第514話 円塔都市『ボレストン』④
手続きは、意外と簡単だった。
基本的には、調査ルールの説明だった。
明日から始まる『ドランの大樹海』の大調査。
大勢の参加者がいるため、ルールの徹底が義務だった。
まず一つ。参加者同士の戦闘を禁じる。
これは当然だ。別に資源の奪い合いを推奨している訳ではない。
次に最低でも四機以上の鎧機兵を所有して臨むこと。
参加者同士での戦闘はなくても、魔獣との戦闘は充分にあり得る。
自衛のための戦力だが、極力、戦闘は避けることも指示されている。
身の安全を第一に考えて行動することを念押しされた。
そして最後に指示されたのが、転移陣を内蔵したコンテナの使用だ。
工房ギルドとボレストンで用意した大型のコンテナ。参加者はレンタル費を払ってコンテナを借り、そこに発見した資源を入れて転移させる。
職人や商人としての経験と知識で見つけた資源を、ボレストンにて待機する専門家の目で査定するというのが、調査の基本的なスタンスということだ。
コンテナのレンタルは、参加者の義務だった。
それだけで、そこそこの収入になる。
工房ギルドにしても、ボレストンにしても、なかなか抜け目のない対応だった。
アッシュたちは手続きをし、専用のコンテナをレンタルした。
「さて」
市長館を出て、アッシュが背伸びをした。
「これで参加手続きは完了だな。明日まで時間が出来たんだが」
アッシュは同行者たちに目をやった。
「まずは数日分の食料の買い出しか。他にも必需品があんな」
「ええ。そうですね」
シャルロットが頷く。
「七人分の食料ですから、結構な量になります」
「そうだよな。けど、必需品の方も必要だし、二手に分かれるか」
アッシュは全員を見やる。
「シャルとユーリィと俺……それと、ルカ嬢ちゃんも一緒に行くか?」
「は、はい!」
ルカがコクコクと頷いた。
しかし、それに対して、ジェシーが手を突き出した。
「いえ。少し待ってください。クラインさん」
一拍おいて、
「我々は王女殿下の護衛です。四と三でバランスはいいと思いますが、その分け方では、護衛の我々だけが別行動になってしまいます」
「まあ、そうなんだが……」
アッシュは、ボリボリと頭をかいた。
「街中ぐらいなら、俺とシャルで護衛を代わるよ。それより……」
そこで気まずげな表情を見せる。
「お前ら、昨日少し揉めたんだろ? サンクと。明日からは本格的に調査に入るしさ。いい機会だから三人で話し合ってみたらどうだ?」
「え?」
ジェシーは目を瞬かせた。エイミーも目を丸くした。
「い、いいんですか! 師匠!」
それに鼻息を荒くするのは、両頬が膨れ上がったサンクだ。
ジェシーとエイミーは、ギョッとしてサンクを見やる。
「その、俺としては正直、何とも言えねえんだが……」
かなり気まずそうに頬をかくアッシュ。
サンクが暴走したのは、間違いなく自分の言葉が切っ掛けだ。
というより、自分の行いこそが、サンクの行動の原点になっている気がする。
そう考えると、本当に気まずかった。
だが、それだけに、見て見ぬ振りもしていられない。
「お前らって幼馴染なんだろ? その、サンクの奴が、かなりアホなことを言い出してるのは知っているし、俺が言っても、全然説得力がねえことも分かってるけど、このまま気まずいままでいんのも嫌だろ?」
「そ、それは……」
ジェシーが言葉を詰まらせる。エイミーも「……むう」と唸っている。
「……まあ、今日一日、三人で話し合ってみてくれ」
アッシュがそう告げると、サンクは「はい!」と勢いよく頷いた。
ジェシーたちは、複雑そうな表情を見せていたが、
「……そうね」
「うん。サンクのお馬鹿を躾け直すいい機会かも」
と、納得した。それから二人してルカの方を見やり、
「王女殿下。よろしいでしょうか?」
「は、はい」
ジェシーに問われて、ルカはコクコク頷いた。
「よく分からないけど、仲良くして、ください」
「は、はい……」
ルカの言葉に、ジェシーの声は尻すぼみになった。隣に立つエイミーも気まずそうだ。
ただ、サンクだけは「はい!」と力強く頷いていたが。
ともあれ、サンクとジェシー、エイミーの三人は別行動を取ることになった。
「行くわよ。サンク」
「行くよ。サンク」
「お、おう……いてっ! イテテテ……」
ビレル姉妹が、左右からサンクの耳を掴むのが、印象的な光景だった。
アッシュたちは、しばし三人を見送っていたが、
「……あの三人、何か事情があるのですか?」
と、シャルロットがアッシュの方を見て、尋ねてくる。
ユーリィもルカも、アッシュに注目した。
それに対し、アッシュは、
「う~ん……」
内心ではとても気まずかった。
とりあえず、ボリボリと頭をかいて、
「その、まあ、あの三人の人生にも色々あるってことだよ」
そうとしか答えられなかった。
ちなみに、その日の夜。
「やったっス! やったっスよ! 師匠!」
鼻息荒くサンクが言う。
その顔は、さらに大きく膨れ上がっていた。
「お、おう? 何がだ?」
アッシュが少し頬を引きつらせて、そう尋ねると、
「条件付きっスけど、エイミーの方は説得できました!」
まさかの台詞を返してきた。
流石に、アッシュも目を丸くする。
「マジでか!?」
「はいっ!」
グッと両手の拳を固めるサンク。
「押して押して押しまくりました! 後はジェシーの方だけっス!」
「そ、そうか……」
アッシュは頬を引きつらせる。
アッシュにしてみれば、幼馴染としての関係を修復して欲しいと願っての配慮だったのだが、どうやら着実に成果を上げているサンクであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます