第563話 勝利を掴め④
――ズドンッ!
衝撃音が轟く。
しかし、音は一つだが、それは四連の拳だった。
象の巨大で分厚い腹部に四つの衝撃が広がる。
だが、脂肪と強靭な筋肉で衝撃は凌がれてしまった。
『――バオオオッ!』
それでも痛みは感じるのか、巨象は不快そうに鼻を薙いだ。
拳の主――《朱天》は後方に跳躍して回避した。
が、すぐさま跳躍。
再び巨象の腹部に連撃を喰らわせた。
(殴りやすい場所と言えばそうだが……)
《朱天》の操縦席のアッシュは舌打ちする。
隙は大きいが、最も脂肪が分厚い部位である。
並みの鎧機兵なら、すでに鉄塊になっているだけの拳を叩きつけているのだが、巨象にまるでダメージが見えない。
(攻める部位を変えるか)
そう考え、《朱天》をその場で反転、竜尾をしならせて巨象の膝を打つ!
だが、象の巨体は揺らぎもしなかった。《朱天》の六倍はあるこの図体を俊敏に動かし、支える脚は極めて強靭だった。
(だったら)
――ドンッ!
空高く跳躍する《朱天》。
一瞬で巨象の背を飛び越えると、拳を身構えた。
狙いは背骨だ。
いくら象の常識から逸脱した怪物でも、脊椎動物であることには変わりない。
流石に背骨を粉砕すれば立つことも出来なくなるはずだ。
だが、巨象も一方的に攻撃を受ける訳ではない。
『バオオオオオオオォッ!』
咆哮を上げて突進――否、跳躍か。
前へと移動し、《朱天》の視界から外れた。
標的を失い、やむを得ず《朱天》はそのまま着地する。
その直後のことだ。
衝撃が《朱天》を打つ!
咄嗟に両腕を交差して防いだが、《朱天》は後方に吹き飛ばされた。機体全体が激しく揺れ、「……ギャワアアッ!」と同乗者のオルタナが悲鳴を上げた。
鼻からの空気弾をぶつけられたのである。
それも狙いすました一撃だ。
砲撃にも等しい威力に《朱天》は大樹に背を叩きつけられた。
その隙に巨象は再び跳躍した。
巨体をバウンドさせた大ジャンプだ。
《朱天》を中心に徐々に広がっていく黒い影。
隕石の如く《朱天》を大樹ごと圧し潰すつもりである。
『舐めてんじゃねえッ!』
アッシュが吠え、《朱天》が掌底を天へと突き出した。
吹き荒れるのは恒力の嵐。
《黄道法》の放出系闘技・《大穿風》だ。
城壁さえも揺るがす衝撃と、山のような巨体が拮抗する。
そして打ち勝ったのは《大穿風》だった。
巨体の落下を押し戻し、逆に吹き飛ばす!
巨象は地響きを立てて何度も大きくバウンドした。
が、その跳ねた勢いのまま姿勢を反転。四本の脚で着地した。
大きく鼻を揺らすその姿には、やはりダメージはない。
その姿に、
(……マジでタフだな)
アッシュは小さく息を吐いた。
本当に桁違いの頑強さだ。
これまで固有種とは戦ったこともあるが、ここまでタフな相手はいなかった。
相性の悪さなどもあるだろうが、やはり別格だと言わざるを得ない。
(このままじゃあジリ貧だな)
あれほどの巨体とぶつかり合っているのだ。
この質量差はそれだけで凶器だ。
蓄積される《朱天》のダメージも軽視できなかった。
その上、《朱焔》もすでに二本も解放している。
ただでさえ、相棒の負担は徐々に増していっているのである。
これ以上の戦闘はまずかった。
(かといって逃げる訳にも行かねえしな)
アッシュは操縦棍を強く握った。
ルカを救い出す条件は、五体いるというすべての固有種を倒すこと。
この魔獣以外にも、まだ同格が三体もいるのである。
一体が生存競争に負けてくれたように、仮に固有種同士が潰し合ってくれているとしても、最低でももう一体は対峙する必要があると考えた方がいい。
大蜘蛛か、まだ見ぬ魔獣か。
それとも因縁深き《業蛇》なのか――。
いずれにせよ、強敵であることには違いない。
この象だけに、これ以上のダメージを受ける訳にはいかなかった。
ならば、どうするか――。
(次で決着をつけるしかねえ……)
アッシュは双眸を細めた。
