第543話 ザ・ランペイジ④

(……仮面さん)


 遺跡を離れて撤退する中。

 ルカは不安でその胸を痛めていた。


(……私は)


 強い不甲斐なさも抱く。


(……私は、弱い、です)


 相手は固有種。

 そしてアッシュは《七星》。最強の戦士だ。

 自分とは戦士の格が全く違う。

 ただ、これは本来ならば病む必要のないことだ。

 戦闘訓練を受けていても、ルカは騎士候補生に過ぎない。

 むしろ、状況判断力においては合格とも言えた。

 迷いや躊躇いは抱きつつも撤退を選択した。彼我の戦力差を見極めて冷静に受け入れているということだろう。

 しかし、


(……仮面さん)


 愛機の操縦棍を強く握りしめつつ、ルカは唇を噛んだ。

 一人の少女としての話は別だった。

 なにせ、愛する人を危地に残して撤退することしか出来ないのだから。


『……ルカさま』


 その時、大剣を片手に《アトス》が並走してきた。

 声を掛けてきた操手は、当然シャルロットだ。


『躊躇うお気持ちはよく分かります。ですが、ここは急ぎましょう』


『……はい』


 ルカは頷いた。

 彼を想う気持ちはシャルロットも同じだった。

 ここで自分たちに出来ることは、彼を心配させないように撤退することだ。


『殿下! こちらへ!』


 先頭を走る《バルゥ》に乗るサンクが言う。

 ジェシーの愛機は《クルスス》に並走し、エイミーの機体は後方に付いている。

 ハックたち傭兵団は《クルスス》を中心に広く展開していた。無防備な商人たちは傭兵団の機体が一人ずつ片腕に担ぎ、陣形の内側にいた。

 商人たちは青ざめた表情だったが、恐怖で暴れるような真似はしなかった。


『王女殿下。魔獣との遭遇時は俺たち《プラメス》が対処いたします。殿下はお気になさらず安全圏までお急ぎください』


 と、ハックが告げる。

 ルカは『わ、分かりました。ありがとうございます』と返す。

 今のところ魔獣の気配はないが、警戒するに越したことはない。


「……ルカ! イソゲ!」


 同乗するオルタナも操縦シートの前にちょこんと陣取って叫ぶ。


「うん。急ぐ」


 ルカは頷いた。

 そうしてルカたちは大樹海を進んでいく。

 十分ほど経過したが、ここまで魔獣との遭遇はない。

 このままエルナス湖まで到着するかと思った、その時だった。

 ルカは瞬きをした。

 そして、


(……え?)


 一秒にも満たない程度の視界の暗転の後、ルカは目を疑った。

 それも仕方がない。

 なにせ、瞬きの直後にいきなり景色が変わったのである。

 エルナス湖や広場に出た訳ではない。

 全く違う景色になったのだ。

 大樹も土や繁みに覆われた地面もない。


 ここは闘技場だ。

 それも見覚えがある。王都の闘技場の舞台だ。


 突如、無人の闘技場にポツンと放り出されたのである。


「……ギャワ!? コレナンダ!?」


 オルタナも翼を広げて仰天している。


「な、なに、これ……」


 ルカは《クルスス》の足を止めた。

 よく見ればシャルロットの《アトス》のサンクたちや傭兵団の姿もない。

 ルカの《クルスス》だけがこの舞台にいた。


「え? な、なんで?」


 あまりにも異様な事態に、ルカは青ざめた。

 すると、


「これは、ようこそおいでくださいました」


 不意に声を掛けられる。

 その声は、背後から聞こえてきた。

 鼓動を跳ね上げつつ、ルカは《クルスス》を反転させた。

 と、そこには――。


「ご機嫌麗しく。王女殿下」


 恭しくお辞儀をする老紳士がいた。

 ルカは一瞬、その人物が誰なのか分からなかった。

 しかし、


「私めのことは憶えておられますか?」


 そう尋ねられて思い出した。


『あ、あなたは!』


《クルスス》がフレイルを解き放ち、身構えた。


『ガロンワーズ事件の!』


「おお。憶えていただけていましたか」


 老紳士は朗らかに笑う。


「……ギャワッ! キンニクヲ、コロソウトシタヤツダ!」


 と、オルタナも叫ぶ。

 ルカはますますもって青ざめた。

 かつて、ガロンワーズ公爵家の次男を裏から操り、現公爵家当主を暗殺させようとした武器商人の自称する人物。

 事件そのものは防げたが、捕えることまでは出来なかった人物だ。


(じゃ、じゃあ、ここは相界陣?)


