第562話 勝利を掴め③
激戦を繰り広げるのはアッシュだけではなかった。
――そう。
サンクたちもまた激戦を繰り広げていた。
……ヒヒイイィンッ!
いななきを上げて駆け抜ける巨馬。目測も定まっていないような突進ではあるが、微かっただけで弾き飛ばされることは確実な威力だ。
事実、進路上にあった巨木は頭突きによってへし折られていた。
結果的に巨馬の額から血が噴き出すのだが、もう気にもしていないようだ。
爛々と輝く双眸で、サンクたちの鎧機兵を睨み据えている。
『気を付けろ!』
傭兵団・団長のハックが叫ぶ。
『こいつはすでに死に体だ! だが、それだけに捨て身になってやがる! 巻き添えなんぞ喰らったら最悪だぞ!』
巨馬はもはや助からない。
それを巨馬自身がよく理解しているのだろう。
――防御も不要。
ひたすら攻撃を繰り返してサンクたちを蹴散らすつもりなのである。
サンクたちの陣営はこうだ。
まずは大剣を二本構えたサンクの《バルゥ》。一本だが同じく大剣を構えたシャルロットの《アトス》に、斧槍を持つエイミーの《スライガー》。なお、ジェシーの《アッカス》は損傷に加えて操手もいないこともあって完全に戦力外だ。
傭兵団の方は、ハックと二人の傭兵の機体。傭兵二人の名はラックとシドラーという。機体名までは知らないが、三機とも手斧と盾を装備した軽装型の機体だった。
計六機。それがサンクたちの戦力だった。
『ハシブルさん』
シャルロットが言う。
『どうしますか? ジェシーさんを回収した今、逃げるという選択肢もありますが』
『……いえ』
サンクは巨馬を見据えながら答える。
『恐らく、こいつはオレたちを最期の相手として考えているような気がします。どこまで逃げても追ってきそうな気がします』
『ああ。同感だな』
ハックの機体が頷いた。
『こいつはもう肚を決めた顔をしてやがる。俺たちを一人でも多く道連れにしてえ。言葉じゃなくて目でそう訴えかけてやがるぜ』
『……嫌な訴えだな』『まったくだ』
傭兵たちが苦笑の声を零す。
『じゃあ戦うしかないの?』
エイミーが緊張した様子の声で尋ねた。
『……そうだな』
操縦棍を強く握りしめてサンクは答えた。
『下手に逃げると隙になってしまう。ここは、こいつが出血多量で死ぬまで付き合うしかないみたいだ』
と、覚悟と方針を決めた直後だった。
再び、巨馬が疾走を始める。頭を低く下げての突進だ。
六機はそれぞれ跳躍して突進を回避する。
単調な攻撃の繰り返しだ。
もはや執念だけで思考する余裕もないのだろう。
そう感じた矢先だ。
――ガゴンッ!
巨馬が後ろ足で大地を蹴りつけたのだ!
サンクたちは目を瞠った。
大量の土砂が六機の内の一機――エイミーの《スライガー》に降り注いだ。
『うわあっ!?』
エイミーが動揺の声を上げた。
『エイミーさんッ!』
最も近いシャルロットの《アトス》が救出に向かう。
が、その瞬間だった。
――ザワザワザワ……。
巨馬の尾が逆立ったのである。
次いで、剣山の如く変貌した尾を薙いだ。
尾からは硬質化した獣毛の刃が無数に撃ち出される!
『うおッ!?』『やべッ!?』
それらは《スライガー》と《アトス》だけではなくこの場にいる鎧機兵すべてに襲い掛かってきた。
咄嗟に防御姿勢を取る全機。
幸い、盾ならば防げて、装甲に直撃しても削られる程度の威力だったが、それでも全機が一時的に硬直してしまった。
――ヒヒイイィンッ!
