イケニエ
「…もちろん、この娘だけではない」
隊長が笑んだまま、顔は動かさずに目だけで村人達を見渡す。村人たちがびくびくと震えた。
「誰がこの殺戮と蹂躙をしたのか、誰も吐かないというのだからな」
隊長はフフ、と鼻で笑うと、刀身をそっと娘の首筋から離す。すると乱暴に膝先で娘を小突いて横に倒し、地面にべたりと座らせる。
「私刑を行ったのは…村人全員とみなせる」
すっと振り上げたサーベルの切っ先が、村人達を指す。村人達の中からひいいっと悲鳴が上がる。
「…ではこの太った娘も含めて…罪人に処罰を加える…しかないよなあ…?」
また刀身に太った娘の顔が映る。ぎゃあああっ、という激しい悲鳴が辺りに響いた。太っちょの娘は勢い良く失禁した。びしゃびしゃに下半身を濡らし、点々と尿を撒き散らしながら、その場から逃げた。そして、村長の背中に抱き付いた。
その様子を見て怯え、逃げ出そうとする村人達。しかし兵士が取り囲む。昨夜雨が降ったせいで地面は泥状になっている。しかし村人達はそんな地面にすら、頭を浸すようにしながら、口々に頼み込みだした。
「お願いです!命だけは!命だけはお助けを!!」
「勝手に一つの家族を皆殺しにしておいてよく言う…」
隊長は嘲笑って言った。村人達が頭を抱える。隊長はすっと不満そうな顔になり、忌々しげに溜め息をついて言う。
「そう言いたいのは山々だが…まあ仕方ない。我々も暇じゃないからな」
ほっとした様子の村人達を、今度こそひくひくと痙攣しかかった目で睨み付ける隊長。村人達の顔がまたこわばる。鼻から息を吐き、額を指先で掻いて隊長は背を向けながら言った。
「…我々の目的はイケニエの確保だ」
村長は泥だらけの頭を地面から上げて言った。
「イケニエ…?」
隊長は振り向き、真剣な表情になって言った。
「そうだ。城下町に…この世でもっとも恐ろしいものがやって来てな」
村人達の目がみるみる恐怖に染まる。先ほどよりもさらに蒼白な顔に、皆が一気に染まっていく。
「城下町がヤツの吐いた消えない炎に覆われ、おびただしい数の死者が出た」
村人達が不安そうに小声で話し出す。
「そこでヤツの討伐が行われる事になったのだが…」
隊長が村人達を、八百屋でじゃがいもを見るような目で見回して言う。
「ヤツの住処まで行く口実としては、イケニエを捧げる…という形にしたいのだそうでな」
隊長は目線を動かすと、村長を見つめて言った。
「…村から誰かをイケニエとして捧げろ」
村長が気まずそうに笑いながら手を揉む。その様子を鼻で笑って隊長がゆっくり歩いて言う。
「…まあ?とは言っても、貴様らのように愚劣な者どもの事だ…」
くっくと嘲笑って隊長が周りを見回す。村人達は誰もが目を逸らしていた。
「貴様らの選択肢など…知れているがな…」
隊長は哀れみの混じったような表情で、未だに放心状態でさめざめと泣いている、青ざめた顔の少女を見た。
村長はオロオロとしつつ言った。
「そ…その娘ならば…恐らくイケニエに最適でしょう…」
隊長は片方の頬を吊り上げて村長を見下す。村長は震えながら言う。
「わ…若い…処女ですし…」
それを聞いた村人の一人の若い毛むくじゃらの大男は、舌なめずりをしていやらしく笑んだ。大男には理性がないのか、そろりと隊長の横を通る。すると生気を失った様子の少女を、捕らえるように羽交い締めにした。
隊長はそちらを見る事もなく、ふと何かを指で兵士へ指示して、嘲笑うように言った。
「その娘を村の馬鹿者どもが、どう犯そうが別に構わんが…」
屈強そうな大男の前に、ぽいっと燃え盛るたいまつが投げられる。するとたちまち大男は悲鳴を上げて少女を放し、村人の群れの中に戻る。
「…犯されたイケニエを捧げられて、怒り狂ったそれに…」
隊長がゆっくりと村人達の方に歩いていく。村人達も兵士達の槍先が刺さるギリギリまで下がっていく。
「この世でもっとも恐ろしいものに…村を焼かれて…」
シャラン、と隊長のサーベルの切っ先が、先ほどの男の目のほんの数ミリメートル手前にかざされる。
「…皆殺しにされても…文句は言うまいな?」
青ざめた毛むくじゃらの大男は、小さく首を横に振った。もしくは震えていた。
「全く…どいつもこいつも…この村の者どもこそ生かしておく価値がないと思うのだが」
隊長が鼻から息を吐いて、サーベルをだらりと下げて歩き、ゆっくり村人達から下がっていく。
「殺した所で…税として得られる農作物が減るだけだしな」
ゆっくりと隊長が歩いて少女に近付き、ぽんと頭に手を置く。
「何より…私に処罰が下るのでな…許せよ、娘」
