やはり蒼井優香は昨日の岬の女の子本人だったらしい。さすがにそっくりさんと出会う程世界は狭くない。


 (うーん……)


 絵里子から聞いた“いつもの優香”と比べると、やはりあまりにもかけ離れている。

 この態度を見る限り、とても人見知りなどと思えない。


 「私を楽しませてくれるって約束したでしょ」

 「あ、ああ…………そうだな」


 なんかそれだけ聞くと卑猥な響きだなと、どうでもいい事を思う。 


 「よし、じゃあ何処に連れてってくれるの?」

 「…………はい?」


 無茶ぶり発動。思い出したとはいえ、いきなりの展開でついていけない洋介は、聞き返す事しかできなかった。


 「え? 何なのコレ? オレってお前を何処かに連れて行くの?」


 洋介はこの九重町に昨日引っ越してきた人間である。何処に何があるかなどわかるはずはなく、クラスの女子を楽しませる店や場所など知っているワケがない。

 というか、この女本気なのだろうか。

 本気マジか? 本気マジなのか? マジで昨日の約束を守れと言っているのだろうか。


 「そりゃそうでしょ。ほら、何ジッとしてんの。さっさと連れてってよ」


 優香は頑なな態度を崩さない。

 つまり本気マジだ。


 「………………ええと」


 どうしよう。自分はこの少女を何処に連れて行ってやればいいのか。

 美味しく安く食える飲食店へと連れて行けばいいのか? それとも、キャッキャウフフと遊べる娯楽施設に連れて行けばいいのか? もしくは、静かで気の落ち着く公園とか浜辺とかに連れて行けばいいのか?


 (わからない……わからないな……)


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 (一体何をこの女の目的は何だ……?)


 しかし、まずは動かぬ事には何も始まらない。とりあえずは賑やかな場所へと行くべきだろうと足を進める事にする。


 「と、とりあえずこっちで……」

 「うん」


 この約束は今の洋介にとって当然無茶すぎる。内容も漠然としていて要領を得ず一方的なものであり、言ってしまえばとても乱暴な“お願い”である。

 普通なら断る内容だ。

 義務はないし義理もない。それに洋介は優香と親しい仲とは呼べないし、ただ教室が一緒なだけの生徒である。

 そう、ただ教室が一緒なだけ。


 「そういえば何で歩きなの? 自転車持ってるのよね?」

 「カンタ二号は…………遠い所に行ったんだ」


 だからきっかけが欲しかった。

 この不明事の多い女子との接点が。


 (昼休みはロクに喋れてないしな……)


 きっとこの思いは昨日の自殺の理由を知りたい気持ちから来ている。その好奇心が自分を動かし、あんな頼み事をうけてしまったに違い無い。

 それは一つの動機として間違いなく、揺るぎない事実だ。

 だが、それともう一つ。

 洋介の中には他にも優香に対して思っている事がある。

 それはきっと、誰もが思う事で単純明快。


 「今はカンタ二号に変わる機動力を懇願している最中だ」

 「ふーん、原付免許でも取るつもり?」

 「そんなの自転車以上に許されねぇよ…………」


 優香と仲良くになりたい。

 気になるこの女子と仲を深めたいと思っているのだ。


 「アンタ……いや、深谷でいいか。深谷、昨日の事誰にも言ってないでしょうね? 絵里子であっても喋ったら殺っっっっす! わよ?」


 やはり昼休み時の視線は警戒であり警告の意味があったらしい。

 殺意の炎を燃やしつつ、変なアクセントで優香は発言した。


 「安心しろ。誰にも言ってないよ」


 洋介がそういうと「ならばよし」と優香はホッと胸を撫で下ろす。どうやらかなり秘密にして欲しい内容のようだ。当たり前だが。


 「………………」

 「………………うーむ」


 そして、お話は終了。優香と洋介の会話はそれくらいで他に話題はなく、すぐに何ら話さなくなってしまう。


 「………………」

 「………………うーむ」


 いつもならこんな空気に洋介は耐えられない。しかし、今はどうやったら隣で歩く女子を楽しませられるのだろうと、腕を組み唸っているのでそんな感情が生まれる隙間はなかった。

 だから気がつかなかった。


 「………………」


 優香の視線が、時折授業中見ていた場所と同じ所に向けられていた事に。

 その遠い目は何か思い出しているようで、そこには後悔や懺悔といった負の感情はなく、ダイヤモンドのような固い意志で己の精神を写しており。

 そしてその目は洋介へと向けられる。

 当然その視線にも洋介は気がつかなかった。

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