 ――エルサガの相界陣。

 捕縛した対象者の記憶を元に創り出される異相世界。

 目の前の老人がかつて使用していた道具である。

 恐らく、それを今回も使用したのだろう。

 それならば、突如、光景が変貌したことも理解できる。


『け、けど、どうして、あなたが……』


 ルカは動揺しつつも尋ねる。

 どうして、この老紳士がこんな場所に現れるのか分からなかった。

 すると、老紳士は苦笑いを浮かべて。


「いやはや。それは私も返答に困りまして。なにせ、我が師は昔から全く説明をしてくださらない」


『……師? せ、先生ですか?』


 困惑した顔で老紳士の台詞を反芻するルカ。

 一方、老紳士は相界陣の核――キューブを掌で動かし、


「ああ。失礼。それに関しては完全に私事です。実のところ、私も巻き込まれたと言ってもよい立場なのですが――」


 そこで皮肉気な笑みを見せる。


「まさか、あなたや彼と出会うとは思ってもいませんでした。しかし、こうして再会を果たしたのも何かの縁と思いましてな」


 ――ぞわり、と。

 ルカの背筋に悪寒が走る。


『な、何をする気、ですか!』


 言って、《クルスス》を後方に跳躍させた。

 次いで、蛇のようにフレイルが上空へと待機する。

 いつでも攻撃できる構えだ。

 しかし、老紳士は全く動じない。


「いえいえ」


 好々爺の笑みを浮かべて。


「折角の再会。王女殿下には主演になって頂こうと思いまして。ああ。そうだ」


 キューブを少し高く掲げる。


「これも憶えていらっしゃいますか?」


 老紳士は言う。

 同時に彼の背後から、黒く巨大な処刑刀が飛び出してきた。


「かつて、あなたご自身が生み出した最強の鎧機兵のことを」


 ………………………。

 …………………。

 ……そうして。



「……ふむ」


 三分後。

 老紳士――ウォルターは感心していた。

 その視線の先には山吹色の鎧機兵の残骸がある。

 フレイルや四肢は斬り落とされ、胸部装甲も破壊された無残な残骸だ。

 そしてその残骸の上に一人の少女が吊るされていた。

 地面から伸びた黒い影によって両腕を支えられたルカだった。


 俯いたまま、ピクリともしない。

 彼女は完全に気絶しているようだった。

 その隣には同じく影で拘束されたオルタナがいるが、こちらは「……ギャワッ! ルカヲハナセ!」と叫んでいた。


「……予想以上に善戦されましたな」


 と、ウォルターが呟く。

 正直、一分以上もかかるとは思っていなかった。


「いやはやお見事です。王女殿下」


 そう告げて、ウォルターはルカに近づく。

 黒い影が彼の足元にも広がって階段となる。

 コツコツと昇り、ルカの前に辿り着くとそのあごを片手で上げた。


「……ふむ」


 ウォルターは双眸を細める。


「やはり美しい。あと五年も経てばさらに美しくなるのは確実だろうが、今でも主演を飾るのに充分すぎる美しさだ」


 そう呟く。

 すると、オルタナが叫ぶ。


「……ルカニサワルナ! ヘンタイ!」


「……ん? ああ。君もいたな」


 ウォルターはオルタナに目をやった。


「喋る鎧機兵か。ふむ。丁度良いな」


 ウォルターは言う。


「君には王女殿下の騎士殿への伝言を頼もうか」


 そうして――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る