第595話 おっさんたちの懊悩②

「なんと……」


 黄色い服の騎士――ガハルド=エイシスは軽く目を見張った。


「まさかタチバナ殿の父君とは」


「いや、俺こそ驚いたぞ」


 ボリボリと頭をかくオオクニ。


「まさか娘が世話になってる人だとはな」


 そう告げる。

 オオクニは二人と合流していた。

 ガハルドと――アランである。


「いえ。私は何も。お世話になっているのは私の娘です」


 ガハルドは言う。


「ご息女のご指導で娘の力量は目を見張るほどに上達しております」


「私の娘もご息女にはお世話になっています」


 アランが頭を下げて言う。


「どうにもお見苦しいところをお見せして申し訳ない」


「いやいや。気にしねえでくれ」


 オオクニは苦笑を浮かべた。


「つい立ち聞きしちまった俺の方が悪い。それに俺はただの傭兵にすぎねえ。二人とも堅苦しい言葉遣いはやめてくれ」


「……まあ、言うのなら」


 ガハルドも苦笑いを見せた。


「我々も今日はもう帰るだけだからな。騎士服こそ着装しているが、今は騎士の立場でもない。しかし、タチバナ殿ではご息女と混同しそうなのでオオクニ殿でいいか? あなたは我々より年配のようだしな」


「ああ。それでいい」


 オオクニは笑う。


「まあ、それでいうのなら二人とも娘さんがうちの娘の弟子なんだろ? ならそっちも混同しそうだな。ガハルドとアランでいいか?」


「ああ。構わない」「俺もだ」


 ガハルドが頷き、アランも同意する。

 オオクニは「ありがとよ」と破顔した。


「しかしまあ、アランよ。お前さん結婚するのかい?」


「……ああ」


 極端に酒に弱いアランは冷たいお茶を喉に流し込んだ。


「再婚だ。娘にはもう伝えたんだが……」


 そこで渋面を浮かべる。


「彼女にはまだ会わせていない。その、誰なのかも伝えていないんだ」


「……なるほどな」


 オオクニは発泡酒を口にして苦笑いを零す。


「それがさっきの三歳差の母親ってことか。娘さんは幾つなんだ?」


「……十七だ」


「……そっか」


 オオクニは発泡酒をテーブルに置いた。


「二十歳の嫁さんってことか。そりゃあ言い出しにくいな」


「……こいつの友人である俺としては」


 そこでガハルドが腕を組んで会話に加わる。


「こいつは生真面目でな。前妻を亡くして長い。こいつがようやく愛した二人目の女性なら年齢に拘る必要もないと思うんだが……」


 小さく嘆息する。


「俺の娘もこいつんとこと同い年だ。流石に多感な年頃だしな。こいつが悩むのも仕方がないとも思っている」


「まあ、潔癖な年頃でもあるしな。うちの娘なんて今でも潔癖だしな」


 オオクニがしみじみと言う。


「俺も同じさ。どうやって切り出そうか悩んでる」


「……は? どういうことだ? オオクニさん」


 眉をひそめて、アランはオオクニの顔に目をやった。

 オオクニは大きく嘆息して肩を竦めた。


「マジでアランと同じなんだよ。俺も再婚した。嫁さんの歳はオトと三歳差だ」


「「…………は?」」


 アランと、ガハルドの目が丸くなる。


「二十五だ。しかも身重だ」


「「――マジか」」


 アランもガハルドも呆気に取られる。


「この国で出産させようと思ってる。だが、それをまだ娘に伝えていねえ」


「……う~ん」


 ガハルドが腕を組んだ。


「タチバナ殿か。確かに清廉潔白の印象が強いな。自分と三歳差の義母は何とも言えない気分になるだろうな……」


「しかもユエ――嫁さんとオトは顔見知りだしな。あいつからしてみれば『こいつだけはない』って感じの女だ」


 再び発泡酒を口にしてオオクニは言う。


「マジでどうしたもんかね」


「……それは俺も聞きたい……」


 アランがテーブルに突っ伏して呻いた。

 少し間、三人のテーブルに沈黙が降りる。

 すると、


「……まったく」


 ガハルドが大きく息を吐いた。


「お前たちは中途半端な想いで彼女たちを抱いたのか?」


 そう告げる。と、


「「そんな訳あるか」」


 アランとオオクニは声を揃えて返した。


「切っ掛けはどうあれ、俺は本気だ」


 アランが言う。


「シェーラに対する想いはエレナにだって劣らない」


「俺は長年の傭兵稼業をしている」


 オオクニも語る。


「命の儚さも重さも嫌って程に知っている。惚れた女だからこそ抱いた。だからこそ新しい命を――俺のガキを産んで欲しんだよ」


「それが即答できるのなら」


 ガハルドは、やれやれとかぶりを振った。


「悩む必要もないだろう。娘たちに素直に言ったらどうだ?」


「「……………」」


 アランもオオクニも沈黙する。


「サーシャもタチバナ殿も全く話が通じない相手ではないだろ?」


 続くガハルドの台詞に二人はさらに黙り込む。


「……そうだな」


 ややあって、オオクニが口を開いた。


「覚悟はとうに決めてんだ。うじうじすんのも俺らしくもねえな」


 言って、オオクニは立ち上がった。


「オオクニ殿?」


「すまねえな」


 オオクニはニカっと笑った。


「俺はそろそろ帰るよ。嫁さんを待たせてるからな。また会おうぜ。ガハルド。アラン」


「ああ」ガハルドが頷く。「まあ、確実に会いそうだな」


「……ああ。オオクニさん。また会おう」


 アランも少し元気がないがそう返した。

 オオクニは片手を上げながら立ち去っていった。

 残されたのはアランとガハルドだ。

 すると、


「……俺も帰るよ」


 アランがそう言った。


「というより、シェーラのところに会いに行ってくる。明日はあれ・・もある。生真面目な彼女はきっと俺以上に気負ってそうだしな」


 そう告げて、ヘルムを腰に抱えて去っていった。


「やれやれ。寂しいものだな」


 最後に残されたガハルドは苦笑を浮かべた。

 そうして、


「俺も帰るか。シノーラに土産でも買って」


 妻の名前を口にしつつ、ガハルドも帰路についた。


 結局。

 自分が帰るべき場所だけは理解しているおっさんたちであった。

 今日のところは穏やかに夜が更ける。


 だがしかし、彼らはまだ知らない。

 自分たちの懊悩がまだまだ序の口であったことに。

 まさにここからが本番なのである。


 いずれにせよ。

 おっさんたちの懊悩は続くのだった。





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