第5話 アイツを考える
(……やっぱ言わない方がいいんだろな)
出かかった言葉を飲み込み、洋介は黙ってしまった。
優香とは昨日会った事がある。
その出会いが自殺を止めた時と知ったら優香は、そして絵里子はどう反応するのだろうか。
絵里子が良き人物なのは間違いないだろう。わざわざ転校生のために昼休みを使い交流を深めようとしている。授業中は紙くず手紙のやりとりで転校初日の緊張をとってくれたし、何より朝の気まずさから救ってくれた人物だ。あれは本当に嬉しかった。
竹下絵里子を悪いヤツだと思う方が難しい。自殺の件を言っても、いきなり大問題にするとは思わない。面白可笑しく校内に吹聴し、いたずらに優香の心を傷つける事はしないだろう。それは先程の優香と絵里子のやりとりを見ていればわかる。
しかし。
「……昨日コンビニで見かけたんだ。同じ顔だったから、結構びっくりしてさ。本当に同じ人物なのかって、何度も顔みようとしたんだ。ほら、蒼井はずっと外見てるから、全然顔が見れなくて」
だからといって言う事はできなかった。絵里子がどんなに良き人物であろうと、自分は優香の事を知らなさすぎている。ここであの事実だけを告げるのは間違っている気がするのだ。
それに優香の態度を見るに明らかにその件に対して警戒している。
ここで絵里子に言うのは何だか告げ口としか思えず、洋介は言うのをやめた。
「ああ、そういう事だったのね。だから、あんなチラチラ顔みてたんだ」
なるほどなーと絵里子は洋介の説明に納得した。
「じゃあ、深谷君が優香の友達になるのは運命みたいなものね」
「……はい?」
「………………」
この発言に思わず洋介は首を傾げ、それは優香も同じようだった。
眉がピクリと動いたのを洋介は見逃していない。
「やったね優香! 友達が増えるよ!」
「……別にどうでもいい」
優香は立ち上がると、それ以外は何も告げず屋上から去っていった。
弁当も食べて用が無くなったからか、それとも絵里子の発言に呆れたのか、もしかしたら洋介のさっきの発言で安心したからなのか。
洋介はガシリと両手を捕まれたまま去って行く優香を見ていると、絵里子はボソリと洋介に告げた。
「優香ってこんな時期になってもクラスに馴染めなくて……友達って言える人が少くないんだ。だから、深谷君にはぜひとも友達になって欲しいと思って。このままじゃ、あの子ずっと一人みたいなモノだから……」
絵里子が洋介の手を握る力が強くなる。必死な願いのようで、それは表情からも伺えた。切実な顔をしている絵里子からは気にかけている様子が痛い程伝わってくる。
「何言ってんだよ。別にそんな事言われなくとも、蒼井とは友達になりたいと思ってるよ」
本人である優香がいなくなったので、洋介は素直な気持ちを絵里子へ告げた。
絵里子の頼みは洋介の方からお願いしたいくらいだった。優香と友達になりたいのは事実であるし、この願いは絵里子に今日してくれた事の恩返しにもなる。
「つーか、こういったお願いって転校生のオレが言う方が自然じゃね? まさか頼まれるとは思わなかったな」
それに洋介は知りたいのだった。
蒼井優香がなぜ自殺しようとしたのか、その理由を。
「ありがとう! はぁ、よかったわ……やっと優香にも私以外の友達ができるのね」
ブンブンと洋介の手を揺らしながら絵里子は喜んだ。かなり嬉しいようで、目に涙までためている。かなり大げさな喜びかただった。
「そこまで喜ぶなんて、そんなに蒼井は人見知りが激しいのか?」
「……まあね。もし、学校であの子が私以外の人物と喋ってる所とか見かけたら、きっとそれは地球が崩壊しちゃうレベル」
「…………そんなに?」
「そんなに。あんまり喋ろうとしないんだ。私はもっと喋っとけって言うんだけどさ」
昨日会った時、ごくごく普通に洋介は優香と喋っていたのだが、もしかしてアレはかなり凄い事だったのだろうか。
おまけに本気泣きも目撃し、さらに約束事までしている。
にわかに信じる事のできない洋介だったが、絵里子の方が洋介よりも遙かに長い時間を優香と過ごしている。絵里子の言う事が正しいのは間違いない。
「じゃあ、蒼井が外をずっと見てたのはそういう事なのか? 人見知りがひどいから、あまり生徒達や先生の方見たくないとか……」
「いや、アレは違うわ」
はっきりとした返事の後、絵里子は顎に指を当てた。どうも、これが絵里子の思い出す時のポーズのようだ。「うーん」と僅かに唸って今日の優香を思い出している。
「あれは……まあ、色々あったからね……」
「ふーん?」
問い詰める事はできたのだろうが、洋介は無理に聞こうとは思っていない。まだ知り合って一日も経っていないのだ。簡単に話す事のできない事などたくさんあるに決まっている。
そうこうしている内に昼休みは終わり五時間目の授業が始まる。
午後も優香は外を見続けるばかりで洋介の方に顔を向ける事はなかった。
放課後になると賑やかだった教室から喧噪が徐々に消えていく。部活に行く生徒達は素早く教室を去っていくと、次に帰宅する生徒達が緩やかに教室を出て行き、洋介も後者の例に漏れず一人教室を出て行った。
絵里子と一緒に帰ろうかと洋介は思っていたが、彼女は早々に教室を出て行っている。絵里子は一年にして副会長を務めており、今日は生徒会の話し合いがあるとかで、遅くなるとの事だった。
「無理矢理やらされてるんだけどね」
そう絵里子は愚痴をこぼしながらも嫌味な部分はなく、苦笑いをしつつ洋介に「バイバイ」と手を振り現在唯一の友人がいなくなった洋介は一人靴箱へ向かっていった。
靴を履き、校門をくぐり学校の外へ出る。まだ放課後になったばかりで外に生徒はおらず、学生の姿は洋介一人しかいない。
あくびをかみ殺しながら洋介は歩いて行くと、やがて入り口に×印に板を張り付けられた古屋の前にたどり着いた。
何の気無しに洋介が板の隙間から中を覗くと、いつから置いてあるのか数種類の駄菓子が埃にまみれて乱雑に置いてあった。おそらく、店主である婆さんあたりが死んで、他に誰かが住む予定もなく、かと言って壊すには金がかかるので放置されているのだろう。中身がそのままなのも処分が面倒くさかったからに違いない。
一通り中を覗き勝手な憶測で納得すると、洋介はその空き屋から離れようとし。
「はぐぉッ!?」
突如蹴りをくらった。
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