第529話 蘇る災厄⑥

 昼過ぎ。

 アッシュたちは、愛機で樹海を進んでいた。

 陣形は、前日の進行と同じだ。

 先頭に《朱天》。その後に《アトス》。《クルスス》、《アッカル》。

 さらに《スライガー》が続き、殿しんがりも変わらず《バルゥ》が担っていた。

 当然ながら、操手も同じだった。

 操縦棍を握るアッシュの後ろには、やはりユーリィが、ちょこんと座っている。


「……ねえ。アッシュ」


 ユーリィが尋ねる。


「これから行く遺跡って、どういうとこなの?」


「おう。そうだな」


 アッシュが頷く。

 アッシュたちは今、『ドランの大樹海』にある遺跡に向かっていた。

 未知の遺跡ではない。『ドラン』において確認されている数少ない遺跡だ。


「結構、古い遺跡らしいな」


 アッシュは、事前に調べておいた知識を披露する。


「ただ、神殿みたいなタイプの遺跡じゃねえそうだ。数百年前の、この大樹海の原住民が過ごした街らしい」


「この樹海で暮らしていたの?」


 ユーリィが目を丸くする。

 それから一拍おいて、


「……あの蛇もいたのに?」


 かつて、この樹海で出くわした恐ろしい怪蛇を思い出す。

 正直、あの暴食の蛇の縄張りで暮らすなど、正気の沙汰ではない。


「まあ、普通はそう思うよな」


 アッシュは苦笑を零した。


「けど、固有種は大喰らいな分、小物すぎる獲物は狙わねえ傾向があるからな。あの蛇に取っちゃあ、人間サイズは餌でもなかったんだろう。そもそも、あの蛇に直接殺された人間ってのは、ほとんどいねえそうだし」


 そこで少し遠い目をする。


「結局、そこの住人は、他の魔獣に滅ぼされたって話だ」


「……諸行無常」


 ユーリィが淡々と告げる。


「ともあれだ」


 アッシュは「はは」と笑う。


「その遺跡自体に用がある訳じゃねえが、これから、色々探るには、そこも参考に見といた方が良さそうだしな。それに、その遺跡の先には、鉱山地帯らしき場所が広がっているそうだ。ついでに寄るぐらいには価値があんだろ」


 と、告げる。

 ユーリィは「ふ~ん」と呟きつつ、


「ところでアッシュ」


「ん? なんだ? ユーリィ」


 周辺を警戒しながら、アッシュがそう応えると、


「昨日。シャルロットさんと、エッチしたの?」


「――ぶッ!?」


 唐突に、とんでもないことを訊いてくる愛娘に吹き出した。


「お、おい、ユーリィ……」


 流石に動揺が隠せない。

 すると、ユーリィは、ポスン、とアッシュの背中に額を当てた。


「やっぱり当たり?」


「……う」


 アッシュは答えられない。

 シャルロットに関しては、宣言していた。

 彼女を自分の嫁さんにすると。昨夜の件は自然な流れだ。

 それでも、まだまだ『愛娘』という認識が強いユーリィにそう問われると、言葉を詰まらせてしまう。


「別に責めていない」


 ユーリィは言う。


「シャルロットさんも、アッシュのお嫁さんの一人だから。けど、最近は、レナさんといい、かなり急ピッチで状況が進行していると思う」


「い、いや、あのな」


 アッシュは顔を強張らせた。

 ユーリィは、不貞腐れたように「だけど」と告げる。


「メットさん以外はみんな年長組。年長組はもうミランシャさんだけになっている。アッシュはもう少し年少組にも配慮すべき」


「いや。何だよ。その年少組ってのは……?」


 初めて聞くグループ名に、アッシュは眉根を寄せた。

 対するユーリィは、何も答えず、ただ「むむむ」と呻いて、アッシュの背中にしがみつくだけだった。


(やっぱり、まだまだ困難)


 改めて、ユーリィは思う。

 年少組は、年長組に比べると、かなり状況が厳しい。

 なにせ、アッシュ当人に、ユーリィ以外の認識がまだないぐらいだ。

 ユーリィはまだいい。一応将来を確約されている。

 けれど、ルカとアリシアは、未だ『ステージⅠ』止まりなのだ。

 少し可哀そうなぐらいである。

 そう思うと、サーシャは本当に凄い。

 年少組の逆境を打ち破り、見事に成し遂げた訳だ。


(……むむむ)


 思わず、眉をしかめてしまう。

 次々と『ステージⅢ』への到達者が現れる中、正直、二年も待つのは御免だ。

 ルカとも話したように、どうにか、自分たちもサーシャに続きたいところだった。

 しかし、サーシャと自分たちはかなり違う。

 サーシャは、年齢こそ年少組に属しているが、そのスタイルは、全メンバーの中でもトップクラスなのである。持っている戦力が、圧倒的に違いすぎるのである。

 自分には、あそこまで強力な武器がないことが無念だった。


 せめて、ルカぐらいのモノがあれば――。

 そう考えていると、


「……お」


 不意に、アッシュが声を零した。

 その声につられるように、ユーリィは顔を上げた。

 胸部装甲の内面に映し出される外の光景。

 すると、そこには、大樹の森を抜けた景色が広がっていた。


「……へえ」


 ユーリィは、目を瞬かせた。

 そこは意外にも、しっかりとした『都市』だった。

 石造りの街並み。地面にも、石畳が敷かれていて整地されている。ただ、長い年月のため、都市の至る場所には大樹が芽吹き、石壁は崩れ、大樹の蔓が巻き付いている。

 荒廃こそしているが、明らかに人工物の名残がある。

 ズシン、と《朱天》は都市に足を踏み入れた。

 その後を、《アトス》たちも続いた。

 一行は、都市の内部を進んでいく。

 ユーリィは、まじまじと周囲に目をやった。


「思っていたより大きな都市」


「この都市は、アティス王国の建国よりも前にあったそうだ」


 アッシュが告げる。


「一説だと、獣人族が住んでいたらしい」


「……獣人族が?」


 ユーリィは、小首を傾げた。

 アッシュが傭兵をしていた頃、ユーリィは獣人族の集落にも訪れたことがある。

 密林で暮らす豹の獣人族の集落だった。

 長い尻尾と丸い耳。しなやかな体格が印象的な種族だった。

 しかし、彼らの暮らしていた集落は、狩猟を主体の、森と一体化した里のようなイメージが強かったのだが……。


「少し意外。昔、見たのと違う」


 荒廃していても整理されていた街並みである周囲に目をやって、ユーリィが呟く。


「はは、そうだな」


 アッシュも懐かしそうに呟く。


「まあ、獣人族にも色々といるからな。国が違えば生活も違うように、種族によっては住む場所の造り方も違うもんだ」


「……そっか」


 ユーリィは目を細めた。


「確かにそうかも。それにメルティアみたいな子もいるし」


「いやいや」アッシュは、苦笑を浮かべる。「メルティア嬢ちゃんは、かなり特殊な部類になると思うが……」


 弟の幼馴染でもある獣人族のハーフである少女を思い出す。

 もしかすると義妹になるかもしれない彼女は、まさしく天才だった。

 仮に彼女が都市を造ると、ゴーレムたちで溢れそうな気がする。


「ともあれ、ここは樹海の中でも特殊な場所だ。魔獣もあんま近寄らねえって話だから、ここで一度休憩してから、鉱山地帯に――」


 アッシュがそう告げようとした、その時だった。

 ――ズズンッッ!

 と、巨大な衝突音が、都市に響いたのは。

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