第544話 ザ・ランペイジ➄

 同時刻。


『くそッ! どういうことだ!』


 サンクが苛立ちの声を上げていた。

 撤退していた彼ら一行は現在、立ち止まっていた。

 ――いや、立ち止まざるを得なかった。

 なにせ、最重要の護衛対象である王女殿下が消えてしまったからだ。

 それも誰一人、消えた瞬間に気付かなかった異常事態だ。


『殿下! どこにおられるのですか! 殿下!』


 危険を承知でも叫ばずにはいられない。

 ビレル姉妹もハックたち傭兵団も周囲を探っている。

 当然、シャルロットもだ。


(ルカさま!)


 その表情は蒼白だった。

 あるじさまから託された大切な少女。

 その少女を見失ってしまった。

 大失態である。

 しかし、今は失態を恥じる気持ち以上の感情がシャルロットの胸を灼いていた。


(ルカさまッ!)


 予感していた。

 確信していた。

 あの少女は、いずれ自分同様にあるじさまに愛される。

 いずれ、自分の家族となる少女なのだと。

 シャルロットにとって、ルカは王家の貴人である前に、すでに妹同然の存在なのだと、今はっきりと自覚した。


(――ルカッ!)


 何としても妹を救わなければならない。


(私が守ります! 無事でいて!)


 シャルロットは、強く操縦棍を握りしめた。


『サンクさん! 周辺を探しに行きます! 数人で隊列を組んで――』


 そう叫んだ時だった。


『え? なに!?』


 不意にジェシーが叫んだ。

 そして彼女の愛機が、後方に大きく跳んだ。

 直後、何かが落ちてくる。

 結構な大きさの物体だ。数もある。

 傭兵団も警戒するが、その物体が確認した途端、全員がざわついた。

 ――それは《クルスス》の残骸だったのだ。

 シャルロットが一気に青ざめる。


『――ルカッ!』


 大剣さえも投げ出して《クルスス》の残骸に近づく《アトス》。

 すると、


「……――ギャワアアッ!」


 突然、残骸の中から銀色の物体が飛び出してきた。

 思わず《アトス》が足を止める。

 その物体は飛翔し、鎧機兵たちの上空で旋回した。


「……タイヘン! タイヘンダ!」


 銀色の物体が叫ぶ。

 旋回するそれはオルタナだった。


「……タイヘンダ! ギャワッ!」


 そうして唖然とするシャルロットたちの上空にて、オルタナはこう叫ぶのだった。


「……タイヘンダ! ルカ、サラワレタ!」



       ◆



(二十九分二十秒か……)


 一方その頃。

 アッシュは未だ《泰君》と死闘を繰り広げていた。

 ――ドドドドドドドドドッッ!

 地響きを立てて巨獣が突進してくる!

 凄まじい圧ではあるが、速度は《雷歩》ほどではない。

 だが、それは《泰君》も自覚があるのだろう。

 唐突に跳躍した。

 再び巨躯と超重重による押し潰しかとアッシュは経過するが、


『――チィッ!』


 舌打ちして《朱天》を退避させる。

 巨獣の鼻が膨れ上がり、空気砲の連撃が上空より撃ち出されたのだ。

 遺跡の地面に次々と穴が空く。

 そこへ巨獣は着地した。極大の砲弾が着弾したのだ。

 穴だらけだった地面は大きく陥没し、瓦礫は凄まじい勢いで周囲へと飛び散った。まるで瓦礫による散弾だ。

 それは《朱天》にも襲い来るが、《穿風》で横に薙いで回避する。


「……あの象、本当に頭が良い」


 と、後ろに座るユーリィが緊張した面持ちで呟く。


「ああ。そうだな」


 アッシュも同感だった。


「あいつ、効果とかを考えて動いてやがる。見かけによらず今まであった固有種の中でも群を抜いて頭がいいぞ」


 と、呟く。

 あの体躯と頑強さで戦術まで使う。

 非常に厄介な相手だった。本気で過去最強の固有種である。


(速度において勝っているのが幸いだな。だが……)


 アッシュは小さく息を吐いた。


(勝てねえ相手じゃねえが、捨て身になる必要はある)


 仮に《朱天》の四本の《朱焔》を解放すれば勝てる相手だ。

 しかし、それをすると勝利はもぎ取れても、ダメージは計り知れない。《朱天》は工房でメンテナンスしない限り戦闘不能に近い状態になるだろう。


(流石にそれはマズい)


 この魔獣だらけの大樹海で戦闘不能になる訳にはいかない。

 その上、ここには《業蛇》と大蜘蛛もいるのである。

 捨て身になるなどもっての外だ。


(余力は残さねえといけねえ。なら……)


 アッシュは双眸を細めた。


「ユーリィ。開始からどれぐらい経った?」


 そう尋ねると、


「千八百秒。ジャスト三十分」


 ユーリィは即答した。


「そっか」


 アッシュは満足げに微笑んだ。


「俺のカウントと同じだな。じゃあ、ここらが頃合いか」


「うん」


 ユーリィは首肯した。


「ルカたちも安全圏まで逃走できているはず」


「ああ。そうだな」


 アッシュも頷く。

 そして《朱天》が走り出す。

 撤退ではなく、巨獣の正面へとだ。


「バオオオオオオオッ!」


 巨獣は咆哮と共に長い牙を突き上げた。

 だが、それは《朱天》にかわされる。《朱天》は回避の動きと共に《泰君》の真横、その腹部の下へと潜り込んだ。

 そして、


『――《大穿風》――』


《朱天》が右手を撃ち出した。

 莫大な恒力が荒れ狂い、《泰君》の巨躯を木の葉の如く吹き上げる。


「バオオオオオオオオォォ―――ッ!」


 恐らくは驚愕の声を上げて、巨獣が遺跡にまで叩きつけられた。

 巨体ゆえに一度倒れれば中々立ち上がることは出来ない。

 それを理解してか、《泰君》は長い鼻を伸ばして遺跡を支えに体勢を維持しようとした。

 聡明な獣は追撃を警戒した。

 しかし、敵は来ない。

 今の一撃の直後に大樹海へと駆け出していた。

 この攻撃は、逃走の隙を作るためのものだったのだ。

 高い知能ゆえにそれを理解する。


「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ―――ッッ!」


 残された《泰君》の怒りの咆哮が木霊した。


「二度と会いたくねえ象だったな」


「うん。速く逃げよ」


 と、アッシュとユーリィは言う。

 かくして、アッシュたちはエルナス湖に向かった。

 そこに想定外の知らせが待っていることも知らずに――。

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