第3話 アイツが別人



「というワケで、転校生君の深谷洋介君です。まだなれない事が多いから、みんな色々教えてあげてね」


 転校初日、九重高校一年二組の教室。

 朝のHRで担任の渋谷美里しぶやみさとの隣に立っている洋介は、何の気無しに見渡したクラスの生徒達を見ていると。

 突然身体を硬直させた。


 「では深谷君、自己紹介お願いね」

 「なん……だと?」


 これは担任教師に向かって言った言葉ではない。クラス内のある一点を見た時、衝撃の事実が洋介を襲い思わず言葉が漏れたのだ。


 「ん? どうかしたの深谷君?」

 「あ、すいません。なんでもないです……」


 洋介は壇上に立ち自己紹介を始めた。テンプレート通りの何でもない内容なので言葉に詰まる事はない。

 簡単に練習してきたのもあって、安心して自己紹介に望めるはずだったが。


 (なんで…………)


 言葉に詰まってはいない。しっかりと自己紹介はできている。だが、その落ち着いている口とは別に、目の方は全く落ち着き無く動いていた。


 (あの女はこの学校の生徒だったのかよ! てか、同じクラスとは……)


 窓際にある心地よい陽が当たる最高の席に昨日の女の子が座っていたのだ。


 「………………」


 洋介の自己紹介には何の興味もないようで、ボーッとした顔で外を見ている。昨日と違って泣きはらした顔は元に戻っており、鼻水も垂れていない。綺麗なその外見は昨日と同じで制服の赤いブレザーはクラスで一番似合っていた。

 ただ、半分しか目が開いてないのを見ると、どうやらこのHRの時間を退屈に感じているようだ。眠たくてたまらないといった様子が見える。

 洋介の方はむしろ目が覚めたのだが。


 「じゃ、深谷君の席はあそこになるからね」


 そう言って渋谷は空いてる席を指さし、洋介はその席へと歩いていった。

 誰も座っていない席が二つ並んでいる。もう一人転校生がいるのかと思ったがさすがにそれはないだろう。どうやら欠席者がいるようだ。


 「蒼井優香あおいゆうかさん。深谷君にわからない事あったら教えてあげてね」

 「…………はい」


 “とても静かな声”で女の子は返事をした。

 わざわざフルネームで女子生徒の名前を言ったのは、紹介と注意の両方をかねての言葉だったのだろう。だが、渋谷の方を見て気のない返事をすると、再び優香は呆然と外を見続ける。やはり、洋介には全く興味を示していない。

 担任に「世話を頼む」と言われても、特にそれを実行する気はないらしい。洋介が席へ座ってもそれは同じで一切こちらを見ようとしなかった。


 「ど、どうも…………」

 「………………」


 返事はない。どうやらしかばねのようだ。


 (振り向きもしないってか……)


 聞こえてないのか無視しているのか、どちらにせよ優香は無言を洋介への返事とした。


 (き、気まずい…………)


 昨日と同じく。

 反対の席へ助けを求めようと振り向くが、その席は誰もいない。空席は二つ並んでいるのだ。そうだ、洋介の隣の人物は優香以外にいないのだった。


 「………………」

 「………………」


 双方沈黙。だが、その沈黙の理由は両者の間で大きく違う。


 「………………」

 「………………」


 たまらず洋介の身体がプルプルと震え出し、汗がタラリと流れてくる。優香の放つ無言と無視の圧力により、洋介の精神は締め付けられていた。

 さらに、空気のセメントがジワジワと足下から洋介を包むべく襲ってくる。


 (だ、誰かこの気まずさを払ってくれ!)


 ウヒィィィ! ウヒィィィ! ウヒィィィ!

 なんて心の悲鳴は誰にも聞こえるわけがなく、洋介はそんな思いを抱えながら教科書やノートを机の中に入れ始めた。優香の方を時々見てみるが、やはり外ばかり見ており洋介を見ようなどしない。まるで、昨日の出来事などなかったかのような態度だった。


 「じゃ、今日の授業なんだけど四時間目の遠藤先生が急病のため――――」


 渋谷が今日の予定を話していく。空気のセメントへ懸命に抵抗しながら洋介は聞いていると、いきなり背中を突かれた。同時にまるめられた紙くずが肩に置かれ、何事かとその紙くずを開く。


 『私、竹下絵里子たけしたえりこ。以後よろしく。そんなオドオドしてるとみんなが落ち着かないよ?』


 そんな事が書かれていた。


 (…………?)


 背後の席を見ると、笑顔で洋介へ軽く手を振る女子が座っていた。竹下絵里子その人だ。手紙の返事とするべく洋介も軽く手を振ると、絵里子は「よし」とばかりにグッ親指を立てた。

 どうやら絵里子は洋介の事を心配してくれたらしい。気まずさを取ってくれた絵里子に感謝しつつ、ホッと息をついた。


 「………………」


 だが、気まずさはなくなっても優香への興味はなくならない。洋介はその後も何度かチラチラと隣を見続けたが、優香は相変わらず窓の外を見続けている。

 席が近いのに話せる雰囲気が皆無であり、できた事と言えば絵里子との紙くず手紙のやりとりだけだ。優香とは何の接触も持てなかった。


 「コイツは昨日の女子……なんだよな?」


 さすがにここまで構われないと不振感を持ってしまう。しかし、隣に座る女子は間違いなく昨日自殺しようとした女の子なのだ。 

 蒼井優香とはどんな人物なのか知りたい洋介だったが、絵里子とのやりとりの中で一つわかった事がある。

 どうも、蒼井優香という人物はマヨネーズが大変嫌いらしい。

 どうでもいい情報が一つだけ手に入った。

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