第531話 蘇る災厄⑧

(――戦闘か!)


 耳朶を打つ衝撃音に、アッシュは表情を険しくした。

 今の衝撃音は相当なモノだ。

 直感が告げる。これは戦闘の音なのだと。


『シャル!』


 メンバーの中で、自分に次いで戦闘力が高い彼女の名を叫ぶ。


『恐らく、誰かが戦闘をしている! 俺が先行して確認する! シャルは俺の代わりに先頭を頼む! サンク! 指揮は任せたぞ!』


『承知しました!』


 シャルロットがそう返して、


『了解です。オレたちも警戒しつつ、そこに向かいます!』


 サンクがそう答えた。

 アッシュは《朱天》の中で頷き、


『頼む!』


 短くそう告げて、《朱天》が地を蹴った。

 鎧機兵とは思えない軽やかさで、遺跡の中を疾走する。

 みるみる内に、仲間たちの姿が見えなくなった。


「アッシュ」


 アッシュの背中にしがみつくユーリィが尋ねる。


「敵? 魔獣なの?」


「いや。まだ分かんねえ」


 アッシュは言う。


「鎧機兵同士か、もしくは魔獣同士の可能性もある。だが、いずれにしても、相当に激しい戦闘がおきているぞ」


 衝撃音は、今も耳に届く。

 先程から止む様子はまるでない。

 激戦であることは、間違いなさそうだ。


「助けるの?」


 ユーリィがそう尋ねると、アッシュは「ああ」と頷いた。


「ここでは全員がライバルだが、もし魔獣に襲われてんのなら、流石に見過ごす訳にもいかねえしな」


 ここで出くわしたのも何かの縁だ。

 助けられるのならば、見捨てる道理はない。

 ズンッ、と再び衝撃音が響いた。

 アッシュは、眉をひそめる。


「この戦闘音からして苦戦している可能性が高い。急ぐぞ」


「うん」


 ユーリィはしっかりとアッシュにしがみついて、こくんと頷いた。

 鋼髪をなびかせ、《朱天》はさらに加速した。

 まさに、風をも置き去りにしそうな速度である。

 そうして、大きな広場に出た時、


『うわああああああ――ッ!』


 悲鳴と共に、一機の鎧機兵が大きく弧を描いて飛んできた。

《朱天》が顔を上げる。

 そこに映るのは、斧槍を持つ重武装型の機体だった。

 その光景は、まるで隕石か、火山弾である。

 しかも、丁度、《朱天》に直撃するコースだった。

 しかし、アッシュは焦らない。


「おっと」


 そう呟き、《朱天》の右手を天に突き出した。

 次いで、背中を向けて飛んでくる鎧機兵の背に触れる。

 大きさも威力も、砲弾の数倍はある衝撃。

 それを、すっと流して《朱天》の両足から地へと逃がした。

《朱天》の足場に、ビシリッと大きな亀裂が奔るが、それだけだ。衝突した感触が一切なく、空から落ちてきた鎧機兵の操手は『は?』と困惑していた。


『さて』


 ズシン、とその鎧機兵を地に降ろし、


『大丈夫か? あんた』


 アッシュは、そう尋ねる。


『お、おう……』


 その鎧機兵が振り返る。


『あんたが受け止めてくれたのか? 助かったよ……って』


 鎧機兵の中で、操手の傭兵が目を丸くした。


『その鬼みてえな機体……。あんた、子連れ傭兵か?』


『うわ。懐かしい呼び名だな』


 アッシュは目を丸くする。

 ユーリィも「うん。懐かしい」と頷いた。


『その呼び名を知っているってことは、あんた、傭兵なのか?』


『ああ。傭兵団 《プラメス》のモンだ』


『《プラメス》だって?』


 アッシュは軽く驚いた。


『かなり有名どころの傭兵団だな。なんでこの国にいるんだ?』


『休暇だよ。今回は小遣い稼ぎのために参加したんだ』


 と、斧槍を持つ鎧機兵が答える。

 それだけで、アッシュは状況を察した。


『なるほどな。と、それよりもだ』


 アッシュは表情を切り替える。


『何があったんだ?』


 最も気になる点を尋ねると、相手も表情を変えた。


『……マジでやべえよ……』


 鎧機兵の操手は、神妙な声で答えた。

 その声には、明らかに動揺の色もあった。

 それなりに有名な傭兵団の団員が、だ。


『やっぱ、魔獣に襲われたのか?』


 アッシュが続けてそう尋ねると、相手の鎧機兵は首肯した。


『ああ。魔獣だ。だが、ただの魔獣じゃねえ』


 一拍おいて。


『子連れ。悪りいが手を貸してくれねえか? もちろん報酬も出す』


『いや。子連れは止めろよ』


 アッシュは苦笑いを見せた。後ろにしがみつくユーリィが、「うん。情報が古い。今は嫁連れ」と言うので、なお頬を強張らせる。


『俺の名はアッシュだ。そう呼んでくれ。それより』


 アッシュは、双眸を細めて問う。


『《プラメス》の団員がいきなり協力を求めるって、それほどのことか?』


『ああ。とにかく戦力が欲しい。いいか?』


 アッシュは少し考える。

 そして、


『ああ。いいぜ』


《朱天》は頷いた。


『相当な危機なんだろ? なら自分の目でも確認しておきてえしな』


『ありがてえ』


 相手の鎧機兵も頷いた。


『状況は移動しながら話す。急ごうぜ』


 そう告げて、鎧機兵は吹き飛ばされた場所へ戻ろうと、足を踏み出すが、

 ――バシンッ!

