第513話 円塔都市『ボレストン』③

 翌朝。

 アッシュたち一行は、ボレストンの最上階に向かっていた。

 ゴンドラに乗って、上階へと進んでいく。

 同行者は七人全員だ。

 ただ、その内の一人はかなり人相が変わっている。

 両頬が大きく膨れ上がったサンクである。


「……え、えっと、ハシブルさん?」


 一体、何があったのか?

 あまりにも人相が変わったサンクに、優しいルカが声を掛けようとする。と、


「……近づいてはいけません。王女殿下」


 そこに、ジェシーがすっと割り込んできた。


「この男はケダモノです。近づいては殿下が穢れてしまいます」


「うん。危険だね」


 そう告げるのは、妹のエイミーだ。

 二人とも、冷たい眼差しでサンクを見据えていた。


「…………」


 サンクは無言だ。

 事情が聞いていないが、アッシュは何があったのか察した。

 正しい結末が訪れたということだろう。


(俺も、本来はこうなるはずだったんだろうな……)


 アッシュは内心で唸った。

 何というか、自分の別の未来を垣間見た気分だ。


『……その、すまん』


 昨晩。

 わずか十分ぐらいで顔を腫らして帰ってきたサンクに、アッシュは謝罪した。

 明らかに、アドバイスに失敗した気がした。

 しかし、サンクは意外とタフな男だった。


『いえ。オレは諦めないっす』


 これだけのダメージを受けても、そう答えるサンクだった。

 本気で二人のことが好きらしい。


『……そうか』


 アッシュとしては、そうとしか答えられなかった。

 そもそもアッシュ自身、恋人が五人もいるというのにどう諫めろというのか。


『オレは、今回の任務が終わる前に二人を説得してみせます!』


 パンパンに膨れた頬で、サンクは拳を固めてそう宣言した。

 茨の道を歩く覚悟は、サンクも出来ているようだ。


(けど、サンクって、明らかに俺を参考してんだよな)


 意外と自分は影響力のある人間なのかもしれない。

 そんなことを今さら思うアッシュを乗せて、ゴンドラは進んでいく。

 四階、五階と通過していき、ゴンドラは最上階に辿り着いた。

 円塔都市の六階。ここが最上階だ。

 この階は、ボレストンの行政を司る階だそうだ。


「お、きっと、あれだな」


 アッシュは街の中央に目をやった。

 そこには、一際大きい建物があった。

 宿の女将が『市長館』と呼んでいた館だ。

 あそこが行政の要であり、市長が住む館とのことだ。

 今回の調査。参加者はまずあそこに行くことになっている。


「そんじゃあ、早速行くか」


 アッシュたちは市長館へと向かった。

 行政の階層と聞いていたが、街の光景は三階とあまり変わらない。煉瓦造りの街並みで多くの一般人が道を歩いている。

 ただ、三階もそうだったが、塔内の馬車は基本、ロバに引かせているようだ。やはり普通の街より狭いため、足の速い馬はあまり使っていないらしい。

 市長館まで意外と距離がある。

 アッシュたちは、途中から乗合ロバ車に乗って、市長館へ向かうことした。

 そうして十五分後、ようやく市長館前に到着する。


「大きいとは思ってたけど、意外と豪華」


 市長館を見上げて、ユーリィが呟く。

 市長館は四階建ての建物だった。

 四角状の建屋。各階層に窓が並ぶ煉瓦造りの建造物である。

 入口をくぐると、そこは広い空間だった。

 幾つものソファが設置されており、奥に複数の受付がある。


「構造自体は、傭兵ギルドに似ているようですね」


 と、こんな時でもメイド服姿のシャルロットが言う。

 傭兵ギルドの各支部は、半分ほどは酒場も兼ねている場所も多いが、受付が複数ある構造自体は同じものだった。


「はは、そうだな」


 元傭兵のアッシュは苦笑を浮かべた。

 そう言えば、シャルロットと初めて出会ったのもギルドだった。

 懐かしさを感じつつ、アッシュたちは受付の一つに向かおうとした時だ。


「お! 師匠じゃねえか!」


 不意に、声を掛けられた。

 呼ばれたのはアッシュだが、アッシュたちは全員、声の方に振り向いた。


「おっ。あんたは」


 そこにいたのは、アッシュの知った顔だった。

 ラズンの工房ギルド長。オーズ=シーンだ。


「アッシュ。知り合いなの?」


 ユーリィが尋ねてくる。

 アッシュは「ラズンの工房ギルドのギルド長だ」と答えた。

 しかし、アッシュ以外にも、オーズと顔見知りがもう一人いた。


「オーズのおじさま!」


 ルカである。彼女は驚いたようで目を瞬かせていた。


「おお~」


 厳つい大男は、デレデレに笑った。


「ルカ嬢ちゃんか! アロスからは聞いていたが本当に来たんだな!」


 言って、ドシドシと近づいてくる。

 まるで山賊の頭目のような風貌なので、ジェシーたち騎士組は少し警戒していたが、アッシュは目を丸くしていた。


「へ? ギルド長。あんた、ルカ嬢ちゃんと知り合いなのか?」


「おう」


 オーズは、アッシュたちの前まで来ると大きく頷いた。


「俺とアロスは昔からのダチでな。幼馴染ってやつだ。ルカ嬢ちゃんも、生まれた時から知っているんだぜ」


「へえ~」


 少し驚くが、人の縁とは不思議なものだ。

 工房ギルド長と、国王が友人というのも有り得るのだろう。

 まあ、ジェシーたちは「……陛下のご友人?」と眉をひそめていたが。


「師匠たちが、ここに来たってことは調査の手続きか?」


 と、オーズが、アッシュに尋ねてくる。


「ああ。そうさ」


 アッシュは頷いた。


「調査の解禁は明日だろ? それまでに手続きしようと思ってさ」


「おお。やっぱそっか」


 オーズはニカっと笑った。


「丁度いい。さっき一組、手続きが終わったところだ」


 そう切り出して、オーズはこう告げた。


「手続きは工房ギルドも合同でやってんだ。俺の方で手続きをしてやるよ」

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