だが、最強の闘技である《虚空》は使えない。
あれを使えば、勝利は掴めても次の戦いにはとても臨めない。
それ以外の手段で、あの怪物を倒さなければならなかった。
アッシュは考える。
そして、
(……よし)
覚悟を決めた。
「オルタナ! 決着をつけっからしっかり掴まってろよ!」
「……ギャワッ! リョウカイ!」
固定された荷物にしがみついてオルタナが答える。
同時に《朱天》は《雷歩》を使って跳躍した。
巨象の前で一度大地を蹴りつけ、真横に方向転換。巨象を翻弄しつつ、再び腹部の下へと潜り込んだ。
そして繰り出すのは拳の連撃――ではない。
掌底を天へと撃ち上げる。《大穿風》だ。
暴風は吹き荒れ、巨象は再び天高く打ち上げられた。
高さにして百セージル近くまで上昇しただろうか。
まるで天空に山が出現したかのような光景だ。
この高さから落下すれば大抵の生物は死ぬ。
だが、あの怪物は大抵の生物に当てはまらない。その強靭な肉体で落下の衝撃を耐え凌ぐことだろう。奴は外からの衝撃では倒せない。
「……来い。化け物」
アッシュは天を見据えて双眸を細めた。
《朱天》は右腕を掲げたままだ。
そうして巨象は最高点にまで至った。後は落下するだけだ。
重力に従って巨象が落ちてくる。
真上に上がったので真下へと――。
すなわち《朱天》のいる場所へと落ちてきていた。
巨象もそれに気付いたようだ。
鼻から空気を吐き出して体をずらし、頭部を下へと向ける。
この状況を利用し、最も硬い頭部で《朱天》を圧し潰すつもりらしい。
自身の頑強さに絶対の自信がなければ出来ない真似だ。
(潔いな。象さんよ)
迫る巨象の姿にアッシュは不敵に笑う。
そして、
――ズゥズンッッ!
巨象が額から《朱天》の右腕にぶつかった。
体格差は六倍。
いかに《朱天》の剛力であっても圧し潰されるはずの一撃だ。
事実、《朱天》の両足は地面に深くめり込んだ。
だが、その膝が砕け散る前に《朱天》は右手に加え、左手を巨象の額に当てたのだ。
掌底ではない。そっと添えるような所作だ。
そして――その直後のことだった。
不落の城のようだった巨象の全身が震えたのである。
次の刹那、《朱天》は《雷歩》を使って後方に撤退した。
支えを失った巨象は、そのままズズゥンッと沈んだ。
盛大な土煙が上がり、大地が震える。
アッシュは《朱天》を通じてその様子を神妙な眼差しで見据えていた。
それは二十秒、三十秒と続いた。
そうして、
「……どうにかなったか」
アッシュは嘆息した。
巨象は倒れたまま、もう動く気配はなかった。
口からは大量の血が流れ出ている。
その双眸に光はない。巨象は絶命していた。
「幾らタフでも内部まではそうはいかなかったみてえだな」
アッシュが使った闘技は《衝伝導》。
操作系の闘技であり、衝撃を受け流して別の部位から逃がすという技である。
従来ならば大地に衝撃を逃がすのが定番なのだが、アッシュは今回、右手で受け止めた落下の衝撃を左手で巨象に流したのである。
衝撃は頑強な筋肉を通り抜け、体の内部を破壊したのだ。
一歩間違えれば《朱天》が圧し潰される危険な賭けだったが、どうにか勝ちの目を拾ったようである。
アッシュは《星経脈》を起動させて《朱天》の機体状況を調べる。
流石に両膝などは消耗なしとは言えない。しかし、あれほどの強敵を相手にしたことを考えれば奇跡的な好状態である。
応急処置は必要だろうが、これなら次の戦いにも挑めるだろう。
「今回も助かったぜ。相棒」
アッシュは《朱天》に感謝を述べた。
ポンと操縦シートを叩く。
本当に頼りになる相棒だった。
しかし、
「……やれやれだな」
おもむろに操縦棍から手を離して天を見上げる。
そうして、
「……これでようやく一体かよ」
大きく息を吐いて、脱力するアッシュだった。
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