 不意に、巨人の膝から火花が散った。


『ああ! くそ!』


 鎧機兵は膝を崩し、斧槍の柄で機体を支えた。

 あれだけ派手に飛ばされてきたのだ。やはり損傷も大きいようだ。


『膝がいかれちまった』


『まあ、本来なら、大破していてもおかしくねえ状況だったしな』


 と、受け止めたアッシュが言う。

 残念ながら、膝を損傷した機体で戦闘は不可能だ。


『状況と場所を教えてくれ。俺の仲間がじきにここに来るから、そいつらにも――』


 と、告げたその時だった。

 ――ズドンッ!

 突如、轟音と衝撃が廃都市を揺らしたのだ。

《朱天》も、斧槍の鎧機兵も、機体を震わせた。

 アッシュは、鋭い面持ちで背後に目をやった。

 そして、思わず目を瞠った。


『おいおい。ウソだろ』


 そこにいたのは、巨大すぎる蜘蛛だった。

 その巨躯は、三十セージルは優にある。まるで黒い丘のようだ。

 ズシン、ズシン、と巨大な脚を盛んに動かして移動している。よく見れば、脚の一本が欠けていた。

 大蜘蛛の周辺には、数機の鎧機兵の姿もあった。

 隙のない連携で大蜘蛛を牽制している。

 恐らくは、《プラメス》の残りのメンバーなのだろう。


『まさか、固有種だと?』


 アッシュは眉根を寄せた。

 ユーリィもまた、眉をしかめている。

 あの大きさ。あの威圧感。

 一流の傭兵団を相手にしても、単独で渡り合う力。

 間違いなく、固有種の魔獣である。


(だがよ……)


 アッシュは警戒しつつ、疑問に思う。


「……どうして固有種がいるの?」


 その疑問を、ユーリィが言葉にしてくれた。

 固有種は縄張り意識が非常に強く、同じ地域に二体はいない。

 この《ドラン》は、かつてはかの怪蛇の縄張りだった。

 従って、この地に他の固有種はいないはずだった。


「どういうことだ? 長らく休眠でもしていた奴が目覚めたのか?」


 そう考えるが、どうにもしっくりこない推測だ。

 だが、のんびり思考に入っていてもいい状況でもなかった。

 傭兵の一機が、巨大な脚で吹き飛ばされたからだ。


『うおおおおッ!』


 その一機は、絶叫を上げて、近くの遺跡の壁に叩きつけられた。

 軽く跳ねられた程度なので大破はしていないが、装甲は大きく破損していた。


『いずれにせよ、放置は出来ねえな』


 アッシュは、相棒に拳を固めさせた。

 この樹海には、多くの人間がいる。その状況で固有種など放置できない。

 ここは《プラメス》と協力して討つべきだ。

 そう判断した時だった。


『――違う!』


 不意に、斧槍の鎧機兵の操手が叫んだ。


『あいつもヤべえ! だが、もっとヤべえ奴がいるんだ!』


『……なに?』


 アッシュは、視線は大蜘蛛からは外さずに、眉をひそめた。


『あいつは固有種だろ? それよりもヤべえ奴って――』


 そう尋ねようとした時、

 ――ガガガガガッ!

 再び、轟音が響いた。

 今までの衝撃音とは違う。絶えず破壊を続けているような音だ。

 アッシュも、ユーリィも表情を険しくした。

 何か・・が来る。

 それを肌で感じていた。

 そして、そいつは遂に現れた。


 ズズズ、と。

 巨大な頭が天を突く。


 アッシュと、何よりユーリィは唖然とした。


「う、そ……」


 ユーリィが、目を見開いて呟く。

 紅く光る眼光に、矢じりで覆ったような土色の鱗。恐らくは大蜘蛛の脚だろう。それを咥えた巨大なアギト。

 全長が、恐らく三十セージルを超す巨大すぎる蛇。

 その姿を、ユーリィはかつて見たことがあった。

 蛇は、のそりと鎌首を動かすと、咥えた蜘蛛の脚を上空へと放り投げた。次いで、大口を開いて脚をひと呑みにした。


「な、なんで……?」


 ユーリィが、再び困惑の声を零す。

 彼女には、その姿に見覚えがあった。

 この大樹海にて、遭遇したことがあるからだ。


「……ユーリィ」


 アッシュが背中の少女に尋ねる。


「まさか、あいつは……」


「……うん」


 ユーリィが頷く。


「間違いない。あいつは……」


 そうして、ユーリィはその蛇の名を告げた。


 ――アティス王国の災厄。

 暴食の怪蛇。

 蘇りし、《業蛇》が咆哮を上げるのであった――。

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