第530話 蘇る災厄⑦

 十分前。

 この遺跡に赴いていたのは、アッシュたちだけではなかった。

 荒廃した遺跡の中央。

 元は市場だったのか、それなりに広い場所にて、そのチームは小休止していた。

 人数は十六人ほど。かなり大きな集団である。


 鎧機兵は、十二機が並んで待機している。

 人数分よりも少ない。全員が操手ではないということだ。


 護衛者が十二名。四名が商人だった。

 彼らもまた、ここを中継して、鉱山地帯を目指していた。


 今回の探索。

 本命としては、やはり鉱山か、遺跡だった。

 この遺跡は、すでに発見済みの場所ではあるが、これから、新たな遺跡を探る参考としては役に立つ。

 それも踏まえて、彼らもここに立ち寄っていた。


「一班は食事を。二班は周囲を警戒してくれ」


 商人に雇われた鎧機兵隊の隊長が言う。

 三十代後半ほどの男性。名をハック=ブラウンという。

 彼は、たまたま休養で、アティス王国に来ていた傭兵だった。

 傭兵自体の数が圧倒的に少ないアティス王国だが、レナたちの《フィスト》も然り、意外と戦闘の日々の骨休めに訪れる傭兵たちは多いのである。

 それだけ、『平和の国』という印象が強いのだろう。

 ともあれ、休養のつもりで仲間たちと共に来日していたハックだったが、今回の探査に興味を抱き、商人に雇われる形で仲間と一緒に参加したのである。


 なにせ、平和の国の魔獣だ。

 そのレベルは、たかだか知れているだろう。


 傭兵生活は、すでに十五年。ハック率いる傭兵団 《プラメス》と言えば、かの《黒蛇》ほどではないが、セラ大陸では、相当に名が知られたチームだ。

 こんな田舎の国の魔獣など、時には十セージル級の群れともやり合ったことのあるハックたちの敵ではない。


 危険度は低く、その割には、傭兵は稀少なので報酬は高額。

 ハックたちとしては、ちょっとした小遣い稼ぎのような気分だった。


 やはり休暇といえば、酒と女だ。

 ここで少し稼いで、バカンスを充実させるつもりだった。


(この国は酒も美味し、姉ちゃんは綺麗どころが多いしな)


 そんなことを思う。

 立ち寄った娼館からして、その水準はかなり高い。

 流石にこないだ見物した女性限定の武闘大会の選手ほどのレベルはいないが、それでもハックも仲間たちも大満足だった。


 酒も美味く、女は綺麗。居心地も良い。

 もう少し稼いだら、傭兵を引退してこの国に永住するのもいいかもしれない。


(なにせ、あの子連れ傭兵も永住しているみたいだしな)


 前述した武闘大会で見かけた、懐かしい人物。

 知り合いほどではないが、仕事で出くわしたこともある有名な傭兵も、ここで第二の人生を送っているようだ。

 確か、風の噂では騎士になったと聞いていたが、まさかこんな田舎で見ることになるとは思わなかった意外な相手だった。


 閑話休題。

 ともあれ、ハックたちはプロの傭兵だ。

 仕事には手を抜かない。

 二班――六人の仲間たちは、それぞれの愛機に乗り、周囲を警戒し始めた。

 ハックたちは、四名の雇い主たちと一緒に昼食をとる。


「いやはや、助かりましたよ」


 商人の一人が言う。


「依頼を受けてくれて。なにせ、この国で傭兵の方は稀少ですし」


「いえいえ。こちらもお声を掛けていただき、光栄です」


 ハックは、営業用の笑顔で言う。


「ご期待に添えるため、皆さまの安全は必ずお約束いたします」


「ええ。頼みます」


 商人も営業用の笑みで答えた。

 そうして、ハックたちが食事を終えて。


「さて。交代するか」


 ハックたち、第一班の六人が立ち上がった時だった。

 ――ズズンッ!

