第4話 アイツの友達



「へー、結構遠い場所から引っ越してきたんだね」


 昼休み、屋上で弁当を広げ興味津々に絵里子は洋介の事を聞いていた。


 「一緒に屋上で食べましょ? ね?」と絵里子に誘われた洋介は特に断る理由もなく、素直にその提案を受け入れていた。転校初日で一人ぼっちである洋介には暖かい提案だったのだ。


 「あ、そうそう。わからない事があったら何でも聞いてね。クラス委員長たるこの私が何でも答えちゃうから。えへん」


 フッフッフと、軽く笑いながら言う絵里子を見て洋介もつられて笑った。

 周囲には他の生徒の姿がたくさんある。この学校は屋上を普段から開放しており、多くの生徒が利用しているのだ。高いフェンスで仕切られている四階建ての屋上はかなり広く、ドッジボールやゴールポストがあるのでバスケをする生徒も多い。体育館と並ぶ程、生徒達の利用が多い場所だった。


 「まあ、何か聞きたいことあるって言ってもたかがしれてるかな? 言わなきゃいけなような事って特にないし。屋上はいつも開放されてるから好きな時にくればいいよ。あ、もちろん授業中はダメだけどね?」


 と、絵里子は隣に座る優香を肘で突く。


 「……そうね」


 優香は絵里子に振り向きもせず答える。興味が無いのか、恐ろしく冷めた返事だ。特に話題を広げるつもりもないようで、黙々と弁当を食べていた。


 「うんうん、そんなワケで洋介君のお世話係は私達二人がやったげる! 初お友達という事で、これからも仲良くお願いね!」

 「私は含めないでよね」


 ニッと洋介に笑顔を向ける絵里子に優香は冷たいツッコミをいれる。

 そんな返事をされる度に絵里子は頬を膨らませて拗ねたり、優香の額を指で弾いたりして、優香とのコントを始めた。

 その様子は二人の仲を如実に現しており何年も続いた友情を伺わせるが、そこに洋介はやはり違和感を覚えずにはいられなかった。


 「別人……すぎる……」


 あの日あの時、あんなにも感情を露わにしていた女の子。

 蒼井優香というその女子は間違いなく目の前にいるのだが、どうしてもその事実を洋介は受け入れる事ができなかった。

 初対面が自殺未遂という過激な場面だったので、そのギャップについていけてないだけなのだろうか。それとも、本来はこういう子であの時は感情のタガが外れていたという事なのか。そんなたまたまを見てしまったというだけなのか。

 そんな疑問が浮かぶ程、目の前にいる蒼井優香という女子は昨日あった雰囲気が皆無だった。


 「よし、ごちそうさまっと」


 先に絵里子が弁当を食べ終え、そのまま立ち上がりウーンと背を伸ばした。

 すると、ブレザー越しでもわかる二つの膨らみが洋介の目に入ってきた。

 食べていながらもわかっていた事だったが、絵里子は出る所が出ており目のやり場に困る体型をしていた。さらに脚線美も素晴らしく、その滑らかな脚のラインは同姓でも羨ましがる事だろう。顔も良く背も高いので、それらは無意識の色気となって男性陣に放たれている。望まなくともモテるタイプなのは間違い。弾けるボディとはまさにこの事だ。現に何人かの男子は絵里子を見ている。

 と、思っていたのだが。


 「…………?」


 いや、たしかに何人かはその魅力によって視線を奪われている。だが、絵里子を見る多くの視線は、何か“畏怖”のようなモノを感じるのだ。

 屋上に“肉食動物が放置されている”のを怖がっているような、そんな感覚がある。


 「ん? どうかした?」


 背を伸ばしつつそれを観察していた洋介は、絵里子に「な、何でもない」と手を振ると、洋介も弁当箱を片付け始めた。


 「…………ごちそうさま」


 優香も食べ終えたようで片付けを始める。昼食中、優香は洋介と一切目を合わせようせず、一瞥もしなかった。透明人間になったのかと錯覚を受けるくらいだったが、絵里子が頻繁に話しかけてくれたのでその疑念はすぐに消え去った。