その瞬間に巨馬は跳躍した。
前脚を揃えて上空から敵を蹄で圧し潰そうとする。
標的は――土砂塗れの《スライガー》だった。
迫る蹄に《スライガー》は硬直したままだ。
――と。
『許せ! 嬢ちゃんッ!』
最も戦闘経験が豊富なハックがいち早く回復した。
斧を手離して掌底を撃ち出した。《黄道法》の放出系闘技・《穿風》だ。
威力を弱めた不可視の衝撃波は、巨馬ではなく《スライガー》に直撃した。
その衝撃をもって《スライガー》は横に大きく弾き飛ばされ、一瞬遅れで巨大な蹄が大地を陥没させた。
唐突な不意打ちに《スライガー》もダメージを受けているが、蹄に圧し潰されることよりは遥かにマシだった。
『あ、ありがとう……』
自分が寸前で救出されたことを理解し、エイミーがハックに礼を言う。
『礼はいい。それよりもだ』
ハックの機体は《バルゥ》に目をやった。
『兄ちゃん。こいつは甘かったかもな』
『……はい』
サンクとの神妙な声と共に《バルゥ》が頷く。
次いで巨馬を睨み据える。
『死ぬまでの時間稼ぎなんて言っていられない。どれだけ死にかけでも、こいつはやはり固有種なんだ……』
死を目前にしても、その脅威は変わらない。
むしろ捨て身になっているだけに、より脅威だ。
『殺す気で挑まないと、死ぬのはこっちだ』
『ああ。その通りだ』
サンクの声にハックが応じる。
『すまねえが、その覚悟で臨んでもらうぜ。ラック、シドラー。闘技が使える俺らが前に出る。肚をくくれ。そんで……』
そこで渋面を浮かべる。
愛機の顔を《アトス》に向けて。
『アッシュのメイドさんと、娘さん。すまねえが……』
『承知しております』
《アトス》を通じてシャルロットが答える。
『私も闘技は使えます。前線に立ちましょう』
『……私も構わない。けど』
《アトス》の中からユーリィも答えた。
『私は娘じゃなくて奥さん。アッシュの将来の嫁だから、そこは訂正しておく』
『……お、おう。そうか』
ハックは顔を引きつらせた。
『幅広いっすね。あいつ』
『騎士の兄ちゃんといい、俺もこの国に住もうかなあ……』
と、傭兵たちが呟いていた。
『ともあれだ』
ハックは身構えつつある巨馬を警戒しつつ、再び《バルゥ》に視線を向けた。
『固有種相手に闘技ナシはキツイ。兄ちゃんたちには悪いが……』
『分かっています』
サンクは即答する。
『オレとエイミーがあなた方より大きく劣ることは理解しています。並みの魔獣ならいざ知らず、固有種相手に参戦したところで足手まといにしかならない』
ですが、と言葉を続ける。
『オレたちはオレたちに出来ることをします。エイミー。お前もそれでいいな?』
『うん』
全機の中でも最も損傷の激しい《スライガー》の中からエイミーが言う。
『私の機体、かなりキツイ状態だから本当に足手まといにしかないと思う。騎士としては情けないけど……』
『いや、二人とも充分才能はあるさ』
ハックは忖度なしに戦士として告げる。
『ポニテの姉ちゃんもな。お前さんたちは闘技をまだ知らねえだけだ。これが終わったら簡単な技だけでも教えてやるよ』
『ありがとうございます』
これがハックの厚意であると察して、サンクは素直に受け取った。
『その時はご教授を。ですが今は奴を倒しましょう』
言って、《バルゥ》は巨馬を見据えた。
巨馬は相変わらず血塗れではあるが、その双眸の狂気はさらに増していた。
全身の筋肉も異様に硬直している。
次の突撃のため、限界まで力を溜め込んでいるのだろう。
『オレに出来ること。オレに策があります』
サンクは素早く自分の作戦を告げた。
ハックたちは驚いた顔をする。
『……それはまた無茶のことを……』
シャルロットが渋面を浮かべて率直な意見を零す。
『ですが、これが今のオレに出来ることです』
覚悟した声でサンクが言う。
『……確かに俺らには固有種を倒しきるだけの決め手がないからな』
ハックが提案された作戦を精査する。
そして、
『……よし。それで行くか』
ハックは覚悟を決めた。
『ここまで来たら後は俺らが全滅するか、あの馬が死ぬかのどちらかだ。なら勝算のありそうな賭けに出ようじゃねえか』
その言葉に全機が頷いた。
その時。
――ヒヒイイイイィンッ!
いななきと共に、巨馬がいよいよ駆け出した。
『………来るか』
対し、傭兵団の三機と《アトス》が迎え撃った。
《バルゥ》と《スライガー》は一歩後退している。
そんな中、ハックは《バルゥ》を一瞥して叫んだ。
『任せたぞ! 兄ちゃん!』
そうして激戦は再開された。
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