見下ろした隊長の目に映ったのは、相変わらず放心状態で座り込んで、微動だにしない少女の姿であった。
城下町に着く間さえもなく、やって来た者達に少女は引き渡された。やって来たのは勇者と呼ばれ、豪華な剣を背負った細身の青年たちだった。雇われ専門といった様子で斧を担いでいる、戦士と呼ばれるたくましい男もいた。
それにいかにもといった帽子をかぶって、ローブを着込んだ魔法使いの少女もいる。厳かな衣装を着た僧侶の少女も。彼らはそんな四人組だった。少女は相変わらず、目に光のない無表情だった。隊長は哀れむような目をしていたが、スッと城下町への道をまた、馬に乗って移動しだしていた。
一行はしばらく無言で荷馬車と共に、例の薄暗い不気味な森を歩いていた。訓練された馬とは違う感じのその二頭の馬に、僧侶は優しく微笑みかけていた。僧侶は馬の長い首を、それぞれ撫でてやっていた。馬たちもまたそれを受け入れていた。
勇者は荷馬車に乗って手綱を握っており、森の不安定な足場の中でも馬に声をかけ、励ましていた。先頭を行くのは戦士で、鬱蒼とした木々の枝を鉈で切り払って、馬や荷馬車の進路を広げて安全を確保していた。
続いて少女、その後ろに魔法使いが歩いており、足取りが遅れない少女の背中を退屈そうに見たり、進路を大きく塞ぐ木々があれば、あくびをしながらその木々に魔法をかけて馬車を避けさせたりしていた。
少女が遅れたら小突くつもりで杖を持っていたのだが、そんな様子もなく歩き続ける少女にはもう特に注意を向けず、木々を歩かせたり身じろぎさせる事にばかり、意識を傾けていた。
ふと勇者が一日中は歩きなれていないだろうと少女の体力を考え、馬車の隣に座らせて少女に笑んで言う。
「…ねえ、君はなんていう名前なんだい?」
少女は命令にはまるで調教された馬のように従順に応じるものの、まるで何も見えてないかのようにまっすぐと遠くを見つめており、何も問いかけに応じられない、といった様子であった。
「…もう話しかけるのやめない?」
各人より何回か繰り返され、その度に同じような結果に終わってきたその試行に対し、魔法使いが嘆息して言う。
「この子ってどうせ、イケニエに捧げられるような罪人なんでしょ?」
魔法使いがハエを手で払いつつ鬱陶しそうに言った。馬の横を歩く僧侶が咎めるような口調で言う。
「話しかけるのが無駄だというのは私も分かりますが…」
僧侶は少女の消耗しきった様子の顔を伺って言う。
「その言い方は…あんまりではないですか?」
戦士は枝を鉈でバサバサと切り落としながら、なだめるような声音で言う。
「まあまあ!あまりそう!カッカしなさんな!お二人共!」
ふうと溜め息をついて肩を上下させつつ戦士は言う。
「ヤツを退治すれば、その子も解放されるだろうしな」
魔法使いは少女の方を眺めながら吐き捨てるように言った。
「誰が面倒を見るっていうの?」
忌々しそうに魔法使いが少女を睨む。
「こんな身寄りもない、特別綺麗ってわけでもない小汚い子を…」
僧侶がムッとした顔で黙ったままその様子を見ている。
「こんな子…せいぜい娼館行きか、奴隷ってところじゃないの…」
そう言う魔法使いの目には憐憫も混じっており、暗く濁っている。勇者は苦々しそうに言った。
「…やめよう…もうこの話は…」
少女は相変わらず何も見ていない様子でまっすぐと遠くを見つめたまま、馬車の上で置物のようにただそこに座っていた。
この世でもっとも恐ろしいものの根城との中間を過ぎて、三分の二くらいの場所に夕方頃到着した勇者達一行は、川の前で荷馬車を止めると馬に川の水を飲ませて休ませていた。
僧侶はそんな馬たちを優しくなでており、魔法使いはかまどを記号のイコールのような形に石で組んで、道中に集めておいた乾いた木の枝の上に乾いた枯れ葉を載せ、最低限の魔法で枯れ葉に何とか火を付けて鍋を置き、そこに戦士が袋で水を汲んでは入れていく。
勇者は道中に森で集めておいた枝や食べられる木の実や果実やキノコといったものや、戦士が狩ってその場でシメたウサギといったものをナイフで捌いたりして、金属製の串に刺したり、食べやすく加工していく。
僧侶たちも加わって食材の加工が進んでいき、次々と火にくべられていく。少女はしばらくその火をじっと見つめていたが、僧侶たちが調理に夢中になっている間に、無意識にナイフをそっと手に取って、自身の首元に添えようとしていた。
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