 「あ、そうだ、友達一号になった記念にアドレス交換しようよ。お、コレってば私は転校先で最初の人物になるのかな? どうなのよー?」


 絵里子は携帯を開き赤外線送信画面を開く。いきなりの申し出だったが、アドレス交換は洋介もしたい所ではあったので快くアドレスを交換した。


 「よし。これで私達は友達だね。ふふー、これから私達はメール送ったり送られたりする仲になる事であろう。深谷君の最初になれて光栄だね」

 「…………最初」


 アドレス交換に喜んでいる絵里子を見て、ふと洋介は優香の方を見た。


 「………………」


 洋介の独り言は聞こえていなかったのか。

 会話に参加する気も振り向く気もないようで、優香は教室にいた時と同じように何処か遠くを見つめていた。


 『絶対に絶対、私に楽しい事があるって納得させて』


 昨日までは見ず知らずだった自殺彼女との約束。

 まだ慣れぬ町で出会い、友達と呼ぶには遠く、知り合いと言うにはおかしく、クラスメイトとして再開して会話無しの昼休みを過ごしている。

 そんな彼女と楽しい事があると約束し、洋介はその真意に今も悩み、彼女はその洋介に興味を向けていない。

 そんな蒼井優香という女子と深谷洋介の間は何と呼ぶべきなのか。

 『奇妙』という以外、優香を現す言葉を洋介は思いつけなかった。


 「あの、ちょっと聞きたいんだけど」

 「………………」


 洋介は優香に話しかけるが返事がない。ただのしかばねのよう……なわけはなく、明らかな無視をされている。


 「もしもーし? おーい、おーい?」

 「………………」


 再び、透明人間になった感覚が洋介を襲う。見えない汗を流しつつ、もう一度話しかけようとすると。

 優香と目があった。


 「ん? どうしたの?」


 瞬間、絵里子が返事をした。携帯画面を見つめたままで、どうやらメールを打っている最中らしい。優香が反応しないので、洋介のフォローをしようとしたようだ。

 その絵里子の返事と同時に優香の目が洋介から逸れる。また校舎外の明後日の方向を見つめ始めた。


 (ぬぐ…………)


 別に絵里子は全く悪くない。むしろ、洋介にできた気まずい空気を払ってくれた救世主である。ただ、神のきまぐれな采配によりタイミングが悪かっただけだ。

 しかし優香との会話チャンスだったのかはわからないが、注意は逸れてしまった。このままだと、優香と全く会話なく昼休みが終わる光景が洋介の中でフラッシュバックした。

 なので洋介は考えた。


 「あのさ……」


 フォローをしてくれた絵里子に返事をするため、しかしそれ以上に優香の注意をこちらに向けるために。

 優香からツッコミでもくれば、そこから会話のチャンスが生まれると思い。


 「蒼井優香さんってどんな女子なの?」


 本人を前にして、そんな事を絵里子に聞いてみた。


 「何?」


 ピタリと絵里子の携帯を打つ手が止まる。

 そして、ほんの僅かだがぎこちなく優香の顔が揺らいだ。


 「ふ、深谷君ひょっとして……優香に興味を持ってくれているの!?」


 絵里子は洋介の手を摑み、胸の辺りまで即座に持ち上げた。


 「そういえば、深谷君何度も優香の方見てたもんね! やっぱり興味持ってたんだ!」


 絵里子の目がキラキラと輝きだした。絵里子からは期待のオーラが放たれる。それは嫁入り前の娘に期待の婿が来たとでもいうような、そんな輝きだった。


 「え……? え? え?」


 この突然の事態に洋介はたじろいだ。

 そして、この事態に動揺しているのは洋介だけではなく優香も同じなようだ。


 「………………」


 洋介にはわかる。明らかに優香はこちらの会話に注目している。何度もほんの一瞬だが、目を洋介の方に向けているのだ。

 だが、話しかけてくる気配はない。


 「まあ、そうじゃなきゃ何度も見ようとしないもんね。うんうんうん」


 色々と納得したような顔で絵里子は何度も頷く。

 何やら勘違いしているように思えてしまう。別に自分は優香に特別な思いを抱いているわけではない。

 …………まあ、全くないのかと言われれば嘘になってしまうのだが。

 あの時、顔を赤くしてしまったし。


 「えっと、竹下さん……何か勘違いしているような気がするんだけども」

 「おおっと、そんなかしこまった喋り方はやめてちょうだいよ」


 絵里子は両手を洋介の前に突き出し、否定のポーズをとった。


 「背中がかゆくなっちゃうし、同じクラスメイトに丁寧な言葉使われると、なんか壁感じちゃうし。呼び捨てとかジャンジャン使っていいし、もっと砕けた喋りにしてくれた方が私は嬉しいよ?」

 「あ、じゃあそれなら……竹下……とかでいいのかな?」

 「うむ、それなら認めてあげよう。ついでに、優香の事もそんな感じで呼んでくれたまえ。ね? いいっしょ優香?」


 絵里子は優香の方を向きウィンクをして了解を取ろうとしたようだが、優香はプイと顔を背けてしまった。


 「いいっぽいよ」

 「……いいのか?」


 コクコクと頷く絵里子を疑いながら洋介は言った。


 「別にオレは蒼井に何とも思っちゃいないぞ? その……なんか変わった雰囲気のする女子だなと思っただけで」


 優香の視線が洋介を見ている。顔は明後日の方向だが、目だけは“何かを気にする”ように洋介を捉えて話さない。最初はチラ見だったが、やはり発言が気になってたまらないのだろう。


 「あれ? じゃあ、お近づきになりたいとか、親しくなりたいとか、そんな風に思ってるんじゃないの?」

 「なんか誤解が発生しそうな聞き方だな……まあ……」


 当然友達になりたいと思っている。

 同じクラスメイトなのだ。仲良くなりたいと思うのは当然だ。

 まあ、本人を目の前にしてそんなクサイ台詞など吐けないが。


 「…………」

 「……どうしたの?」


 地面を見て黙って考え込む洋介を、キョトンとした様子で絵里子は首を傾げた。

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