 突如、大地が軽く振動したのだ。


「地震ですか!」


 商人の一人が青ざめた顔で叫ぶ。

 そう思うのも無理はない。

 しかし、ハックたちは表情を険しくした。


(……振動が続いているな)


 足元を見やる。

 ズン、ズンと定期的に振動が続く。

 それは、巨大な何かが連打するかのように地を打ちつけているようだった。


 嫌な予感がする。

 これは、もしや――。


「お前ら! 戦闘準備だ!」


 そう叫ぶと、仲間たちはすぐさま行動した。

 すでに鎧機兵に乗っている者たちは武器を構えて周囲を警戒し、ハックたちは素早く愛機に乗り込んだ。

 四人の雇い主たちを囲って、十二機が陣形を組む。

 その間も、振動は続いている。

 ハックたちは警戒を強めた。

 すると、一瞬だけ振動が止まった。

 ハックたちは眉根を寄せた。

 と、その直後だった。

 ――ズズンッッ!

 突如、黒い巨大な影が空より落ちてきたのだ。

 それは六本の脚を大地に突き立てた。

 その衝撃で商人たちは軽く浮き上がり、周囲の遺跡の一部が崩れ落ちた。


『……おいおい』


 半ば予想しつつも、ハックは冷たい汗を流した。

 顔を上げて、それを見やる。

 突如、現れたそれは、巨大な蜘蛛だった。

 黒い体毛に、無数の目。

 見た目は本当に蜘蛛のようだ。

 しかし、その大きさが馬鹿げている。

 鎧機兵よりも遥かに大きい。恐らく、三十セージルはある。


『……固有種だと?』


 傭兵の一人が呟いた。

 ――そう。その大きさは、固有種でなければ有り得ないサイズだった。

 この大樹海には、固有種はいない。

 その情報は嘘だったというのか……。

 ハックが眉をひそめると、


「な、何だあれは!」「ひ、ひいッ!」


 商人たちの悲鳴が聞こえてきた。

 ちらりと見やると、中には、唖然としている者もいる。

 どうやら、彼らも、この化け物の存在を知らなかったようだ。


(なるほどな。未確認の固有種かよ。なら仕方がねえ)


 ハックは思考を切り替えた。

 誤情報や情報不足はよくあることだ。

 そのために危地に陥った場合、そこからどう立て直すのか。

 それこそが、傭兵団を率いる団長の手腕が問われるところだった。


『一班は前に出ろ!』


 ハックは指示を飛ばす。


『二班は雇い主たちを連れて撤退! 一班は時間を稼ぐぞ!』


『『『――応!』』』


 長らく共に戦ってきた戦友たちは、即座に応えてくれた。

 二班の内の四機が、それぞれ商人たちを片腕で拾い上げて撤退する。二機はその四機の護衛だ。その間に一班の六機は、大蜘蛛の前に立ち塞がった。


『まさか固有種と出くわすとはな』


『はは。とんだバカンスだよ』


 仲間たちが、皮肉気な声を零す。

 しかし、その声には緊張もあるが、少し余裕がある。

 彼らも歴戦の傭兵だ。固有種の恐ろしさはよく理解している。

 この数で勝利することが困難であることも知っていた。

 けれど、長年傭兵をしていれば、こんな危地はよくあることだ。


『団長。どれだけ稼ぐ?』


 団員の一人が、ハックにそう声をかけてくる。


『十分。いや、十五分だ』


 ハックは答えた。

 かなり厳しい条件である。

 だが、自分たちならば、やり遂げられないこともない。


『こりゃあ、特別ボーナスを要求しなきゃな』


 団員の一人がそう言った。『はは』と全員が苦笑を零した。


『行くぞ! お前ら!』


 ハックがそう叫ぶ。

 ハックの愛機が、剣を構えて前に出る。

 仲間たちも、団長に倣った。

 対する大蜘蛛も、ズシンと脚を動かして敵を見やる。

 廃墟となった、かつての都市。

 そこで六機の鎧機兵と、巨大な魔獣が対峙する。

 まさに一触即発の状況だ。

 ――が、その時だった。



「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!」



 恐ろしい咆哮が、遺跡都市を揺らしたのは。


『――な』


 ハックは目を見開き、咆哮の先に目をやった。

 そして息を呑む。

 他の団員たちも同様だ。


『うそ、だろ……?』


 さしもの歴戦の傭兵たちも、こればかりは唖然とする。

 咆哮の先。

 そこにいたモノとは――。

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